第59話 娘の成長は早いもので


 

 7月21日。


 夏休みまで秒読みとなった頃。


 「家庭用プールを出したから鈴と遊んであげてほしい」と、茜から応援申請があり。


「来てくれてありがとね」

「鈴ちゃんと遊ぶのは僕も楽しいからね」


 さっそく「噂崎家」に訪れた小宮は茜と玄関口で他愛無い会話を交わす。


 小宮の格好は半袖、半ズボン。遠目から見……近めから見ても小学生。

 茜の格好は敷地内、知り合いの前だからかかなりラフな緩い私服姿。


「鈴はお爺ちゃんと居間で遊んでると思うから」

「了解。茜さんは?」

「水が溜まり切ってないからちょっとね」

「そっか。僕は爺ちゃんと鈴ちゃんのところに顔を出すね」

「うん。いってらー」


 庭に向かう茜を見送って自分の実家のようにかって知ったる顔で「噂崎家」にあがる。


「お、慎の字。後でデザート作ってくれよ」

「俺も俺も。若の自慢話には耐えられん」

「ほんとほんと、頼むよ」


 顔見知りで家族のように気のいい「噂崎組」の皆は小宮相手に気さくに話す。

 ガタイがよく強面の集団。それでも頼りになる歳の離れた友人たち。


「はは、また後でね」


 皆と立ち話をしたい気持ちはあるもの任務があるのでキリのいいところで切り上げる。


「慎也君。いらっしゃい」

「あ、木崎さん!」


 「噂崎組」の皆と話していると小宮と特段仲のいい巨漢の男――木崎がこちらに歩いて朗らかに挨拶をしてくる。


「馬鹿どもがすまないな」

「いえいえ。僕も好きでやってるので。あ、後で皆の要望通りとびっきりのデザートを作るので木崎さんもよければ」

「それはありがたい。甘味は大好物だからね。楽しみにしてるよ」

「よかった。では、僕は居間に」

「おう。楽しんでな」


 別れ際にお互い拳を突き合わせ。


 ・

 ・

 ・


「お、ようやく来よったか慎也君!」


 黒髪をおさげにした天使と遊んで戯れていたお爺ちゃん。蓮二と茜の祖父、玄蔵がニコニコと蕩け切った顔を向けてくる。


「爺ちゃんこんにちは。さっそく鈴ちゃんに骨抜きにされてるね」


 その顔を見て苦笑。


「ははは。それはもう。慎也君も来てくれたからわしはもう、心置きなく死んでもいい」

「早い早い。判断が早いよ。まだ鈴ちゃんの花嫁姿も――」

「……うっ」


 勢いで他界しそうになっている玄蔵を苦笑いで相手をしていたら、突然泣き出す。


「え、爺ちゃん?」

「うぅ。そんな鈴ちゃんが嫁になんて」

「冗談だよ。それに、まだ先の話だし」

「この歳になると一度頭で連想してしまうと離れなくてのぅ」

「まぁ、僕らが相手は見極めるから」

「わしも大概だが、慎也君も相当じゃな」


 黒い笑みを浮かべる小宮を見て玄蔵は苦笑いを浮かべ。二人で軽く笑い合う。


「しんちゃ! しんちゃ!」


 二人で茜の娘、鈴の未来を想像していると真下から幼い女の子の声が聞こえ。


「あ、ごめんごめん。爺ちゃんと盛り上がってた。鈴ちゃん、こんにちは」


 女の子、鈴と同じ視線になって挨拶。


「あい!」


 鈴なりのご挨拶をしてくれる。


『……』


 そんな天使のように可愛いらしい鈴の様子を見て二人は顔を緩め。


 鈴ちゃん。前よりも話せるようになったね。表情も豊かになったし。

 3歳児になると急に成長速度が速くなるとは聞くけど、目に見える成長は嬉しいね。


