彼女作り(仮)

第7話 春がきた


 翌日。


 電車に30分程揺られて最寄駅に降り、重い足を引き摺るように学校への道を歩いていた。

 周りには同じ制服を着た生徒達の姿も何人か見える。その生徒達は僕の姿を見るとヒソヒソと何か話し合っている。


「はぁ」


 ため息一つ。


 ため息を吐いてしまった理由は勿論昨日の自分の奇行が原因。

 ただしそれだけが原因ではない。単純に学校に行きたくない。強いていうなら……教室に入り「大宮美咲」と顔を合わせたくない。


「絶対、気まずいじゃん……」


 そうぼそりと言葉をこぼす。



 昨日、大宮に追い出された後言われた通り叔父さんと叔母さんが待つ我が家に帰った。

 玄関まで迎えにきてくれた叔父さんはニヤつき叔母さんは目尻に涙を溜めていた。


 ちなみに叔母さんの名前は「由恵よしえ」、叔父さんの名前は「郡司ぐんじ」。どちらとも60歳を超え髪に白髪が見え隠れしているのに見た目は若々しい。


『?』


 二人の様子がどうもおかしい。でも疲れていたからそんなことはいちいち気にしていられず挨拶をそこそこにお風呂に入り床につこうと思っていた。


『慎也ちゃんおかえりなさい』

『あ、うん。ただいま。今日は遅くなってごめん』

『ううん。いいの。だって――』


 叔母さんが叔父さんに目配せをする。


『聞いたぞ慎也。「」ができたらしいな!』

『・・・え?』


 叔父さんの言葉につい裏返った声で返答を返してしまう。だっておかしいよ。僕に彼女?……ナイナイ。そんなのいないって……自分で言っていて悲しくなってきた。


『もう。慎也ちゃん惚けちゃって……私達は知ってるのよ?』

『そうだぞ慎也。でも、お前に彼女とは……秋久も香苗さんもきっと喜んでいるぞ』


 叔母さんは僕の顔を見てウインクをすると台所に歩いていく。

 叔父さんは肩を軽めに叩いていたと思うと両親の名を口にし、静かに泣いていた。


『……』


 僕としては本当に何が何だか分からなかった。色々とあった後の出来事なのもあり頭の中の整理も追いつかない。


『――慎也ちゃんは外でご飯を食べてくるって言っていたけど、なのだし……叔母さん張り切ってお赤飯炊いたわ!』


 台所から戻ってきた叔母さんは年齢を感じさせない屈託な笑みを作り土鍋を持って駆け寄ってきた。土鍋の中には赤い米に小豆がふんだんに入った赤飯。美味しそうである。


『えっと、なんで赤飯?』

『ん? さっきから反応が薄いな』

『え、だって赤飯って何かおめでたい日に食べるものでしょ? 何かあったの?――あ、叔父さんの腰痛が治ったとか?』


 首を傾げる叔父さんに思い当たる節がありそれを伝える。


『それは俺も嬉しい。今回は違う。それよりもなんだ、慎也は彼女ができて嬉しくないのか?』

『……さっきから彼女彼女って言っているけど、生まれてこの方彼女なんてできたことないけど?』

『……話が噛み合わないな。母さん?』


 叔父さんは考え込むように下を向き、今も土鍋を持って嬉しそうにはしゃいでいる叔母さんに声をかける。このままでは平行線のまま話が終わりそうじゃなかったので助かる。


『え? だって慎也ちゃんはと夜ご飯を食べてお家で……もう、言わせないで……!! あ、避妊はしたの?』


 叔父さんに話を振られた叔母さんは小首をかしげてそんなことを聞いてくる。

 そして思い出す――大宮さんが叔父さん達に連絡をしたことを。なんかそれをどう捉えたのか変な勘違いが発生してる臭い。それも尚且つ「避妊」など口にする始末。


 「避妊」とか禁句ワードやめてくれ。すらできない僕は哀れに見えるじゃないか。彼女がいて今幸せな奴ら全員滅べどうかお幸せに!!


