第9話 後輩と委員会
図書室
「――はぁ。遅れた理由はクラスメイトとおしゃべりを楽しんでいたから、と」
雪の様に真っ白な髪をお嬢様のようにハーフアップにした髪を揺らし、後輩の女子生徒に僕は問いつめられていた。
その外見は色白で大宮と遜色ない綺麗よりの美貌。スタイルも負けてない。そんな美人で物静かな後輩の名前は「
「いや楽しんではいないけど……」
「関係ありません。委員会の活動に遅れたのも、私が不機嫌なのも全て――小宮先輩のせいです」
「なんでやのん」
雪見さんの言葉に情けない声がでる。
そんな雪見さんに今、詰問を受けている。雪見さんが椅子に座っているのに対して僕は図書室の床に星座で座り込んでいる(周りに誰もいないのでまだ安心)。僕は別にマゾというわけではなく、雪見さんの命令だ。なんでも遅れた罰とか。遅れたのは自分の不注意なので従っている。
なんかこの学校で会う女生徒全て僕に対しての扱いがキツい様な……気のせいだよね。あ、雪見さんの睨みつける顔も可愛い……。
「何ニヤけてるんですか? 先輩、反省してないですね」
「いや、してる。マジでしてるって。だからそんなに怒らなくても……」
「どうだか」
目の前で腕組みをし怒ってはいるが、僕のことを「先輩」と呼んでくれる後輩に頭を下げながらここまでの経緯を思い返す。
まず、僕はスマホの液晶画面を見てまだ委員会の時間は30分も残っていることに気づいた。なのでダッシュで自分の担当する委員会、図書委員の仕事をするべく図書室に向かう。図書室に着いた時の感想は「間に合った」よりも「不安」と言った感想が頭の片隅によぎった。図書室は僕も頻繁に扱う場所だが夕方で人が寄りつかない薄暗い室内の図書室は廊下に居ても不気味さが際立つ。そこに委員会をほっぽっていた人物が来たら中で待っているであろう人物はどんな反応をするのかと恐れてしまう。
『――こ、小宮でーす。遅れました』
恐る恐る室内に入った。
『先輩!』
『ひいっ!?』
その時直ぐに近くから女子の心配をした様な声量を含む声が聞こえる。僕は情けないが悲鳴をあげていた。その声を上げた女子、雪見さんは僕の顔を見て一瞬胸を撫で下ろすが、直ぐに憤怒の顔を作り僕に向き直す。
『先輩! 今まで何処で何を――』
そして、現在。
「――学生だとしても「報連相」は大切なんです。それに遅れる際はあれほど私に一つ連絡を入れてくださいと――」
「はい、はい。ごめんなさい。はい」
もう謝り倒すしかなかった。ブリキの玩具の人形の様にコクリコクリと頷くだけの時間が続く。本当はそのまま委員会の時間も終わってくれと切に願ったけど――
「――ふぅ。先輩も一応、反省をしてくれているみたいですのでもう私の口からは何も言いません。残りの時間は委員会活動をしましょう」
「わ、わーい。活動だぁ」
内心泣きながら表面では喜ぶ。
「先輩もやる気がある様で何よりです。では、こちらの作業をお願いします」
「……」
そう言って渡されたのは数冊の本と本のカバー。要は本のカバーを交換するだけの簡単なお仕事。本も数冊しかないので数分で終わるし、早い話小学生でもできる仕事内容。
「他の仕事は事前に私が済ませました。先輩でもそのぐらいならできますよね」
「……うん」
遠回しに馬鹿にされている様な気もしないでもないけど……言われた通り作業に取り掛かる。
作業を始めて5分程経った頃。
「先輩」
「んー、あと少しで終わるよ」
「いえ。そちらは終わって当然ですので。つい先日小耳に挟んだお話なのですが……駅前で起きた出来事を先輩はご存知ですか?」
「(ギクッ)ん? あまり知らないなぁ。たまに変な噂流れるよねー」
雪見さんが話した内容について確実に知っているが今は作業が忙しいという雰囲気を醸し出して適当に相槌で返す。
「……実はその駅前でハレンチ行為をした生徒は男子生徒だそうです。それも二年生で145㎝という小柄な生徒」
「ふーん。今の若者は背が高い子が多い印象だけど、僕の様に小さい子もいるんだねーなんかシンパシー感じるよー」
「……」
すっ惚けたように話す僕を雪見さんは無言で見つめてくる。
ふっ。甘いよ。どうにかしてその「変態」を僕に仕立て上げようとしている様だけどそんなあからさまな罠に引っ掛かるもんか。大宮に仕掛けられたあとだし。
「……実は、その男子生徒の名前、小宮慎也――」
「いや、それもう僕じゃん。初めの探り合う様な会話、必要?」
「やはり先輩でしたか」
「ねぇ、聞いて?」
この子僕の話し聞いてくれないんだけど。
「先輩いけませんよ。いちいち騒動に首を突っ込んでは」
「それは、僕も出過ぎた真似だと思ってる」
「分かっているのならいいのですが、でもやはり先輩の行動はいただけませんね」
「えぇ。そこまで言う?」
「はい。ナンパから女性を救うためだとはいえ相手の男性に「愛してる」と叫んで飛びつくなどそんな――」
「待って」
「はい?」
「それ、僕?」
なんか変な単語が聞こえて聞き返してしまう。たぶん、僕の耳がイカれただけ――
