第5話 お母さんと一緒
◇
「慎也君、ハンバーグおいしい?」
「は、はい、おいしいです!」
楽しそうにニコニコと笑顔でこちらを見てくる大宮さんの質問に僕は頰が引き攣らないように耐えながらなんとか答える。
なぜかさっき駅前で助けた女性――
こんなはずじゃなかったのに……。
家に帰り「彼女」の件をしっかりと練るはずがと思いながらここまでの経緯を思い出す。
騒動から少し経った頃、僕達は駅前から離れた場所にある洒落た喫茶店に入りお互いに自己紹介をしていた。
『私は大宮美春と言います。先程は助けていただきありがとうございます』
「大宮美春」と名乗る女性は丁寧に挨拶をしてくれる。初め名前を聞き出された時はさっきの出来事で「痴漢されました」とでも訴えられたら嫌だなぁと思って自分の名前を答えるのを頑なに渋っていたが、相手から名乗られた瞬間その考えが馬鹿らしくなった。
勿論それが相手の本名とは限らない。偽名かもしれない。でもこんな優しそうで誠実そうな人が嘘をつくとは思えない。嘘をつかれたとしたらそれは自分の落ち度。見る目がなかっただけ。
『ご丁寧にどうも。自分は小宮慎也と言います。いえ、本来ならもっとマシな助け方があったと思いますのでそんなに畏まらなくて大丈夫ですから』
土下座でもしてきそうな雰囲気だったのでこちらが慌ててしまった。
『ふふっ。ありがとう。君は優しいのね』
『(ドキュン)』
いや、「ドキュン」じゃないよ僕。
でもこんな美人さんにお礼を言われたら嫌な気はしないよね。それどころかハッピーだ。偶然だとしても助けてよかった。
『さ、せっかく喫茶店に入ったのだしさっきのお礼も兼ねて何か奢るわよ?』
『い、いえ。本当に大丈夫ですから! 家の人も用意してくれてると思うし……お気持ちだけいただきますので……』
申し訳なさと本心が混じり慌ててしまうも丁寧に断る。
『家、そうよね。その制服は……青南高校かしら?』
『あ、はい。もしかして大宮さんも青南高校に?』
『えぇ、そうよ……と言っても過去の話で今は娘が通ってるの』
『あぁ、過去のお話ですか。それに娘さんが通う……へ?……「娘」に「過去」?』
楽しく話していたところでいきなりジャブでも一発喰らった感覚に陥り呆けてしまう。
それほどまでに「過去」「娘」という単語が以外を通り越して自分の目で見る大宮さんとその話の内容が一致しない。
だってどう見ても大宮さんの見た目は同い年、あるいは少し年上のお姉さん。そんな人が「過去」の人物であり「娘」さんがいるような年齢には見えない。
『あはは、実は会う人会う人に言われるの。娘と歩いていても姉妹にしか見えないらしくてさ。私はこれでも30歳超えてるのよ?』
『あ、あ、あぁ』
大宮さんは頰に手を当て苦笑い。その一つの仕草でも可愛らしい。ただ今はそのことに思考を回す頭はなく。自分は大宮さんの年齢が信じられずただ口をポカーンと開ける。
『ごめんね。驚かせちゃって』
『あ、いえ。少し、というかかなり内容の処理に時間がかかった僕の出来の悪い頭が悪いだけですから』
少し時間を置き、脳が活動を再開した時、大宮さんは見計らったように苦笑いを浮かべて謝ってきた。
『そう。でもこうして私は君より年上なの。だから助けてもらったお礼ぐらいさせて?』
『……分かりました』
根負けした僕は大宮さんの言葉に乗せられる形で渋々……喫茶店のオススメメニュー「ハンバーグドリア」なるものを頼んでいた……決して大宮さんの上目遣いに負けたわけではない……ハンバーグおいちい。
そんなこんながあり、現在大宮さんと二人で少し早い夕飯を食べている。
大宮さんとは話していくうちに仲良くなり「慎也君」と名前で呼ばれる仲になっていた。「きっとこれも何かの縁。だからそんな他人行儀な呼び方じゃなくて「美春」と呼んで」と言われたけど流石に断った。
ちなみに僕のスマホから大宮さんが直接今日の話を家の人に伝えてくれて「今日は夕飯はいらない」「帰るのが少し遅くなる」と伝えてくれたらしい……ただ少し気になることが「帰るのが遅くなる」という言葉。
この喫茶店を出たら大宮さんとはお別れになるわけだし……んん?