 恨み辛みが心の奥底から這い出てこようとしていたので一旦落ち着いて真実を二人に話した。


 ・

 ・

 ・


『――と言うことがあり、僕は大宮さんのお家にお呼ばれされただけだよ』


 真実を話した結果、やはり二人と自分の間に勘違いが生まれていた。


 どうも大宮さんの電話に叔母さんが出たらしくその時に聞いた「ご飯を食べる」「お礼に家に招待する」と言う話から下世話な話を連想し叔母さんが暴走し、それを叔父さんが鵜呑みにしてしまった、とのこと。


『そうだったのね。叔母さん勘違いしてたわ。慎也ちゃんごめんなさい』

『すまん。俺も舞い上がりすぎた……でも大丈夫。慎也ならそのうちきっといい彼女さんができる』


 話を真剣に聞いてくれた二人は謝ってきた。常識人なので助かる。叔母さんは本当に申し訳なさそうに。叔父さんも同じく謝罪をしてフォローも入れてくれる。


『ううん。二人が僕を思ってのことだし。それに怒ってないよ』


 本当に怒っていなかった。

 なので二人を軽く許し、叔母さんがせっかく作ってくれた赤飯は三人で美味しくいただいた。その後に大宮さんを助けたことをいたく褒められる……そこまでの過程で起きた奇行行為は話してないけど。


 まあ、そんなこともあり無事お風呂を済ませていざ就寝という時にあることで少し悩んだ。今日のことを大宮本人に謝るか。大宮とメールは交換していないがクラスメールがあり、電話番号はクラスメイトなので知っている。ただ、大宮とは敵対関係にある。自分から接触をしないと言っておいてぬけぬけと連絡を取るのも……そう思い連絡はやめた。

 大宮さんについては連絡先も知らないし、連絡をしたことがもし万が一大宮の耳に伝わったら何をされるかわかったものではない。


『明日、学校休もうかな……』


 自分が今一番考えることは明日もある学校。そこで今一番会いたくない大宮とどう接するべきか。



 昨日の出来事のことで色々と考え歩いていると青南高校の正門まで着く。


 ひそひそひそ


 ここでもまた学年男女問わず僕の顔を見て何か話しているけどもう諦めたよ……なんか「あれが、駄々っ小宮君だ」とか聞こえたけど無視無視。自分の行動が招いた結果だし。



「……はぁ。教室、入りたくない」


 朝のホームルームの予鈴がもうすぐ鳴る。

 そのせいか廊下には生徒の姿はなく、教室前にポツンと立つ姿がやけにシュール。

 ほんとここまで来る際の空気、視線の数々は精神的に色々と来た。それよりも遥かに凌ぐ苦痛がこの先に……。


「……ええい、ままよ!」


 腹を括り教室の取手に手を――


 ・

 ・

 ・


 と、意気込んでみたものクラスメイトの反応は至って普通。

 強いて言うなら「女性を助けるなんてカッコいい」と褒められたぐらい。

 大宮も昨日何もなかったのでは?と疑ってしまうレベルに普段通り。


 これを拍子抜けというのだろうか。


「――はーい、席を座ってください。今から朝のホームルームを始めます」


 席に座りぼっーとしていると歩く時に揺れる黒髪のサイドテールを揺らして愛沢先生がやってくる。

 色々と考えてはいたけどその声を聞いた瞬間悩んでいたことが馬鹿らしく思え気にしないように努めることにした。


 だって大宮自身が気にしていないなら自分が過剰に気にするのもおかしいから。



 ◇◇◇



 放課後



 午前中、お昼、午後……と特に何事もなく過ぎ去る。大宮も何かアクションを起こすことなく僕はそこで昨日のことは終わったと決めつけ「彼女作り」について専念するべく考えていた。ホームルームも終わり帰宅をしようと下駄箱に向かう。すると僕の下駄箱から一枚の手紙が出てくる。


「……ふーん」


 しかし僕を甘く見ないで欲しい「ラブレター」などという淡い期待など微塵も、一ミリもしていない。なのでその場で読んだ。周りに誰かがいないかは配慮したけど。



【   二年二組 小宮慎也君へ


 放課後、〇〇教室にてお話ししたいことがあります。


 恥ずかしいので一人で来てください。


 待っています。 



 ずっと

                匿名 】



「……」


 その手紙を読んで理解したね。これはあれだ――僕にもようやくがきた!!


「どこの子猫ちゃんかは知らないけど、僕の魅力がわかるとは……恥ずかしがり屋なのかな? そんなところも可愛いじゃないか」


 相手が誰なのかどんな生徒なのかも知らない。でも「僕と会って話したい」と書いてある。それも「ずっと待つ」など嬉しいことを書いてくれる。正直、昨日の一件から「彼女作り」をなんとかしたいと思っていた僕には天啓だ。だから――「嘘告白」でもいいからそれに縋りたかった。


 ・

 ・

 ・


「――小宮クンよくこれたね。待ってたよ……それで。君、やっぱりお母さんに何かしたでしょ? 白状しなよ? ん?」

「……」


 とは問屋は下ろさず。僕を見下ろすように立つ鋭い目付きの大宮が手紙で指定された放課後の空き教室に居た。


 うん。「人生」って非情。



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