第26話 「前進」


 ◇◇◇



 今後の「家族」となる小宮夫妻と話が一段落ついた。

 

 小宮夫妻は絢瀬家の人達とまだ少し話があるということで自分一人で新しい「家」に向かうことに。

 騒動が終わってからもう何度も「小宮家」に顔を出しているため、道順は問題ない。


 問題なのは一つ。


「――「嘘」をつく才能ないや。そんなものいらないけど、この時くらい、自分自身の心を欺いてよ……最後くらい、さ」


 それは、己の心の整理。


 上に顔をあげ、右腕で自分の涙――泣き顔を隠すようにゆっくりと歩く。


 フラッシュバックのように鮮明に思い出される今までの楽しい日々。


 「家族」との決別。

 自分の「本当」の両親の「死」。


 それら全てを脳裏に思い浮かべた。


「あ、あぁ、あぁぁぁぁァァあぁぁッ!!」


 もう、耐えるのは限界を超えた。


 絢瀬家の人達の前では絶対に必死に泣かないと決めていた。

 でもそれは「涙」として決壊し、濁流の如く流れ落ちる。


 周りなど気にせず思う存分、泣いた。


 ・

 ・ 

 ・


 近くにある公園のブランコに腰をかけ、項垂れ、その公園が妹の白昼と昔遊んだことのある場所だと、また泣きそうになる。


「……前に進まなくちゃいけないのは、誰だって話だよ……僕だろ」


 そう、一人語り泣き腫らして痛む目を擦る。もう枯れるほど流したはずなのにまだ涙は水滴となり零れ落ちる。


 やるせなさ、後悔の念、自分の弱さに押しつぶされそうになっている時、前方から足音が聞こえる。

 この辺は顔見知りもいるからこんな顔を見られたくないと思い、俯く。それも虚しく、なぜかその人物は自分の近くまで来て――


「うひゃあ?!」


 暖かい感触が頰に触れ、叫んでしまう。


 誰がそんなことをと思い、腫らした目を見開き見ると、そこには。


「こんな場所で黄昏てどしたん、兄ちゃんが話聞こか?」


 こちらの顔を覗き込む蓮二が居た。

 その手には缶のココアが握られている。


「……蓮兄」

「おう。蓮兄や。その様子じゃ、別れの挨拶は済んだけど、自分の心の整理が済んでないって、感じか?」

「……うん。見栄張って伝えて別れたは良いもの、僕はまだ……」

「普通、そんなもんやろ。そこまでできれば上出来や。ほい、飲みな」

「……ありがと」


 蓮二は持っていたココアを手渡し、隣のブランコに腰を下ろすと自分も手に持つ缶コーヒー(無糖)を飲んで「あー、苦っ。こんな泥水よう飲めるわ」と笑う。


 その多くを聞いてこない自由気ままな「兄」との緩やかな時間が心地よい。


「生きるって、難しいね」


 そんな言葉が無意識に出ていた。


「それはまた、難しいこと考えるね」


 つい口に出た慎也の言葉を耳ざとく聞き取り、苦笑気味に笑う。蓮二は一口缶コーヒーに口をつけると、白い息を吐き。


「ま、そうやな。何を基準にして「生きる」と思うかそれはその人個人で決まるね。大体の人間は幸せになりたい、裕福になりたい、好いてもらいたい。そういった「承認欲求」……「欲」から他人よりも多くのものを求める。他人よりも優れたものを求める――そういった「生き甲斐」がなければ、生きる意味、価値を見出せない」

「……」

「これらは例えにすぎんけどね。「生きる」ゆうても種類があり、価値観もある。それは本人で決めることであり、他人が口出すことちゃう。「正解」なんてない。俺だって「何のために生きてるんですか?」と聞かれたらそりゃあ、「「生きる」ためじゃ、ボケ!」――としか言えんわな」


 「当たり前すぎて笑えん」とボソリと。


「でもさ。この人生は一度きり。何のために生まれて、何をして生きるのか、答えられないのなんて……そんなのは、いやだ」

「……せか。ま、皆、なんか道標が欲しいんや。例え、それが、な」


 蓮二は青空を見上げる。

 それとは逆に自分は俯き、地面を見る。


「なぁ、慎也くん。君は前に進みたいんやろ? ならそうすれば良い。迷う気持ちは分かる。今「生きる」意味が見出せなくてもそのうち探せばええ。それに、忘れた頃になってひょっこりと出てくるかもしんよ?」

