37 重ね合わせの時間 ~メイドの幽霊1~
「マリー様、退屈という話でしたら、メイドたちの間である噂が囁かれています。曰く、王宮には居るばずのないメイドの幽霊が現れるとか」
「ええ? ゆうれい?」
ちょうどカルネラが任務から帰ってきてマリーたちと合流した。
「面白い話してますね。幽霊ですか? 学院で面白い説がありますが聞きますか?」
「きたわね、カルネラ、席空いてるわよ」
マーガレットが立っているというのにカルネラはどうどうと席に座った。
マーガレットは「私が立ってるのにお前が座るな」という視線を向け。カルネラは「知りませんよ」という視線で対抗したのだった。
所詮、カルネラは平民育ちだった。アルスバーン家は、父は神父、母はシスターで教会を経営するそこそこの名家であったが平民に変わりない。貴族の礼節なんて知るよしもなかった。
「失礼します。お茶が入りました」
「ありがとう、ガーベラ」
ガーベラと呼ばれたメイドは、恭しい振る舞いでマーガレットにトレイを受け渡した。同じメイド同士連携は取れているようだ。
ガーベラは少し頬を赤らめてカルネラに憧憬といえる眼差しを向けていたが、カルネラはそれに気づくことはない。
(この朴念仁め)
よくよく観察していたマリーはそう思った。
「それで? 幽霊の説とやらを聞かせてもらおうかしら?」
「幽霊の説それは――並行世界が鍵だったりします」
「…………」
マリーはため息をつきながら片肘をついた。どんな面白い話かと思って聞いてみれば、肩透かしを食らった気分だ。
「いえいえ、マリー様。これは本気の説なんです」
「まあ、いいわ。カルネラ・アルスバーン、マリー・ルーン・エスカリエの益になる話を聞きましょう」
「では。科学的には、物質は観測をされないと物質の状態は確率的になります。箱の中の猫が、死んでもいて、生きてもいる、重ね合わせの状態です。ならば、これは空間にも同じことが言えないでしょうか。つまり観測されないことで不確定になった物資のように、空間も観測をされないと現実世界が半分、並行世界が半分の場となりえる。この場に並行世界の住人が映り込むことで、人はその人を幽霊だと認識するのです。どうでしょう?」
「どうでしょうって言われてもね」
マリーは案外、理屈は合っていると思う反面、証明する方法がないので言ったもん勝ちだと思うのだった。
並行世界が半分、現実世界が半分の場がそもそも珍しいと感じるほどだったが、エスカリエ城のことを踏まえるとまっこうから否定もできない。
事実、エスカリエ城は《不完全な世界の顕現》、並行世界を召喚する力によって増築されている。ある意味、エスカリエ城は並行世界の構造物と現実世界の構造物で造られていた。
ならば、もし《不完全な世界の顕現》によってその空間にいた人を召喚すれば幽霊という話になるだろう。
「ちょっと待って、《不完全な世界の顕現》で部屋を召喚したとするじゃない? そしたら、その部屋にいた人も召喚されるのかしら?」
「マリー様、それは不可能です。《想いの力》で人体が召喚されたという事例はエスカリエでは発見されてません」
一応、想力者であるマーガレットが《想いの力》の基礎とされる部分を話した。《想いの力》では、現象、人体の召喚は不可能ではないが、困難という事実だ。
「なぜ、人体の召喚が困難なのかの説もあります。これは世界線係数というもので――」
「ちょっと待った。カルネラの話は長いから、もう喋らないで」
「え、そうですか」
ガシャンと、部屋のほうから物が倒れる音がした。
「ガーベラ、まだ居たのですか?」
「すみません、部屋の掃除をしてたら、つい。すぐに片付けます」
そういえば、マリーが冠花をしたマーガレットは当然知っていたが、他のメイドの名前を聞くのは新鮮なものがあった。
(ガーベラね、そういえば、カトレアっていうメイドも居たかしら? どっちも花の名前よね。私がマリーを演じる前、アマリリスが冠花を授けたのかしら? でもこの世界にアマリリスはいない? いや、丘の慰霊碑にはアマリリスの痕跡があった。アマリリスは確かにこの世界にいたんだわ。じゃあ、彼女はいまどこに?)
「ガーベラ、その手、傷だらけではありませんか?」
マーガレットは、粉々になった食器を片付けるガーベラのその手が傷だらけなのに気づいた。ガーベラは気まずそうな顔をしている。
「これは……関係ありません」
「いいえ、同僚のよしみとして、見過ごせません。見せてください。王宮の医師ならばこの程度の傷癒せましょう」
マーガレットがガーベラの手を取った瞬間、
「離してくださいっ!」
ガーベラはテラスまで響く大きな声とともにマーガレットの手を払った。
一瞬、静寂が生まれた。ふとマリーの視線がガーベラの目と合うと、ガーベラは急いで食器を集め逃げるように部屋を出て行った。
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