第6話 修羅場こなみ感



「――何やってるの、お母さん……それに」


 その声の主を知っていた。

 知っていたけど信じられなかった。

 信じたくなかった。


 だってそれが本当なら――殺される。


「あ、! 帰ってきたのね。今日ねこの子、にナンパから助けてもらったの。とてもいい子よね〜慎也君、こちらよ」


 もう「美咲」と娘さんの名前が決まった時点で僕の命運は終わりを告げた。

 だって苗字が「大宮」で名前が「美咲」って……「大宮美咲」その人しかいない。いくら僕が馬鹿だからってそれぐらい分かる。


 そういえば大宮の家はお金持ちとか聞いたような……でももう色々いいかな?……と思って右手でピースサインを作り、その手を右目にやり、舌を出してチャラ男風に挨拶。


「あ、チース。慎也っす」

「……」


 大宮の僕を見る目は絶対零度を超えた冷ややかなものに変わり、こちらの身を震わせる。あ、冷や汗が……。


「? 美咲?」

「……んん。なんでもないよ。お母さんほらでしょ? なら、もてなさないと。ほら貴方もこっち」


 冷ややかな視線も一瞬で大宮の顔は笑顔に変わる。それはさっきまで見せていた表情が幻だったかのように……そんな


「て、いてででで、痛い――」

「黙れ、叫んだら刺す」

「(コクコク)」


 掴まれた時の握力が強すぎて悲鳴を上げた。すると可愛い花柄模様のハサミの先を大宮さん(母)が見えない位置で左目の眼球近くに突き付けられ、脅される。


 「刺す」という言葉とそのなんの感情も感じない無機質な虫のような目、生気を感じさせない声に従うしかなかった。


「あら、二人は知り合いなの?」

「うん。実はこの子クラスメイトなの。ねぇ、小宮クン?」

「(コクコク)」

  

