第8話 弱みプラス
知ってた。
大丈夫、大丈夫。
焦るなよ。
どうせ「ラブレター」ではなく「嘘レター」もしくは「果たし状」だと知っていた。そのどれでもなく「不幸の手紙」だったけど……。
「小宮クン?」
「ッ」
あぁやばいやばいよ。大宮の奴マジギレやん。顔は笑っているのに目が笑っていない。それも首なんて傾げちゃって、ホラーやん。
目前にいる存在感(恐怖)を体現する女生徒(大宮美咲)。
大丈夫だ。餅つけ……いや、餅ついてどうする。本当に落ち着け自分。まずは逃走経路の確保――
「あぁ、安心して。小宮クンが逃げられないようにファンクラブのみんなにお願いして外で待機してもらっているから!」
「……」
それで何を「安心」すればいいのか……「不安」しかないのは気のせいか?
大宮が口にした「ファンクラブ」という頭のおかしい単語は本当の意味のファンクラブ。
なんでもここ青南高校では大宮を「女神」と同等の存在だと思っているとか(頭おかしいし「マドンナ」じゃねぇのかよとか当時はツッコミを入れたな)。そんな大宮にファンクラブがないはずもなく、「大宮様を守る会」とかいうどう考えてもあたまのおかしい集まりの変態集団。
奴等はやばい。大宮を守るとか宣っている割には大宮の周りに集まり付き纏い、自分達以外の男性が近づくと容赦なく襲ってくる独占欲強めでストーカー気質のような害虫……に悪いので「もーもー」と煩いチーズ科目牛科。大宮自身は自分の言うことを聞く程のいい駒使いとでも思ってるのだろう。
奴等は何かと大宮に絡まれる僕が羨ましいのか色々と嫌がらせをしてくる。
勿論僕も抵抗したで? やられたら倍返しどころか学校に登校できない状態にしてやったわ……あぁ、暴力とかじゃないよ。僕は見た目通りひ弱だからね。過去を漁って精神的に社会的に抹殺しただけ……いや、そんなことは今はどうでもいい。
今回に限っては別に悪いことをしたわけじゃないし、できるだけ穏便に済ませるためにも何も知りませんよという態度で示す。
「はにゃ?」
「あ?」
「ごめんなさい」
惚けてみたけどダメでした。大宮よ……お前はどこかの89ざか。
てか全然通用しないじゃないか。僕だって大宮撃退用の対策を調べた。
確か「あれ?」という何も知らないという時に使う可愛い風な表現。
叔母さんに使ったら「可愛い」と言われた。大宮さんからリークされていた「大宮は可愛いもの好き」という情報を踏まえて可愛い(と叔母さんの中で話題の)僕の表現なら回避できると思ったのに……。
ならば正攻法でいこう。初めからそうしろと何処からか聞こえるけど、無視無視。
「小宮クン? お母さんと何かあったんでしょ? 早く白状した方が身のためだよ?」
「いや、知らねぇ。何それ、怖」
こちらにじりじりと詰め寄ってくる大宮が怖かったけどなんとか冷静に伝えられたと思う。これなら大丈夫だな。
「嘘つかないで。お母さんは白状したよ。小宮クンと体の関係だって!!」
「いや、本当に知らねぇよ! 何それ、本当に怖いんだけど!?」
身に覚えのない大宮の発言を聞いて冷静な判断など取れるはずもなかったよ。いや、本当に知らないからね?
「……お母さんは言った。小宮クンに抱きつかれた。小宮クンに抱きついた」
「え、まぁ。それは本当だけども……」
うん。変なことはしていないけど。実際大宮が言っていることは正しい。でも断じて大宮さんと体の関係などもってない。昨日あったばかりだから当たり前だけど。
「小宮クンにナンパされた。小宮クンにお持ち帰りされた。小宮クンとお風呂で――」
「いや、待って」
「何?」
いや、何じゃなくて明らかに途中からおかしいだろ。ナンパはまぁ僕が「擬似赤ちゃんプレイ」をした時だろう。だが、他のは違う。
「本当にそんなこと身に覚えがないって。僕と君のお母さんは昨日会ったばかりだぞ?」
「小宮クンは手が早いじゃん。頭の回転は遅いけど」
「手も早くねぇよ!」
こいつ、一言多いんだよ。
「はぁ。これじゃ埒があかない」
「じゃあ、認めるんだね?」
「認めるか。だからそのハサミは置け。そして近づいてくるな」
またじりじりとこちらに詰め寄ってくる。今度はその手に以前目に突きつけられたハサミが握られており、おちっこチビれそう。
「分かった」
「死ぬ?」
「お前は今の一瞬で何を分かったんだよ。違う。僕の無実を証明するから少し落ち着け」
「……」
ようやくこちらの話しをまともに聞いてくれる気になったのか今は一メートル先でハサミを投げつけるモーションで止まっている。
できればそのハサミもモーションもやめてほしい。
「まずはこれだ」
「……スマホ?」
「あぁ」
僕は大宮にパスワードを解除した自分のスマホを見せる。
「どうやら僕の言葉では納得がいかないと見た。なら物的証拠としてそのスマホの中身を確認してくれ。我が家を見てもらっても構わないけど、どの道大宮さんとの関わりなど見つけられないさ」
「……そこまで言うなら」
大宮は僕の近くまで寄るとスマホを渋々と受け取る。そして確認作業に移る。
ははは。これは僕の勝ちと見た。証拠など出てくるはずがない。そんなもの、僕と大宮さんの間には何もないのだから。連絡も交換していない。無実の証明としてこれ以上完璧なものはないだろう。
「……」
ふふふ。そんなに難しい顔をしてどうした? さては証拠が見つからないからなんとしてでも決定的なものを探そうとしているな。無駄無駄! 僕のスマホに疚しいものなど一つもなし!
