56 アマリリスの記憶 眠りアマリリス

 それから六年が経った。


 ヴィルヘルムの策略により、エスカリエを支配していた貴族たちは、事実上、権力を失い。抵抗してきた蛮族どもは、オルヴェイトが殲滅した。


 そして今日、アマリリスはエスカリエを平定してこの国の女王となる。


 エスカリエ王城の大広間には、ヴィルヘルム、オルヴェイト、そして騎士となったマルガレーテは全身甲冑を施して、三人がアマリリスの前に跪いた。


「ヴィルヘルム。汝はよく働いてくれた。その功績より《統括リード》の称号を与えましょう。わたしの右腕となり、王政を指揮しなさい」


「マルガレーテ。汝は今日を持って正式に騎士となった。《想いの力》を行使できる、あなたは貴重よ。よって、フラワーロードの称号を与えましょう」


「オルヴェイト。マルガレーテの師となり、剣を教えたのは見事であった。あなたにはこの剣を授けましょう」


 アマリリスは腰に携えてた剣をオルヴェイトに授けると、


「《不完全な世界の顕現オープン・ザ・パラレル》」


 アマリリスは別の並行世界の同じ剣を召喚した。


「知っていた? わたしの剣の貯蔵は無限なのよ」


 結局のところ、オルヴェイトが授かった剣は、ヴィルヘルムにもったいないと言われ、代わりに処刑剣を使うことになったのだが、アステリカ家で保管されたあと何処へ行ったのやら。



 そしてアマリリスが王位についたこの日、アマリリスはもう一度完全なる世界を創ろうと《想いの力》を発動する。

 世界規模の《完全なる世界の再現》の行使だ。

 アマリリスは二本指を突き立て詠唱した。


「《完全なる世界の再現プレイ・ザ・パラレル》」


 アマリリスから発せられた光は、王城から天空へ飛んで世界を包み込み、世界を黄金色に染め上げた。

 それは、完全なる世界の顕現、誰も悲しまなくて、苦しまなくて、死なない世界の降臨だ。


「おお、素晴らしい。これほどとは」


 ヴィルヘルムが感嘆の声を漏らす。


 だが、《完全なる世界の再現》には復元力がある。書き換えられた世界が元の世界へ戻ることを、アマリリスは知らなかった。

 黄金色に染め上げられた世界の色は次第に、淡くなり元の色へと返っていく、そして元の世界へと戻った。


「アマリリス様。これは一体――」


 ヴィルヘルムがアマリリスを見ると、アマリリスは地面へと倒れていた。息はあり、命に別状はない。ただ、眠っているだけだ。

 それは《想いの力》の代償、抗えない睡魔によるもの。アマリリスは《想いの力》に代償があることも知らなかった。



 アマリリスが次に目を覚ますと、


「ん……、あれ? わたし、寝てたのか」


 やけに体が痛い。途方もなく長い夢を見ていた気がする。


「お目覚めになりましたか。アマリリス様」


 アマリリスが声のした方へ振り向くと、ヴィルヘルムがいた。ただ、どうも昨日会っていたヴィルヘルムと違う。


「ヴィルヘルム、あんた、ちょっと老けた?」


 完全なる性質をもつアマリリスは不老不死だ。そのため、少女の姿のままだ。


「アマリリス様がお眠りになってから三十年経ちましたので」


 アマリリスは動きを止めた。今、なんと言った? 三十年? いや、聞き間違いかと思いながら、カーテンを開いた。


 そこにはエスカリエ王国はなかった。ただ、瓦礫の山と煙があがっている光景だけが広がっていた。


 アマリリスは状況を理解しようで、ヴィルヘルムに聞き返す、


「ヴィルヘルム、わたし、どのくらい眠っていたの?」

「三十年は経ちましたな」

「…………」


 アマリリスは頭を抱え、顔色が白くなっていく。ふと、あの二人が居ないことに気づいた。


「マルガレーテとオルヴェイトは!?」

「死にました」

「え?」


「マルガレーテは二十五年前、グラディウス軍との戦争にて死亡。オルヴェイトは、その数ヶ月後、アーレンファスト軍との戦争にて死亡いたしました」

「ヴィルヘルム……!」


 冗談だとしても言っていいことと悪いことがある。


 アマリリスはヴィルヘルムを睨みつけるが、その表情は冷静であり、もう何人も友を看取って来たかのような風貌で、ヴィルヘルムの発言が虚偽ではないことを悟った。


 アマリリスは力なく膝をついた。完全なる世界を創ろうとしたのに、世界は終わっていた。この運命に、己の無力さに、アマリリスは嘆いた。


(やり直したい。もう一度、はじめからやり直したい)


