閑話

第58話 アブノーマルなプレイはまだ早い


 

 以前から約束していたデート。

 それは約束しといて全然構えてあげられなかった文へのご機嫌取り。

 他の彼女候補の許しを得て二人だけの楽しい時間。過ごすはずが……。


「さ、。お母さんですよ〜こ、こっちにおいで〜」


 白いエプロンに身を包むお母さん――雪見文は恥じらいながらも両手を広げ、四つん這いの悲しき生き物小宮慎也に優しく呼びかける。


「おいで。母が抱擁をプレゼントする」


 黒いエプロンに身を包む母――雪見式は娘と同様両手を広げ、四つん這いの悲しき生き物小宮慎也を無表情で向かい入れる。


「……」


 現、高校二年生。今年で16歳となる青年は困り果てていた。

 どちらの「母親」を選ぶべきか……。二人の期待に答えられるだろうか。


『さぁ、こちらに』

「……ばぶぅ」


 「小宮赤子」(強制)は自分が「赤子役」をやることになった経緯を思い返す。


 ・

 ・

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 お家デートパート2を楽しむ気満々だった文の前に立ちはだかる壁――母、式。


 自然な流れで二人の間に入る式。


『文には圧倒的に足りないものがある』


 娘に挑発をするように。


 話を聞いてムッとするも我慢。


『母親について一番大切なものは? 質問すら答えられないなら、慎也君は私が貰う』


 そんな横暴なことを宣う。


 我慢の限界。母親の言葉が気に障りその煽りに乗ってしまう。


『母親に一番大切なもの、それは愛情です』


 自信満々に答え、勝利を確信。


『――はぁ、全然ダメ』

『っ!?』


 我が娘を一蹴。


『愛情はあって当然のこと。一番大切なこと、それは――我が子に愛されること』

『!?』


 母の言葉を聞いた文は電流が体を走り抜けたようにビクッと体を震わせ、固まる。


『愛しい我が子に慈しみをもって愛を注ぎ込み。愛を与える。母と子は互いに想い合う存在。本物の「愛」それは、愛し愛されることが何よりも重要』

『私には、それが不足していた……っ』

『そう。一方的な愛などそれは愛に成らず』

『お母様、勉強になります!』


 母の言葉を聞いて丁寧に頭を下げる。


「……」


 何を見せられているんだろう。


 一人、蚊帳の外で親子の様子を眺める。


『良い顔つきになった。ただまだ足りない。文には世の母親が通る一番の難攻、関門を挑戦してもらう』

『望むところです!』

『……挑戦内容。それは我が子に愛されること。慎也君もいて丁度良い。彼に「赤子役」を頼む。文も異論はない』

『はい。母親好きな先輩には良き母親がいて然るべき。私が「ママ」だと証明します』


 口を出す暇もなくあれやこれやと展開が進み。私服姿に前掛けを付け、おしゃぶりを口に咥えさせられた小宮は遠くを見る(オムツ着用だけはなんとか死守した……オムツを手に持つ南條が悲しそうな顔をしていたのはきっと、気のせい)。


 ・

 ・

 ・


『……』


 そんな現実逃避も虚しく。さっきからチクチクと浴びせられる視線に耐えられず。


「――」


 せ、正解が、わからない。


 悩めど悩めど、正解など見つからない。


 普通なら「彼女」の文さんを選択するのがベスト。でも、わざわざ式さんが自分も混ざって文さんを煽ってまでこんなしょうもないことをするかな?(します)。


 実際、式に深い意味などない。娘と息子……候補と戯れたいだけ。

 そんなことを知りもしない小宮は勝手に何か深い意味があるはずだと解釈し。


「あー」


 文を――選ぶことなく式の元へ。


「ふふ」


 ハイハイで近づいてきた小宮の髪を軽く手ですき、敗者――にドヤ顔を見せる。


「そん、な……っ」


 敗者は選ばれなかったことに絶望を見せ、上げていた両手をダラリと垂らし俯く。


「……」


 こ、心が痛む。でも、仕方ない。これは君のためなんだ。


 小宮は考えた。


 母親は娘に「挑戦」と口にした。即ち、それは娘が成長するための何らかの試験。

 試験なら、簡単に突破してしまっては意味がない。向上心を付けてもらうために心を鬼にしてあえて突き放す。


 この頃の文さんの行動は度が過ぎているように見える。自分が蒔いた種が原因の一端にあることはまあまああるもの。この機会にお灸を据えるという意味で。


「慎也君は見る目がいい。そんなお利口さんにはご褒美。さぁ、召し上がれ」

「……」


 そう言うと自分のエプロンを外し、おもむろに衣服を捲り下着が露わに――


「!?!?」


 紫色のセクスィーな下着に包まれた大きな乳房を見て狼狽える。


 前は着物を着ていたからわかりづらかったけど式さんも美春さん達と……って、何を考えてるんだ僕は!


 煩悩を振り解き、何とか打開策を。


「お母様! はしたないですよ!」


 頰を赤く染めた文は母に噛み付く。


「フッ、負け惜しみ」


 相手をするつめりはないようで薄ら笑みを作り、余裕の表情。


「文、考えて。慎也君は今「赤ちゃん」。「赤子」に必要不可欠なものは胸。こんなことで一々恥ずかしがっていては母親になど夢もまた夢。諦めて慎也君を私に――」

「あぁ! こうすればいいんですよね!」

『!』


 目を回し、首から上を全て真っ赤に染めた文が着ていたワンピースを勢いよく捲り――そこから白磁のような肌、純白の可愛らしい下着に包まれたメロンが――


「殻を破った。でも、渡さない」


 下着の状態で小宮の頭を胸に埋める形で抱き寄せ。


「!! それは、私の慎也先輩赤ちゃんです!!」


 理性などなり捨て母親に飛びつき(下着で)。


「〜〜〜!!?!!?」


 二人の胸の間に挟まれた小宮は嬉しいのやら恥ずかしいのやら訳がわからない状態に。


 ・

 ・

 ・


「――はっ!」


 小宮は寝ていた布団から勢いよく飛び起きる。その額にはびっしりと脂汗が浮かび、何か嫌な夢でも見ていたようで。


「……夢、だよね。はは、はぁー」


 大きなため息を吐き。

 二人があんな姿で自分を取り合うはずがないと馬鹿な妄想を見た自分が情けなくなる。


「溜まってるのかなぁ。そ○こが……」


 そんなことを嘆くも、時計を見て文とのお家デートの時間が迫っていることに気づき。


「やば! 用意しないと!!」

 

 急いで飛び起き、支度を済ませると朝ごはんもそこそこに叔父さんたちに軽く挨拶をして家を出る。


 

 ◇◇◇



 南條に案内され、居間に通された小宮は文と他愛無い話で盛り上がり、少しして文の部屋に行くという流れになったところで文の母、式が割り込んできて――


「さ、。お母さんですよ〜こ、こっちにおいで〜」

「おいで。母が抱擁をプレゼントする」


 「赤子」の姿に身を包む小宮は二人の母の質問に脂汗を流し。


 見覚えのありすぎる光景を目前に。


「……」


 あぁ、夢だと言ってくれ。


「……いたい」


 自分のほっぺを引っ張り痛みがあることで現実だと知り。


『さぁ、どっちを選ぶ?』


 二人の母に怯える。

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