08 冠花(かんな)の儀
温もりを感じる陽の光に照らされて目が覚めた。いつの間にか眠っていたらしい。
窓が開きっぱなしになっていることから、昨日のことが本当だったと半分眠っている頭を起こす。
目が覚めたら別の世界、なんてことはないようだ。
今日は
マルガレーテのウロボロスの指輪は神官たちによって修復され、真新しい黄金の輝きを放っていた。
マリーはドレスに着替えさせられていた。
「ねえ、もっと動きやすい服はないの?」
メイドに文句をつけるマリーであったが、メイド長に「着飾ることも女王の務めです、陛下」と叱られたのだった。
マリーの髪は後ろでまとめられ、頭には銀で造られた花冠をかぶる。姿見で見たところ文句のつけようのない女王がそこにいた。
冠花の儀は、神官たちが執り行う。《想いの力》に関わる儀式なので、エスカリエ国民はもちろん、貴族も見ることを許されてない。
王城の庭園にて、冠花の儀が執り行われた。そこそこの広さの舞台があり、隔絶するように周りには水がはられている。儀式の様子は水面にも映っていた。
舞台には、女王マリー、神官長ヴィルヘルム、神官が二人。全身を鎧で纏ったエスカリエ騎士が庭園に道をつくり、周りを囲っている。
神官たちが楽器をとりだし音色を奏でだしたところで、ルイス・アステリカが入場した。
エスカリエの騎士鎧を纏ったルイスは、頭装備を外して舞台に上がって跪いた。
「…………」
「…………」
「…………」
「陛下、式辞を」
「あ、私か」
うろ覚えながらも昨日貰った口上の内容を思い出した。
「我が騎士、ルイス・アステリカよ。汝は我が剣となり、我は汝の盾となろう。剣と盾が揃ったときエスカリエは無敵の存在となろう」
ところどころ違っていたが、この場合、マリーの言葉が正しくなる。
二人の神官が浄化された布をとりだし、ウロボロスの指輪が置かれていた。ルイスは右手を差し出し、マリーは指輪をルイスにはめる。
このとき、マリーはとてつもない既視感を感じていた。そして、意識が分裂するような感覚を。
「マーガレット・ルイス・アステリカ。これがあなたの名前よ、これからマーガレットと名乗りなさい」
「了解しました。このルイス・アステリカ、マーガレットとしてマリー女王陛下の剣となることを誓います」
マリーがこの儀式に場にいた皆に聞こえる声で言った。
「諸君、紹介しよう。マーガレット・ルイス・アステリカ、我が剣である。異論があるものは? 我が騎士マーガレットの実力をもってお教えしよう」
本来、口上の述べ指輪をはめて儀式は終わるはずだった。マリーの発言は無茶振りだった。
ルイスは「マリー様。無茶振りがすぎます」と反論したが「いいのよ。ちょっと剣を振るだけでいいから」と言いくるめられた。
ヴィルヘルムは落ち着いた表情、神官たちは戸惑っている。
マリーはメイドとしてルイスをみていた。剣の適正もあるらしいが、正直マリーは期待してなかった。
ルイスに格好よく剣を振ってもらって終わりにするつもりだった。
そのはずだった。
「《
「え?」
ルイスの詠唱に驚くマリーだった。
それは《想いの力》に違いない。ルイスの詠唱とともに、右手の指輪から光が放たれる。光は雫となり、剣に纏った。
カルヴェイユの《完全なる世界の顕現》は知っていた。
光は空間に落ち、世界を変えるものだった。カルヴェイユがいうには、マリーが唱えたものは《不完全な世界の顕現》、これも一部の世界を変える力をもっていた。
並行世界を現実世界に召喚する力、《想いの力》には、マリーの記憶にないものが残っている。
その一つが《完全なる世界の再現》。
その力は一時的に並行世界を召喚するが、召喚されたものはすぐに消えていく。
だが、多重詠唱することで一振りで数千の斬撃を生み出すことができる力だ。
光を纏ったルイスの剣は一本のはずなのに二重に重なって見えた。二重、いや、振動するように何重にも重なって見える。
ルイスがその剣を一振りすると、光を纏った斬撃が無数の軌跡をたどり、あらゆる方向へと飛んでいく。それは、その剣がたどることが可能な軌跡を一瞬のうちに圧縮したものだ。
あらゆる並行世界の斬撃が召喚された。
斬撃で生じた暴風が神官と騎士たちを襲う。もちろん、斬撃には実体があるので騎士は盾を構え斬撃を弾いた。
一振りの剣から数千の斬撃が放たれた。そして、斬撃は残像のように消えていった。生じた風により庭園の花が舞った。
まごうことなき《完全なる世界の再現》だった。
《完全なる世界の再現》はマルガレーテ・カタリナ・アルスバーンが最も得意とした技だ。
もっとも詠唱者により斬撃の数は変わり、全盛期のマルガレーテはルイスの斬撃の十倍を放つことができた。
マルガレーテのウロボロスの指輪はルイスに継承され、この日、フラワーロード、マーガレット・ルイス・アステリカが誕生した。
マリーは「ナニコレ」と目を丸くした。
「おお、素晴らしい《完全なる世界の再現》ですな。陛下が認めただけあります」
神官たちが感嘆の声をこぼす。ヴィルヘルムからは『逸材』の評価を受けたほどだ。学院で《想いの力》の適正が認められた者は王宮でも噂される。
マリーにとって想定外だった。ルイスはメイドとして見ていた。もはや騎士と認めざる得ない。
ルイス・アステリカでなく、マーガレット・ルイス・アステリカと。
ルイスと王宮へ戻ると、王宮の入り口にカルネラが跪いていた。
「本日より、マリー女王陛下の近衛になります。カルネラ・アルスバーンです」
ヴィルヘルムの働きにより、カルネラ・アルスバーンは学院の研究員から女王の側近になることを正式に認められた。
学院の研究服でなく、黒のマントを身にまとっていた。王宮での黒の服は汚れ仕事、暗部の象徴だ。
「カルネラ来てくれたのね」
「はい。マリー女王陛下のためこの身を捧げ剣となることを誓います。ルイス、いえマーガレットと共にマリー女王を守る剣となりましょう」
マリーは学院を案内させようと思ったが、先に命じることがあった。
「カルネラ・アルスバーン。最初の命を与えましょう」
「頂戴いたします。マリー女王陛下」
「女王陛下って言うの禁止。マリー様と呼びなさい。以上」
「か、畏まりました。ま、マリー様」
カルネラが少し噛んだのをみて、ルイスもといマーガレットは少し笑みを浮かべた。
マーガレットはこれから学院へいこうとするマリーとカルネラの姿を目で追いかけていた。
マリーはすぐに気づきマーガレットのところに戻る。
「マーガレット。どうかした?」
「え?」
マーガレットは今意識が飛んでいたのに気づかなかった。
「《想いの力》によるものでしょう。《想いの力》の詠唱後、詠唱者には抗えない睡魔に襲われますから」
カルネラはマーガレットの腕をもち肩をかした。
《想いの力》には代償がある。詠唱後、《想いの力》で切り取った時間の睡魔が詠唱者を襲う。
眠気をなくす研究もされてきたが、それはなぜ人は眠るのかという問いに近い答えしか得られなかった。
「カルネラ。さて、学院を案内してくれる?」
「了解しました。マリー様」
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