 その「小宮クン」という呼び方に恐怖が増長し、首が取れるぐらい上下に振る。


「そうだったのね」

「うん。だから小宮クンの話し相手は私がするからお母さん夕飯、軽いものでいいからお願いできる?」

「任せて。私は連絡した通り慎也君と夜ご飯は済ませているから美咲の分だけ作るわ〜」


 「ふんふふふん〜」という鼻歌を歌いながら上機嫌にキッチンらしき場所へと姿を消す大宮さん(母)。


「さて」

「(ビクッ)」

「小宮クン……お話、できるよね?」


 その目は漆黒のダークホールより黒いのではないかと錯覚するぐらい禍々としていた。


「あ、あの……」


 殺されたくないという一心で今日起きたことを包み隠さず話した。

 話している間に相手が「ピクっ」と反応を見せる度に逐一怯えその影がさす表情が怖くて早く終わってくれと自分自身と問答。


「ふーん。じゃあ、本当にお母さんと君の間に疚しいことは一つもない、と?」

「そ、そう! そうです。僕と大宮さんには何もないです!! 潔白です!」

「怪しい」

「なんで!?」


 しっかりと話、自分の身の潔白を主張したのに大宮は僕の顔を胡散臭そうに見てくる……クソォ、大宮美咲。


「冗談だよ」

「心臓に悪いからやめてくれ」


 いつもの表情で「冗談」と告げる大宮の顔を見た僕はやっと肩の力を抜ける。


「だってってタイムラインで来たから。写真付きで」

「知ってるじゃねぇか!?」


 じゃああの恐怖の時間は一体なんだったんだとその場でガックリと肩を下ろす。


「美咲〜ご飯できたわよ〜」


 そこに大宮さんがやってくる。


「分かった。小宮君とお話できたしご飯食べてくる。お母さんは小宮君が変なことしないか見張っといて」

「ふふ。慎也君はそんなことしないわよ。ね、慎也君?」

「あはは、まあ」


 大宮の言葉に顔を顰め、大宮さん(母)の言葉に苦笑い。


 大宮がご飯を食べに席を立った後、大宮さん(母)と何気ない会話を楽しんだ。その時に大宮さん(母)がやけに近寄ってくるとは感じていたけど、いい香りがするので黙った。

 話の内容は「あの子は学校ではどう?」とか「二人の関係」とかとか。

 学校のことについてはそのまま伝えた。僕達の関係としては「隣の人」とだけ伝えといた。嘘は言っていない。


「二人が知り合いで安心したわ。私も少し説明をする自信がなくて……」

「そうだったんですね」


 「なら呼ばないでくださいよ」とは現在進行形でお家にお呼ばれしている状態で言えず。

その時、ふとあることが気になりこの際聞いてみることにした。


「なぜ僕を今回家に招く形になったのですか?……あ、別に招かれて嫌だったとかはないのですが……食事も外で食べた後ですしどうにも気になって」

「あー、それなんだけどね。実は――」

「お母さん〜もう時間も遅いし小宮君には――」


 質問に大宮さん(母)が答えようとしたちょうど同時期、ご飯を食べ終わった大宮がやってくる。


「――早い話、

「え?」

「――帰って……は?」


 僕と大宮の二人は大宮さん(母)の言葉に面食らって変な声をあげてしまう。

 大宮なんて時でも止められたかのように動かない……まぁ、わからなくもない。自分の母親が自分の同級生のことを「異性として好き」というのだから。


「え、えっと。ということは、として〜という意味、です?」


 なんとか平静を保つように心掛けていた僕だけど気づいたら大宮さん(母)の口から出た今一番気になる単語を「間違いであってくれ」と願い聞いていた。


「うん……その、ここまできたら正直に話すわ」


 大宮さん(母)はそう前置きを置くと僕の願いとは正反対の答えを出す。


「慎也君に助けてもらった時ね、年甲斐もなくドキっとして。初めは「可愛い子」ぐらいにしか思っていなかったけど、慎也君を見ていたらほっとけなくて守ってあげたくて……次第に意識して……勢いで喫茶店に誘って、家まで案内してました」

「……」

「……」


 中々の爆弾発言に自分、それにまだ現実に帰還していない大宮は絶句。


「は、はぁ? はぁぁ!?……お母さんは何を言ってるの!?」


 そこでようやく現実へのご帰還を果たした大宮が叫ぶ。その声は裏返り、その額には汗が浮かび目は回っている。


「私は本気よ」


 真剣味を帯びたその言葉は物静かなリビングに響く。


「わ、私は認めないよ! 小宮君も何か言ってよ!!」

「え、いや……」

「慎也君は私はいや?」

「そ、そんなわけは……」

「小宮君!?」

「!!」


 近くから聞こえる大宮の大声に怯え、隣に寄り添うように立つ大宮さん(母)の返事にどう答えればいいかわからず、再度聞こえる大宮の迫る声に俯いてしまう。


「――ちょっと小宮君聞いてるの?! こっちは真剣に話してるんだけど!!」

「いや、あの」


 どう話せば落ち着いてくれるか色々と考えていたら大宮が凄い怖い形相をして制服首元の襟を掴み僕の体を大きく揺さぶってくる……く、苦しい。


「まぁ。美咲ったらそんなに怒ってどうしたの?……あ、美咲のことは置いて慎也君は私と一緒にケーキでも食べましょうね」

「あ、えっと」


 大宮の変化など気にも留めていない様子の大宮さん(母)は「手作りのケーキがあるの」と呑気に話す。その時に一瞬セーターの隙間から谷間が見えて――


「小宮君!! 何人の家の母親の体をジロジロみてるのよ!……穢らわしい!!」

「ご、ごめん!!」


 その舐めつけるような眼差しと怒気を含む大宮の声と態度にいつもの通りに振る舞えず、罪悪感から吃り視線を逸らす。

 大宮さん(母)の胸(谷間)を一瞬でもチラ見してしまったのは事実なのでヘタなことは言えない。


「慎也君をイジメないの!……それに慎也君なら問題ないわ。だからほら……私の胸でもどこでも見て良いからね?」

「えっふ!?」


 大宮の声と迫力に怯えていると寄り添うように立つ大宮さん(母)がこちらを安心させるように左腕に抱きついてくる……その大きな胸を押しつけるように。


「お母さん!!」

「やーん、美咲ちゃんが怖い〜」

「!!」


 そして大宮の怒号に大宮さん(母)は特に怖がる様子もなく楽しそうに僕の腕、もとい胸に飛び込んできた。あ、甘い香りが増してなんだか頭が、クラクラして――


「お・か・あ・さ・ん!!」

「慎也君、助けて〜」

「!?」


 二人の言い合いをそばで聞き大宮さん(母)のさっきよりも増した甘い香りに意識を朦朧とさせ、走馬灯のように今までの出来事を思い浮かべ遠い目をする。


 そこで僕と大宮さん(母)の態度をよく思わない大宮はキレる。


「私は認めない! 絶対に認めない!!」


 その顔を真っ赤に――怒髪天の如く怒らせ。


「これ以上ややこしくしたくないから小宮君は帰って!!」


 「お母さんとしっかりと話すから」と言われて有無を言わさずに追い出された。

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