「慎也君も来たしわしは出掛けるかな」


 鈴の頭を優しく撫でて腰を上げる。


「? 何処か行くの?」

「ちょっとな……慎也君なら話てもいいか」


 初め言葉を濁しはぐらかすように話したが、少し考えて。


「慎也君。これは内緒話なんじゃがな」

「なになに?」


 鈴が首をコテンと可愛らしく傾げる中。

 玄蔵に耳打ちをされる形で聞く。


「実は今日蓮二のお見合いをしていてのぅ」

「まじ?」

「まじ」

「まじかぁ」


 その情報に開いた口が塞がらない。


「あの蓮兄がねぇ。相手は?」

「他の組のお嬢さんじゃ。それがこれじゃ」


 懐に忍ばせておいた写真を見せて。


「ぶっ!」


 その写真を見て盛大に吹く。


「ふ、ふふふ。慎也君、流石に笑うのは」

「ご、ごめん。でも、それは。なんなら爺ちゃんも笑ってる、じゃんか」


 男二人は互いに口を押さえてプルプルと。


 玄蔵が見せた相手の写真。そこにはブタ――のような見た目の女性が写っていた。

 言葉を変えるなら「人の服を着たブタ」という表現が相応しいのかもしれない。


「あ、さん!」

『ブッ!』


 小宮の手にあった写真を見た鈴が幼い言葉で正直な反応を。それを聞いた男二人は耐えられず、吹き出す。


 二人は思う存分笑いコケ。


 鈴にはしっかりと「ぶた」ではなく「人」と教えた。変な覚え方をしたら困るから。


「それで爺ちゃんは様子見に」

「弘治が着いてるゆえ問題はないが一応な」

「了解。鈴ちゃんの面倒は任せて」


 コアラのように腰に抱きつく鈴の髪を軽く撫でながら胸を張る。


「慎也君なら安心じゃ。と、あぁそうそう。他の者も連れていくゆえ自ずと三人きりになるのぅ。鈴ちゃんが寝たら茜と二人きりかぁ……何かが起こってもオカシクないなぁ」

「! ナイナイ。そんこと起きないよ。もう、揶揄わないでよ!」


 玄蔵の発言を聞き、変なことを考えてしまった小宮は首を振って全力で否定。


「カカカ。ま、三人で楽しんでくれ。わしらは帰りは遅くなる――」

「だからぁ!!」


 そんな本物の祖父と孫のような会話をし。


「なかよし!」


 二人の会話はわからないもの二人が笑う姿を見てニコニコ笑顔の鈴。


 そんな優しい世界が広がっていた。


 ・

 ・

 ・


「鈴ちゃん。この後プールで遊ぶけど今回はどんな遊びをしよっか?」

「んーとねー」


 玄蔵たちが留守にしてプールの水が溜まるのを待つ時間布団の上に寝っ転がりながら今回のプール遊びのテーマを聞いてみる。


「あひゆさん!」

「よし、さんだね!」

「うゆ!」


 鈴のまだ言葉足らずな言葉を理解し答えを導き出した小宮は近くにあった小物入れからアヒルの玩具をいくつか取り出す。

 そのアヒルは皆も一度は見たことがあるであろう黄色い体を持つアヒル。お風呂に浮かんでいる光景が鮮明に浮かぶだろう。


「じゃ、沢山入れて――」

『二人共〜水溜まったよ〜』


 庭から茜のそんな声が聞こえ。


「溜まったって」

「ね!」


 二人は顔を見合わせニッコリ。


 用意してあった幼児用水着に小宮自ら鈴に着替えさせ、自分は衣服を脱ぎ捨てる。その下には海パンを履いている。それは古くからある古典的なもの。家に出る前から衣服の下に着こなし後は脱ぐのみ。最短の方法。


