第12話 純情な感情と……なんかちゃう



「先の発言は、白紙だ」

「……はい」


 疲労を滲ませた声量で目尻を手で揉むクマは僕の顔を睨み見てそう告げる。僕はその顔を一瞬見るものの目を合わせれず逸らし、返事に答えるのみ、そんな時間が少し続いた。


「……何よりも先にその後輩に謝罪。相手が休みで、連絡が取れないのは仕方ない。が、その間の大宮、大宮母との接触は控えろ。この意味が分かるな? それができないのなら俺はお前に手など貸さない。自分の立場を、優先順位を履き違えるな」


 そう、吐き捨てるように語る。


 クマはクマなりにしっかりと考えてくれた。その険しい顔と剣の籠った声には厚みがある。僕に怒っているけど、それでもこんな僕のために考えて……信用、信頼という感情よりも「友人だから仕方ない」という表現が正しいかもだけど。


「分かった。余計な真似はしない」

「先走って後輩の家に凸をするなよ」

「……しないよ」


 うっ、さっき一瞬頭をよぎった内容……流石にそれはまずいよね。


「俺も嫌だからな。友人が犯罪を犯すなど……「いつかやると思っていました」しか語れないぞ」

「いや、語るなよ。友人を売るなよ」


 最後は少しグダッたけど雪見さんに謝罪を行うまでの間の方針が決まり、雪見さんもお休みなので行動を起こせないという理由で今日は解散となった。


『風邪なら遅くても月曜日には復帰するだろう。今日は金曜だ。お前はこの土日でまともな謝罪でも考えていろ。、何度も言うが大宮親子との接触をできるだけ控え、余計な荒波を立てないため絶対に連絡を取るな。いいな?』


 最後、別れる時にそう念を押された。流石の僕も約束は守る。自分を不利にするだけだし、何よりも雪見さんに悪い……あ、大宮との定期連絡……は無視でいいか。三日間ぐらい問題ないだろ。


 クマとは謝罪をする直前に会い、謝罪直前に最善の作戦を話し合い取る形となっている。頼れる味方がいるのは安心する。


 ・

 ・

 ・


「――先輩」

「……」


 方針も決まり安堵した。味方がいて安心した。しかし――その謝罪対象が自分の家に居るとは思わないだろう。


 クマと別れ、最寄駅で電車に乗って自宅付近まで来た。叔父さんが腰痛が酷いと言っていたことを思い出し、帰宅する前にドラッグストアで湿布を買い帰宅。自宅のドアを開けていつも通り居間に向かうと……私服姿の雪見さんがそこに居た。


 いやいやいや、色々言いたい。風邪気味なのにマスクしてないんだねとかその私服姿似合っているねとか伝えてあげたいけど、僕の脳みそはパニックだよ。玄関の靴をしっかりと確認しなかった僕が悪かったのか……。


「……」

「(んぐっ)」


 緊張から唾がうまく飲み込めず変なえずき声がでる。雪見さんは雪見さんでじっと僕の顔を見ているし……誰か助けて。


 叔父さんは町内会に出席していていない。叔母さんは初め挨拶をして、雪見さんの紹介をすると何を勘違いしたのか飲み物とお茶菓子をテーブルに置くと「ごゆっくり〜」と囁きそそくさと部屋を後にし、残された自分と雪見さんがテーブルを境に向かい合う。


 正に地獄。


 最悪だ。あれだけ意気込んでいたのに本番になったら言葉が出ない。何か言わないといけないのに頭が真っ白で……。


「先輩」

「! は、はひゅ」


 何が「はひゅ」だよ、死ねよ僕。


「昨日はごめんなさい。今日は謝罪のため顔を見せました」

「……へ?」


 自分自身に嫌悪していると雪見さんが立ち上がり、頭を下げて謝罪をした。その間僕は間抜けな顔で何もできず、何も言えず後輩の姿を下から見上げることしかできない。



「ごめん。僕の方こそ、昨日の態度はあんまりだった。というかどうかしていた。だから雪見さんが謝る必要はないよ」


 落ち着きを取り戻し、なんとか言葉を返せた。


「いえ。私も感情的になりすぎました。その結果、言わなくていいことも先輩に言ってしまいました」


 雪見さんは腰を90度ほど曲げてまた謝罪をしてきた。体調が悪い後輩に頭を上げてもらうべく、僕も負けじと謝罪をしてどうにか頭を上げてもらう。でも、重い、暗い、この後、どうしよう……。