「ひょっこりって、はは。蓮兄らしい」

「だろ?」


 慎也がようやく笑みを見せたところで、蓮二はブランコから立ち上がり、伸びをして。


「――今日はえらい快晴やなぁ。そだ、慎也くん、何で空は青いと思うん?」

「……綺麗、だから?」


 突然の質問に戸惑いつつ、思っていることを口にした。ただ、話の糸口が読めない。


「ま、その通りやな。じゃ、信号機は青になったら?」

「? 進め?」

「正解! 慎也くんは頭がいいね」

「……」


 その意図がやはり分からなかった。


 なぞなぞ? 「空」「青」「信号」「進め」……んんん?


 一人考える中、兄の語りは進む。


「慎也くんの言う通り信号は青になったら「進め」っていう合図やな。じゃ、泣いた時は涙が溢れないように上を向くやな?」

「う、うん」

「なら、ほら。上を見いてみん」

「……」


 言われた通り空を仰ぐ。

 そこにはここにくる前に見たスッキリと晴れ渡る青空。


「旅立ちにはちょうどええ、な「」や。だから「」ちゃな」

「ぁ」


 か細い声が零れる。


「下を向いてる場合ちゃう。勇気だしいな」


 そこでその意味をようやく理解し、枯れたと思っていた涙がブワッと溢れ。


「あぁ、あぁ。たく、君は泣き虫やな。だけど安心しな。そんな君を馬鹿にする奴は俺が、俺達がボコボコにしてやる。守ってやる。


 涙を流し、立ち尽くす「弟」の頭を蓮二は苦笑気味に撫でる。


「今後、楽しいことや嬉しいことが待ってる。その逆で悲しいことや苦しいこともあるだろう。君が、道を違えても俺らが説教して何度でも道を正してやる。だからさぁ――」


 そこで言葉を止め、慎也のおでこに自分のおでこをくっつける。


「――「進もう」。ここからが新生「」や。始めの一歩が怖いんなら、が一緒に歩んでやる。なぁ、クマくん」

「……だからな」

 

 そこには仏頂面のクマが立っていた。


「そう言ってクマくんが一番、慎也くんのこと心配してたやん」

「……冗談を」

「あれェー、確か慎也くんが飲んでいる飲みもんは――」

!!」

「あはっ、怖!!」


 慎也は突然のクマの登場に驚きつつも、近くで砕けた会話をする友人二人を見て――


「あはは、あははは!」


 自然に笑えていた。

 涙が流れても関係ない。


「――君はもう大丈夫。自分が笑えるうちは大丈夫や!」

「(コク)」


 蓮二の言葉にクマも頷き、自分もその輪の中に入って笑っていた。



 踏み出した一歩は軽く。


 今まで考えていたことが馬鹿らしく思えるほど爽快で、自分には「楽しい」を分かち合える「友人」がいるんだと知れた。


 「居場所」はあり「一人」ではないと教えてくれた。


 そんな僕は、もう、大丈夫。


 この先、何があっても立ち止まらないだろう。なんせ――


「「ふ、ふん。このホットココアを奴に頼む。奴は甘党だからな」とか言うクマくんマジツンデレ!!」

「き、貴様!!」


 こんなふざけたことで笑い合える友人たち馬鹿たちが自分の周りにいるのだから。



 壊れた「信頼」「信用」の「修復」は難しい。だが、それはふとしたきっかけで直り、改善することもある。


 この世に「喜劇」があれば「悲劇」もある。それを変えるのも決めるのも自分自身。


 かけがえのない「日常」をこの手に。


 「答え」を得たその時。


 「色」のない世界は色づいていく。


 「人生」は捨てたものじゃないとそう思えた。



 ※「過去編」これにて終わりになります。

 長いお話でしたが、読んでいただきありがとうございます。

 書きたいことが書けて感無量です。

 次回からは、本編に戻ります。

 後数話になりますがどうかお付き合いを。


 

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