 そうアマリリスが願うと、ふと、アマリリスから光が生じ、渦状になって球体の塊になった。


「何、これ?」


 アマリリスは空中に漂う光の塊に触れようとするが、すり抜けて触れもしない。


 ヴィルヘルムは《傲慢なる信奉者の謁見》を常時発動している。ただの信奉者だったヴィルヘルムが傲慢にも未来を見ようとした力だ。


 だが、その力の本質は並行世界を観測する力だった。


「ああああああああ! ああああああああああ!」

「ヴィルヘルム?」


 ヴィルヘルムは発狂した。


《傲慢なる信奉者の謁見》により、その球体から映像が流れてくる。世界のすべての情報だ。

 景色、人間、動物、人の感情、誰かの人生を観測者として体験する。

 ただの人間のヴィルヘルムには耐え難いものがあった。


 アマリリスから生じた光の球体は、《新たなる世界の複製》によって複製された世界だった。

 三十年前、アマリリスが眠りにつく前の世界の複製。

 アマリリスは無意識にも世界を創造したことになる。


 発狂してうずくまるヴィルヘルムを置いて、アマリリスはその球体に近寄った。


(もし、この世界へ行けるのだとしたら。もし、もう一度やり直せるのだとしたら)


 詠唱すべき《想いの力》は知っている。ヴィルヘルムをこの世界へ置いていくことになるが、この世界は終わったのだから仕方ない。

 

「《正当なる観測者の権限コレクト・オーソリティ》」


 アマリリスは過去へと戻った。



 エスカリエ王城、大広間にて、世界規模の《完全なる世界の再現》によりアマリリスは眠りについた。


「アマリリス様……?」


 マルガレーテは不安そうに尋ねた。


 その時、大広間の扉が大きな音を立てて開かれた。金色の髪は腰まであり、頭には黄金の冠があった。鎧ドレスの腰には、ロングソードを携えている。


「あ、アマリリス様!?」


 アマリリスは大広間に入ると、眠っているもう一人の自分の顔をつついて言った。

 

「あー、完全に寝ちゃってるわね、これ。三十年は起きないわよ」

「アマリリス様、どちらから? いや、そもそもなんでお二人も!?」

「どこって、未来からよ」


 アマリリスは、眠っているもう一人の自分を広間の最奥の部屋で眠らせた。


 そして、世界をやり直した。



 結局のところ、アマリリスがいたところで、世界は同じ運命を辿った。

 グラディウス軍との戦争にてマルガレーテが戦死、アーレンファスト軍との戦争にてオルヴェイトが戦死した。これが決定論というやつなのかは分からない。


 残されたのは、ヴィルヘルムと無名の兵士アダムスフィアだけだった。


 アマリリスは王城から瓦礫の山となったエスカリエを眺めながら言った。


「ねえ、アラン。わたし、完全なる世界、諦めてもいいかしら……」


 無名の兵士、アラン・アダムスフィアが答えた。


「それはアマリリス様の意のままでございます」

「そう……。なら、最後にわたし、人間になってもいいのかしら。人間のように、誰かを愛して、子孫を残して、人生を終える、そんな生き方をしてもいいのかしら」


 最初の世界で経験した通り、ヴィルヘルムは眠りアマリリスが目覚めると同じ時期に死んだ。


 アマリリスはエスカリエを離れ、知らない田舎でアラン・アダムスフィアと一緒に静かな暮らしをした。


 でも、不老不死のアマリリスは少女の姿のままなのに対して、アランはどんどん老けていった。


 そしてアランが老衰で死んでも、アマリリスは不老不死ゆえに、死ねなかった。


 そして、アマリリスは成れ果てた。

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