「いや。ほら、僕は気にしていないからさ。だから雪見さんは顔あげて、ね?」

「……はい」


 できるだけ優しく、そして幼い子に言い聞かせるように話しかける。するとようやく雪見さんは顔を上げてくれる。ただその顔をその目をその後輩の姿を見て「情けない」と思った。何度目だ。そうじゃない。今は関係ない。だから真っ向から自分の思いを告げる。


「誰が言おうと昨日は僕が悪い。僕のロクデモない発言で君を傷つけてしまったのは覆えない事実。雪見さんの鬱憤が晴れるまで煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わない」


 謝罪を伝え、土下座をした。生まれて初めて人に対して土下座をした。土下座をして以前聞いたあることを思い出した。「土下座とは所詮、謝罪した自分のポーズ」と。

 室内でやる土下座には何も意味がなく、何も効力がないらしい。なん○民は言った。


『土下座? ただの土下座には価値はない。その相手に少しでも負い目があり、謝りたいと思う気持ちがあるなら――泥に顔をつけてなんぼだろ?』と。


 僕は、雪見さんが気が済むなら泥にも沼にも顔を付ける所存だ。ただ許して欲しいなどとは思ってなどいない。己を裁く正当な権利を持つ雪見さん彼女に委ねる。


「……正直、私は傷つきました」

「うぐっ」


 土下座の大勢なので顔は伺えないけど、上から押し付けるような緊迫とした重圧が……とてもか細い声、短い言葉。ただそこに込められた想いに僕の心は軋む。


「先輩の無関心な扱い。言葉の数々で心に負荷を負いました」

「うぅ」

「純情を弄ばれました」

「ぴぅ」

「でも、私――」


 そこで、そっと僕の肩に優しく温かい手が触れる。


「――本当に先輩のことが好きなんです」

「雪見、さん……」


 あぁ、あぁ、最低だ。最低だ。こんな純情な子の心を弄んだ僕は、重罪だ。


 その時に顔を上げて見た悲しげに俯き、それでも健気に笑う後輩の表情姿を見て自分のしでかしたことをまた深く痛感した。


「嫌いになれないんです。先輩に体良く扱われそうになった後でも嫌いたくないんです。だからどうか先輩の本当の悩みを聞かせてください。私もこんなことでせっかく仲良くなれた小宮先輩と……と疎遠になるのは嫌なんです!!」

「……雪見さん。それで君の気が済むなら」


 言い訳をせず、今回雪見さんに「彼女(仮)」を頼んだ理由を事細かく話した。美春さんのことを話すとややこしくなることは間違いないため伏せたけど……今回話したものは大宮と交わした会話全て。


