第4話 ママ活は犯罪です
「へ、ヘェ〜ふーん。見返せるといいね?」
動揺していたのも束の間。
少ししていつもの調子を取り戻す。
舐め腐ったような子憎たらしい顔は健在で見ているこちらがムカついてくるほどに。
「はいはい。女の子に声もかけることすらまともにできない女の子のように女々しい小宮君の頑張りを私は応援してまーす」
「馬鹿にするな。女子に声をかけることなんて造作もない。空気を吸うのと同程度だ。僕の本気を舐めるなよ」
それだけ大宮に大口を叩き言葉を待たず席を立ち上がり目の前から立ち去る――
「う、ウォォオオォ!! 「彼女」とかどうやって作るんだよ! 女の子に自分から声をかけるとか死んでも無理だァァ!?」
大宮がいる図書室から立ち去った僕は先程の無意識に出た自分の発言を悔いるべく男子トイレの個室で喚き散らす。
「で、でも発言は撤回できない。撤回したらしたでまた大宮は僕を馬鹿にするだろう。それも今よりも一段に……あのアマぁ」
自分が一番分かっている。
無計画の発言で自ら墓穴を掘り弱みを提供したことに。
女の子に声をかける勇気など持っていないことを。
でもコレを超えた先に――
「……ピンチはチャンス……とは違うけど、策はある。僕だって何度か彼女を作ろうとトライしたさ……全て惨敗に終わったけど。でも今回は、今回こそは――」
そう決心し、僕はスマホを取り出す――
◇◇◇
「――は、はぁ。ははぁ、やっと、やっと!」
放課後の教室にて最後まで居残ってスマホを手に持ち興奮していた。
別に変なことをしていた……いや、していたのかもしれない。
手に持つスマホの画面には某掲示板……まあ、要は俗に「出会い系サイト」と呼ばれるサイトの掲示板が映し出されていた。
「……「ママ活」とか、本当に手を出していいのだろうか」
自分で自分の言葉に頭がおかしいと思いつつ自分が登録した「出会い系サイト」通称「ママ支援」と呼ばれる「ママ活」掲示板の自己紹介文を見ていた。
そこには自分の「住所」以外の項目を書いた自己PRのような画面が映し出されていた。
その中でも一段と異彩を醸し出すものが。
【ママが欲しい】
というどう見ても頭が狂っていると思うような内容。それを自分が書いたと思うと死にたくなってくる。それでもそれが自分の本心なので無碍にできない。
ここだけの話、僕は「母親」という人物に執着、というか「憧れ」を持っている。
「……」
実を言うと僕、小宮慎也には「両親」がいない。話せば長くはないけど、まあ要は両親は僕が五歳の時に不慮の事故で他界。その後は色々とあった末に近くにあった父の両親の家にお世話になる。
当時のことはそんなに覚えてないし両親の顔すら朧げだ。僕の親は今も面倒を見てくれる叔父さんと叔母さんだと思っている。二人はとても気の良い人で、こんな面倒臭い過去を持つ僕を孫だということをなきにしても快く引き取り今まで面倒を見てくれた。
それは嬉しく、喜ばしいこと。でも僕には「母親」という存在が恋しかった。
面倒を見てくれている叔父さんと叔母さんには申し訳ないと思っているけど……実の母親と同じ年齢の異性の女性の存在が眩しく羨ましかった。
それが理由だとは言いたくないもの自然と「母親」という単語に導かれるように「ママ活」に登録していた。
「馬鹿か。こんなのまかり通るわけがない」
「ママ活」というものを通して何が起きるか知らないほど無知じゃない。
「ママ活」の実態。
それは……「若い男性が食事や買い物などで「ママ」と共に過ごし、その対価として報酬を貰う行為」。
しかしそれは体のいい言い訳に過ぎない。その後に待つ末路は悲惨なもので相手の家族を、人生を壊し……時に自分や周りを不幸にする。それは「パパ活」も同じだろう。
相手側「ママ」でも「パパ」でもそうだがその人に「家族」がいたらどうする? どう責任を取る?……相手は「家族」がいないと言った? 相手が嘘をついたから自分は悪くない?……そんなことあるか。
「何よりも不貞を働いた奴が悪い。ただ手を出した自分が一番悪い。そしてその知識を知っていて尚手を出す奴が最も悪い」
「欲を満たすため」「一度だけ」……そんな楽観的な考えを持つ奴らが望む未来に本物の「愛」などない。あるのは偶像でかつ幻。お互い一時の欲を満たすための関係だけ。
朝のひばりも夜のとばりも過ぎ去った時、本人たちが気づいた時には時すでに遅し。
築いてきた信用も、失うはずのない信頼も、全て取り零す。あとに残るのは後ろ指を刺される人生と後悔の日々。
それは正しく、「夢の終わり」。
「……馬鹿らしい。やめやめ……帰ろう」
自分で考えた考えを最終的に諦めた。だってこんなもの健全なものか。不健全極まりないクズの所業……そんなものに一度でも手を出そうとした僕が言えた義理ではないけど。
教室の鍵を返し、学校を後にした僕は家の帰路を歩きながら考える。
「――でもどうする。謝る?……それはやだ。なんで何も悪いことをしていない僕がっ……いや待てよ……別に無視をすればいいわけで、それに「彼女」など本物じゃなくても……ん? 何処かで「彼女を借りる」とか聞いた覚えが――」