「私が聞いた話では先輩が男性に飛びついて、近くにいた女性がドン引きしていたと」
「凄いよ、初耳だーい!」
イカれていたのは周りだったわ。てかどう捻じ曲がったらそんな話になるのか……最終的に僕がホモになってて草。
「え? 違うのですか?」
ちょ、やめてよ。その「本気で信じてました」と言わんばかりの純粋な瞳を向けるの。口を手で覆うのもやめて。
「違うよ。近いけど、違う。そんな話題を流した奴にはヘッドロックをお見舞いしたいくらいだ」
「ごめんなさい。私、信じてました」
君、僕の後輩だよね。何を馬鹿正直に信じてるんだよ。なんで少し悲しそうな顔なんだよ。僕が「アーッ!」だと何か得なのかよ。誰も得なんてしないよ。
「はぁ、少しは疑ってね」
「はい。でも、先輩は同性に走るほど何か悩みがあるのかと思ってました」
「えぇ、悩みなんてない――」
そこで僕はピーナッツ位の大きさしかない陳腐な脳に電流が走るのを感じた。
悩み、悩み。悩みならあるじゃないか。「彼女を作る」という悩みが、と。「彼女」を「仮」でもいいからこの心優しい後輩に頼むのはどうか?と。
そこでまたも閃く。
僕に「彼女(仮)」ができれば大宮さんも諦めるだろうし、大宮も納得をするかもしれない、と。
「――あぁ、実は悩みがあってさ。良ければ聞いてくれる?」
「はぁ、私でいいなら」
「うん。僕、彼女が欲しくてさ」
「……」
その時、ほんの少しだけ変わった周りの空気に気づきもせずにペラペラと話。
「いやー、学生のうちの恋愛も学生間でしか味わえないものだと思ってね。別に邪な気持ちはこれっぽっちもないけど」
「……」
うっ。無言が怖いな。ええぃ、このまま進め小宮慎也!
「それで、唐突だけど。もし雪見さんが良ければ、僕と彼氏彼女の関係にならない?」
「……」
「告白」をする場としては些か華がなく、「告白文句」としてもありきたりなもの。それでも勇気を出して伝えて。
「あぁ、ほら。雪見さんとならこうして普通に話せるし。アニメや漫画の話しも合うし、一歩先の関係とかどうかなぁーって?」
「……」
そ、その無言をやめてクレメンス。ま、負けるな小宮!!
「ほ、ほら、お試しでもいいからさ! なんなら一日でも――」
「……」
「ごめん。やっぱり、今の話しなしね、なしなし!」
雪見さんが泣いていることに気づいた。そこで「泣くほど嫌だったのか」と思い、すかさず今までの会話をなかったことにしようとあたふたと慌てふためく。
「いえ、違うんです。嬉しくて」
「え? それはどういう……」
「先輩に告白されて、嬉しかったんです」
「あの、じゃ、じゃあ」
「はい。私で、良ければ」
雪見さんは涙を指先で拭うとその顔に華が咲いたような満面な笑みを咲かせる。
ま、まじかぁ。あの雪見さんが了承してくれた……。
「嬉しいです。先輩は大宮先輩と付き合っているものと――」
「それで仮の彼女になって貰ったところ、悪いけど――」
間が悪いことに両者の発言は重なってしまう。
「え、僕が大宮と? あはは、そんなのないよ。あんな路上の石ころ――」
「そんな話はどうでもいいです!!」
「いはぃ!」
自分が大宮に興味がないことを伝えたところで被せる様に雪見さんが雪見さんらしくない大声をあげた。その大声に目を疑い萎縮してしまう。
「先輩、今言いましたね。仮の彼女と」
「え、あ、うん」
「それって、言葉通りの意味ですか?」
「そ、そうだね」
ど、どうしたの雪見さん? なんか表情も険しいし、言葉が刺々しい様な……。
「「仮」ということは遊び、だと?」
「え? いや、そんな遊びじゃないよ。ただ、少しの間、僕の彼女に――」
パチンっ
最後まで言い終わる前に室内に何かを叩いたような乾いた音が響く。
「え、え? え?」
それが自分が頬っぺたを雪見さんに叩かれたと知ったのは数秒経ってのことだった。
「最低です。見損ないました」
そこには僕の顔をビンタをした体勢のまま目尻に涙を溜める雪見さんの姿が。
「あ」
その姿を見てようやく自分がしでかしたことを理解した。僕は自分の身勝手な行動で浅慮な考えで純粋な後輩を傷つけてしまった。
「ご、ごめん! 僕は、なんてことを」
「もういいです。先輩なんて知りません。先輩がヤリ○ンだと周りに吹聴します」
「いや、待って! 謝るから! それに、ヤリ○ンじゃな――」
「触らないでください!」
「おぉうぅん」
手を伸ばして雪見さんの肩を掴もうとしたが、前方から雪見さんの長い足が飛んできて……その足が見事股間にクリティカルヒットして僕は無様に倒れ伏す。
「さよなら」
雪見さんはそんか言葉を残すと足早に図書室を後にしてしまう。
「う、あぅ。待って……僕は」
僕は情けなくも股間を両手で抑え、涙する。その涙は股間の痛みと自分の馬鹿さ加減から溢れる涙。
後悔しても、既に後の祭りだった。
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