「あ、そうだ慎也君。一つ聞いてもいい?」
「なんですか?」
大宮さんが何を聞きたいのか定かではないがこの人が変な話題を提供してくる未来が想像できず、安易に承諾していた。
「私のことを「ママ」って――」
「ブハッ!?」
「慎也君!?」
予想外の話題に口に含んでいた水を吐き、むせてしまいそれを見た大宮さんが驚く。
正直、驚いたのは僕の方だ。お願いだからその話題はやめてというか忘れて欲しい。
「いや、あれはあの場の即興でして、勢いって言うか……特に深い意味はないです。はい」
「そうなの? 私にはあれが慎也君なりの何かのメッセージかなぁと思ったけど」
「えっと、それはなんでです?」
「だって慎也君。悲しそうな目をしてたよ。娘も一時期私が仕事で帰りが遅くなった時に同じ目をしていたの。だから悲しい……お母さんが恋しいのかな、って」
「……」
その言葉を聞いた僕は何も答えることができず、黙りこくってしまう。
「慎也君。それで少し強引なお話なんだけど今日、この後うちに来ない?」
「――へ?」
下を俯き何も答えない僕にまたとんでもない提案を伝えてくる大宮さん。
◇◇◇
喫茶店を出て少し歩くと高級住宅街に。
聞いた限りだと大宮さんと娘さんが住む家はなんと二人暮らしなのに一軒家でとても大きく、綺麗だ。もちろん外観も内観も。
まずリビングらしき場所に通されたが……当然の如く部屋が広く綺麗。どこぞのホテルに来ている感覚。そこで間違いなくお金持ちだとわからされ白目を向いた。
「――今更だけど慎也君、いらっしゃい。自分のお家だと思って寛いでいいからね」
「は、はははひぃ」
声が震え。
同様に足も震え、生まれたての小鹿並。
ただそうなるのも仕方がない。
誰が今日助けた娘を持つお母さんの家にお邪魔することになると思うのか……勿論僕も抵抗したで?
一番に聞いたのは「旦那さんに悪いです」ということ。すると「旦那とは数年前に離婚したから問題ないわよ?」と呆気らかんと言われる。
ならばと思い「僕、今日家で
ならばと「娘さんは絶対に許さないですよ!」と魂の叫び。「そんなことはないわよ? あの子可愛いもの好きだし」と笑う。
「何を根拠にそんなことが言えるのか……」と思う中もう無理だと直ぐに諦めた僕は「娘さん」に「不審者」認定され警察を呼ばれるのだけはやめてくれと願うのみ。
「……いやだ。まだ高校生なのに前科持ちになりたくないよ……」
「大宮さんの娘に通報される」という単語だけがなぜか頭の隅からこびりついて離れず情けないが半泣きになってしまう。
「外は寒かったからココアを淹れたわよ〜慎也君はココアって、慎也君どうしたの!?」
ソファーに座り待っていると大宮さんが外行きの私服姿から着替えたのかゆったりとしたベージュ色のニットセーター姿でコップが二つ乗ったおぼんを持ってくる。
正直目のやり場が……とか思っていると何を勘違いしたのかおぼんを近くのテーブルに置き慌てて駆け寄ってくる。
「え、あの違くて、その……」
ヤバい、どうしよう。「貴女の娘さんに通報されるのが怖いんです」なんて言えないし……あ。
「あ、あの実は、こうして「お母さん」と過ごしていると思うと嬉しくて……あはは。大宮さんのことを「お母さん」とか、変ですし子供っぽいですよね」
「……」
なんとか即興で閃いた嘘八百を並べて。
ど、どうだ? なんか大宮さんは無言でワナワナしているけど、いけたか?
「大宮さん、それよりココアありが――」
「慎也君っ!」
「むがぁ!?」
気づいたら大宮さんのお胸に抱き締められていた。
あぁ、ふわふわで暖かい。いい匂いもする。それになんだろう、この安心感……あ、なんか知ってる。これあれだ……まるで、お母さんのお腹の中……。
「大丈夫大丈夫。今だけでも私が貴方のお母さんよ。だから大丈夫」
ボケているのが馬鹿らしくなるぐらいの高揚感と安心感。そしてこの心が安らぐ声。いつまでも聴いていたい。
「――何やってるの、お母さん……それに」
そんな安らぐ中聞き覚えのある声が。
「あ、美咲! 帰ってきたのね。今日ねこの、小宮慎也君にナンパから助けてもらったの。とてもいい子よね〜慎也君、こちら娘の美咲よ」
「あ、チース。慎也っす」
「……」
母親の説明に絶対零度の視線を向ける美咲。その見つめる先には自分の母親に抱きつかれる――
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