また馬鹿なことに思考が辿り着こうとしていた時、気がついたら最寄りの駅に着いていた。そこである言い合いが耳に入る。
「――めて、は――!」
「いいじゃ――、少し――?」
声が聴こえる先を見ると、同じ年ぐらいの綺麗でいてボンキュッボンの女性がガラの悪そうな男三人に言い寄られている。
周りで傍観し、そばを通り過ぎる人々はそれを見て……目を逸らす。
それは「自分達が巻き込まれたくない」という「保身」からくるもの。
普通はそうだ。
見るからに面倒臭い連中。
絡まれる女性。
誰かがなんとかする。
誰かが警察に連絡をする。
誰かが……。
「ママ〜!!」
この時の僕は既におかしくなっていたのだと思う。
バックをその場で放り投げ、ガラの悪い男達を――無視してその女性に飛び付いた。
ハッキリ言ってガラの悪い男達よりも側から見たら数段タチが悪い変質者だと思う。
「きゃっ!?」
女性は当然のように驚く。
それは必然だろう。
なんせ……おぉ、間近で見るとマジ美人。それに胸も……グフッ、グフフ……と、いかんいかん。コレでは男達と同じ……あぁ、でもこの甘いかほりが――
「ガキ! 何してやがる!!」
「その女性から離れろ!」
「羨ましいぞこの野郎!!」
女性に飛びつく一部始終を見ていた男達が叫び抗議の嵐。
女性に根気強く話しかけていた男性は額に血管を浮かばせて怒鳴り。
二人目は「お前が言うな」を現実で披露。
三人目に関しては心の声がダダ漏れ。
ただ僕を甘く見て欲しくない。ただの変質行為で最寄り駅でこんな恥晒しな行動に出たわけではない。勝算があってのこと。よく思い出して欲しい、僕の外見を――
「ママ! ママママママ!! この汚じさん達は誰!!!???」
「え、え? えっと……」
「おじさん」達、改めて「汚じさん」達に指を刺す。
女性は突然のことで困惑的な表情だ。あぁ、大丈夫。誰でもそんな表情を浮かべるだろう。だからあとは僕に任せてくれ。
「いやいやいやいやいや!! ママ言った! 僕と駅前のれすとらんでハンバーグ食べるって!! ママ嘘つく!!」
高校生の衣服を着た小柄な少年(現高校生二年)は女性(ママ)から離れると一目も気にせず路上に仰向けに倒れジタバタする。
ジタバタする際に手足を力強く振り、本気で泣きじゃくるのを忘れてはいけない。
するとどうなると思う?
『えぇ……』
男達はドン引きして何も言えなくなる。
ただ覚えておいて欲しいコレはあくまで「諸刃の剣」。
観客は男達だけではない。
「み、見てあれ、二組の小宮君じゃない?」
「い、いや。似てるだけで本当に子供……」
「制服着てても?」
「……」
そんな声があちらこちらから聞こえる。
この駅は最寄り駅でもあり他の青南高校を通う生徒達の最寄り駅でもある。なので「諸刃の剣」。
コソコソと話す観客達は僕の
まったくやめてくれ。お金を取るぞ?……とまあそれでいい。それで。
「あ、おい写真撮られてるぞ!」
「顔出しはやばい!」
「に、逃げるぞ!!」
男達はその光景を目の当たりにし「ヤバい奴に関わってしまった」と思ったのかはたまた「写真がネットに拡散される」と自己保身に走ったのかそそくさとその場を逃げる。
「――やだやだやだやだ! れすとらんいく〜ママと――やっといなくなったか」
そして男達の姿が消えたことを確認した僕は何事もなかったかのように立ち上がる。
「え? え? ええ?」
女性はこちらの様子を見て軽くパニックを起こしていた。
しかし今は女性の危機も過ぎたので自分の危機を止めなくてはならない。
「みなさん、その写真は――」
近くにいる人達に事情を話してなんとか写真を消してもらった。良心の塊のような人ばかりで安心した……まあ、何故か
「――ご協力ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました!!」
今出せる全開の声量で謝罪を行う。
「いや、いいもん見せてもらったよ」
「勇気ある少年だな」
「可愛かったわよ〜」
「羨ましい〜ぞ、この野郎〜」
そんな声が聞こえる。
「あはは」
ぶっちゃけ本番で後のことなどなりふりかまってなかったけどよかった。
「――あの!」
「さて、帰るか!」
もちろん聞こえている。
背後から声をかけられたことに。
ただ勝手に抱きつき擬似赤ちゃんプレイのようなことをした女性にどう説明すればいいのか。どんな顔を向ければいいのか。今は颯爽と去ることに――
「逃がさないわよ!」
「グエッ!?」
制服の襟を後ろから掴まれてしまい変な声が上がる。
「ご、ごめんなさい!」
「ごほっ、ごほっ。いえ、僕こそ逃げようとしたので。あの、本当にすみません――」
「そんなことより私と駅前のれすとらんでハンバーグ食べるんだよね?」
「――は?」
その言葉の意味がわからずにいた。自分で口にしたのも忘れて。
この出会いが後に大きな騒動(笑)になる前兆だとは知らずに。
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