 ・

 ・

 ・


「ちゅめたーい♪」


 プールはなかなか広く。水は安全を考慮して鈴の太ももくらい。鈴は水を足でパシャパシャと跳ねさせ楽しむ。


「こーら、あまり暴れないの。お水がなくなっちゃうよ?」

「! だめ!」

「じゃあ、静かに遊ぼうね」

「うゆ!」


 茜、母親の言うことを素直に聞く。


「……」


 うんうん。素直な良い子に育ってくれてよかっ――うぷっ。


「……」

「なーに、達観した顔してるの。慎也も早くプールに入りなさい」


 一人感銘に浸っていると顔に水をぶつけられる。その先を見るとジト目をした茜。


「りょーかい。茜さんは?」

「私も入るよ〜着替えて、ね?」

「……大胆なものは鈴ちゃんの影響に」

「大丈夫。大丈夫」

「……」


 二人を残して茜は家の中に入っていく。


「しんちゃ! あひゆ!」

「! ん、そうだね。よし――投下!」

「わー!!」


 鈴にせがまれながら桶に入っていたアヒルを全てプールの水に投下。


「ね、ね! ぴーぴー!」


 鈴はその小さな手でアヒルを掴むと潰して「ぴーぴー」と音を鳴らして遊ぶ。


「そうだね〜でもあまり強く握っちゃダメだよ〜あひるさんいたいいたいだからね〜」

「うゆ! あひゆさんかわいそう!」


 小宮の言葉を聞いた鈴は直ぐに遊びをやめて持っていたアヒルのお腹を大切そうに撫でる。そんな優しい鈴の姿を見て――


「……」


 デレデレと顔を溶けさせる。


「おー、楽しんでるね〜」

「あ、茜さ――ぶっ!」


 ようやくきた茜の格好を見て吹く。


「ちょ、ちょちょ! なんて格好しているんですか!」

「えぇ、そう?」


 小宮の赤くなる顔と反応を見て「してやったり」とニヤける茜は前屈みになって腕で自身の胸を強調させる。

 茜の格好は水着――ではあるが、競泳水着と呼ばれるもので体のラインがわかりやすい水着。それも色はという。


「お母さん、かわいいー!」

「お、ありがと〜」


 娘に褒められた茜は満面の笑顔で鈴の頭をよしよしと撫で回す。


「きゃーー!」


 鈴は鈴でなすがままに楽しそうに。


 小宮は母と娘の微笑ましい光景を見て非常に焦っていた。何故なら――茜の格好は小宮が愛用……大事にしていたすーぱーそ○子 白水着style 1/7スケールと酷似していて。


 ま、また現れるか……そ○小。いや早まるな。の影が濃厚だけど……以前と同じで偏見で決めつけるのは……。


「慎也もこれ可愛いと思うでしょー?」

「ま、まあ? いいんじゃない?」

「えー、ちゃんとこっちに目を向けてよー。これ――慎也が特注で作ったのにー」

「……可愛いですよ」


 あのR氏カスぅぅぅ!!


 憤怒の怒りで燃え上がる心。天使と遊んでいると思い出した小宮はなんとか怒りを鎮めて鎮静化に成功。


「ほーら、慎也は詰めて詰めて」

「あ、茜さん。このプールが広いとはいえ三人は流石に……」

「じゃあ、こうすればいいじゃんね」


 アヒルが浮かぶ水面に足を入れた茜は――小宮の膝の上に腰を下ろす。ほぼ茜の椅子もしくは背もたれと化した小宮。


「茜さん?」

「気持ちいいわねー」


 その予想だにしない行動に疑問を投げかけるが返答などなく、棒読みで至福を堪能する茜は小宮を背もたれにしてリラックス。


 お、落ち着け。膝から感じるこの人肌の柔らかさは気のせいだ。息子よお前は歴戦の猛者だ。こんな場所で暴れるなかれ。


 心頭滅却をして心を落ち着かせる。


「お母さんずるい!」

「うおっ」


 膝をできるだけ宙に上げることを心がけてなんとか耐えていた。そこに「鈴」という他の重みが加わり。

 小宮の膝に茜が腰を下ろし、その茜の膝の上に鈴が飛び乗った形となった。


「わ、もう。危ないでしょ鈴?」

「……めんさい」


 叱られた鈴はしゅんと素直に反省。


「わかればいいのよ。ほら、鈴。ぎゅー」

「えへへ。きゅー」

 

 二人で抱き合う親子は楽しそうに。


 ただ、噂崎親子が楽しんでいる間小宮は常にピンチを迎えていた。


 うおぉぉぉぉ。待ってくれ。揺れないでくれ。それ以上揺れたら茜さんのお尻が――


 踏ん張って、踏ん張って、耐える――


「……あ」

「んっ」


 限界を超えた小宮は膝の力が抜け。茜はストンと下がる感覚と――お尻近くに感じる何か硬い感触に触れ艶の通った声を上げる。


「お母さん?」

「ん、な、何でもないよ? ほら、いつまでも抱き合っているとあついあついだから鈴はあひるさんと遊んできなさい」

「ん! あーい」


 茜から離れた鈴は水面に浮かぶアヒルと戯れる。その姿を見て微笑み――


「(慎也、硬いの……当たってるよ?)」

「(……なんのことでですか?)」

「……」


 下にしている小宮に小声で話しかけるも、本人にシラを切られ。その態度が気に食わないと感じた茜は苦行を課す。


「(……ぐりぐり〜)」

「(うぉっ?!)」


 茜がそのお尻をぐりぐりと押しつけて圧迫された小宮は耐えられず悲鳴を上げ。


「(えっち)」

「(!?)」


 後ろを振り向いた少しニヤけた顔の茜は赤い頬のままそう告げる。


「――さて、飲み物取ってくるわね〜」


 そんなことを言いながら何も無かったかのように立ち上がりプールから離れて行く。


 そんな茜の背中を見て天国と地獄を味わった小宮はそれから数分立ち上がることができず、鈴とアヒルが戯れる癒しの空間の中羞恥と屈辱に苛まれた。



 ※これにて二章の本編&閑話終わりとなります。また、八月以降、お会いできたら🍀

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ママ活アプリにノリで登録したところ同級生のママが釣れました……(休載します。八月から再開) 加糖のぶ @1219Dwe9

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