「小宮クン」
「なにかね? まぁ、十中八九何も見つからないだろう。謝るなら今――」
「これなに?」
「どれどれ……あ」
鬼の様な形相で僕に画面を見せてきた大宮。そこには僕のスマホには――「ママ支援」という某掲示板が写っていた。要するに「ママ活」のアプリが表示されていた。
け、消すの忘れてたァァァッ!?!
最大の墓穴を掘り頭を抱えてしまう。
「やっぱり。この頭おかしいアプリでお母さんと会ってたんだ」
僕の様子を見て蔑んだ目で見てくる。
「いや待て誤解だ!」
「5回も?」
「違う、そうじゃない!」
あぁ、もう。今はボケている場合じゃない!
「そのアプリはあれだ。大宮に啖呵を切った時の「彼女作り」の件で有効活用しようとしただけであって、悪用なんてしてない!」
「そこでつい魔が刺してお母さんと出会った、と」
「だから違うんだってば!」
「じゃあ、この……【ママが欲しい】ってなに?」
「そ、それは……」
自分自身で本当に書き込んだことであり言い訳のしようがなかった。恥ずかしくて説明もできる気がせず、その場で膝を折る。
そんな僕の肩に大宮は軽く手を置く。
「……小宮君。君にもこんなアプリを入れるぐらい何かに追われていたんだね」
「大宮……」
「だからと言ってお母さんと会っていた証拠がある君を許すわけがないけどね」
「大宮ぁぁ!!」
こいつ、ほんとにもう……そ、そうだ。
「大宮、言ったよな。僕に干渉するなと」
「うん言ったね。でもそれって君の勝手な妄言だよね? ただの口約束だし、何か誓約書でも書いたの? ねぇ、書いたの?」
「ぐぅ」
ぐぅのねもでなかった。
「じゃあ、そのアプリをお前の手で消していいから」
「消したところで第二の第三のこの……「ママ支援」が蘇るんでしょ?」
「どこぞのラスボスみたいに言うな!……もう変なアプリなんて入れない。この発言が嘘だったらお前の言うことをなんでも聞いてやってもいい」
「ふーん」
発言を聞いた大宮は素直に僕のスマホでポチポチと何か操作を行なっている。恐らくあのアプリを消去したのだろう。正直、あれは黒歴史だし早目に忘れたい……てか、大宮の奴自分のスマホなんて出して何してる?
「……はい、返す」
「え、あ、おう」
スマホを返却された。一応自分でも中身を確認してみたところもう「ママ支援」というアプリは存在しなかった。ネットの履歴も見ても「ママ活」関連の物全てが消されているという徹底ぶり。
「消したのは構わないが、自分のスマホなんて取り出してなにしてたんだ?」
「ん? お互いの連絡先を交換しただけだけど?」
「交換する意味あるか?」
「あるよ。これで逐一変なことしていないか連絡とれるし。あ、今日から小宮君は確実な無実が証明できるまで寝る前……22時くらいに一日の出来事の連絡を入れる様に」
大宮は僕に命令口調でそう言う。
「いや、だから僕の無実を証明するなら我が家に来てもらっても構わないと……」
「やだよ。どうせ襲う気でしょ?」
「襲うか!」
「何、嫌なの? 嫌ならバラすだけだけど?」
「ぬぅん。わ、分かった」
その「バラす」という意味合いが学校or家周辺にバラすということが安易に分かった。なので渋々従うしかない。
「はぁ、疲れたから僕は帰るよ」
「うん。約束忘れないでね」
「うぃ。お前は?」
「私はこれから生徒会だよ」
「あぁー、そう」
そう言えば大宮が生徒会なの忘れてた。それもこいつが副会長とか世も末だわ。まあ、周りにはその「マドンナ(笑)」としての振る舞いをしているのだろう。
「ん? 何か変なこと考えなかった?」
「いや? ただ、大変そうだなぁーと。時間は大丈夫なのか?」
「うん、事前に伝えてるから」
「……さいですか」
事前から根回しをして僕を嵌めることを考えていた、と。
「それよりも小宮君は大丈夫なの?」
「何が?」
「だって、今日委員会の活動日だよ。私は生徒会だから問題ないけど」
「まじ?」
「大マジ」
「もしかしてだけど、分かってた?」
頰をピクピク引きつかせて僕は問う。
「うん!」
おお、素晴らしい満面な笑顔だこと。
「どうせ小宮君のことだから委員会のことなんて忘れて下校すると思っていたよ。それが的中してまんまと私の罠に嵌ったけど」
「お、大宮ぁぁぁ!!」
「あはは、ばーか」
大宮は僕の顔を見て腹を抱えて笑って指なんて刺して「プギャー」してやがる。
「キィィィーー、お前本当に覚えとけよ!」
僕は踵を返してその場を負け犬の様に立ち去る。後ろから僕を嘲笑するかの様な笑い声が聞こえるが無視。空き教室から出た際に僕達の一部始終を聴いていたであろう大宮のファンクラブの奴らが指を咥えて僕の方を見ていた……こいつらマジで頭イカれてる。
こっちみんな!
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