「……そんなことが。あの大宮先輩が――」


 話を聞き終えた雪見さんは終始酷く狼狽して驚いていた。


 大宮の女神(笑)っぷりは有名だからね。それが重度の猫被りであり、本来の本性……のを聞かされたら、そりゃあ驚く。


「嘘だと思うかもしれないけどね」

「いえ、信じます。先輩の言葉なので」

「……ありがとう。でも、大宮をあまり悪く言わないでやってくれ。他の人には優しいし、僕だけに態度が悪いぐらいだから」

「……先輩は」

「ん?」

「いえ、なんでもありません」


 雪見さんは何か伝えようとしてモゴモゴした後、その問いをやめて無言でコチラを見つめてきた。


「?」

「……いえ、そうですね。もう、遠回しのアピールは辞めにします。には効果がないと知りましたので」

「雪見さん?」


 何か決心を固めたようで、僕の知る間に真剣な顔つきになり立ち上がる。


「先輩言いましたね。「煮るなり焼くなり好きにしてくれ。君の言うことならなんでも聞く」と」

「……」


 う、うーん。「なんでも言うことを聞く」とは言ってはいないけど、ニュアンス的にはそう捉えられるのかな?……うん。僕も男、いや――だ。二言はない。


「……聞こう」


 先輩として、話が分かる漢として、何よりも大事な後輩を傷つけてしまった罪滅ぼしとしてその話に乗る決断をした。雪見さんも装いを整え、真剣な面持ちで口を開く。


「私を、貴方の後輩――雪見文を「彼女」にしてください。いえ、「仮の彼女」――「」にしてください!!」

「……」


 彼女はそう声高らかに言い放つ。


「え、仮の彼女? 仮女?」

「そうです。でも仮でも彼女は彼女ですよね? そうですよね? 何か違いますか?……違いませんよね?」

「は、はい」


 お、おぉ。なんか勢いというか圧がすごいというか……とにかく怖くて頷いちゃったよ。え? あれほど「彼女(仮)」を毛嫌いしていた(誰でも嫌だと思うけど)のに……どんな心境の変化なのか……。


 早口でこちらの意見を捲し立てるように話す雪見さんに怯えるも女性の心境の変化はむつかしいものだと察し、多くは追求しない。


「こんな状況で今の立場で聞くのもおかしな話だけど……雪見さんって僕のこと、好きなんだよね?」

「はい!」

「うおっ」


 初めて見る後輩の満面の笑み。大宮のあの邪悪な笑みと比べものにならない純粋さ、ただ――


「好きです。大好きです。撫でてあげたいし抱っこしたいし先輩のお世話をしであげたいです。本来なら直ぐにでも「彼女」になりたいところですが「彼女」になったら私の理性が保つか心配で今は、今だけは……「」という立場上の「仮の彼女」で我慢します。いえ、勿論「」がいいです。絶対に。でも、学生間は規律を持った学生生活を行い、決して不誠実にならない誠実な関係でいたいのです。あぁ、大学の進学をするなら同じ場所に。大学を卒業し、お互い大人になったら二人の赤ちゃんを作りましょう。必ず可愛いです。と私の赤ちゃんですから!……一戸建てのお家に三人で住むのもいいですね。先輩の叔母様には自己紹介を致しましたが、叔父様も交えて今度、しっかりとしたご挨拶を。ここが二人だけの空間なら私、私、どうなるか……」

「……」


 何かのスイッチが入ったかのように悦に浸った様に語りだす。頰を赤らめたそのやけに妖艶でいて艶麗とした顔をこちらに向ける。


 ひ、ひぇ、えぇ。これ、雪見さん? なんかおかしくなってるんだけど。彼女はもっとこう温和で物静かな子だ。いつでもクールでいてたまに笑うその姿が野原に咲く一輪の花を彷彿とさせる可憐さだった。なのに……。


「慎也先輩。慎也先輩の彼女。慎也先輩……えへ、えへへ」

「……」


 絶対、別人だよ。雪見さんは僕のことを「小宮先輩」と呼んでも「慎也先輩」とは言わない。それにそんな虚な目をして頰を真っ赤にしてヨダレなんて垂らさない。絶対に……あ、そうか。


「雪見さん。体調悪いんだよね。風邪が悪化するといけないから今日は一旦帰って――」

「先輩!!」

「うおっ!?」


 風邪で様子がおかしくなったと思ったその時、彼女に突然抱きつかれる。


 い、いつの間に真横に……。


「ちょ、雪見さん? どうしたの?」

「嬉しい、嬉しい、嬉しいです。慎也先輩が私のことを心配してくれた。えへへ」


 ダメだ。全然反応が違ったことしか返ってこない。


「わ、分かったから。ほら、雪見さんは病人なんだから安静に――」

「はい。私、病気なんです。慎也先輩のことを考えると胸が熱くなって昨日から一睡もできなくて、おかしくて、会いたくて、会いにきて、それに、それで――

「うっ!」


 目の前で僕の体に抱きつく雪見さん。彼女は僕の胸に頰をスリスリ擦り付けて少し暴れて、動きを止めてその虚な目を僕に向けてくる。それは「断ったらどうなるのか分かっているんだろうな?」という目つき。


 目のハイライト、どこいったん?


「あ、あぁ、あ、うん。バッチリ!」


 満面な笑みで了承した。


 おかしいな。僕の第六感が伝える(そんなものないけど)――断ったら「死」だと。


 かくして雪見さんと「彼女(仮)」の関係になってしまったンゴ。

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