第51話 辿り着いた答え



『――白石さん。頬っぺたにクリームが付いてるよ』

『あ、ほんとだ。恥ずかしい……』

『俺は気にしないよ。逆に良いものを見せてもらったお礼をしたいくらいだ』

『もう、須田君のバカ……』

『ふふ、ごめんごめん』

『……罰として、チーズケーキ一口』

『いいよ。ちなみに――俺が口を付けた方と無い方どっちがいい?』

『……無い方で』

『はい、どうぞ』

『……おいしい』


 そんな甘ったるい会話がベンチに座る二人の耳に永遠と盗聴器越しに聞こえてくる。


「おかしいですね。僕、コーヒーの無糖を飲めるようになったようです。なぜか甘いんですよ。これ以上ないほどに」


 缶コーヒー(無糖)片手に死んだ魚のような目をして。


「それは良かったのではないか。苦手を克服できた証拠。おかしいのは私の方だ。このミルクティーが甘くて甘くて仕方ない。メイカーを間違えたかな?」


 午後○紅茶(ミルクティ)の缶を片手にこちらも死んだ魚のような目を浮かべ。


「……ギブで」

「……同じく」


 お互いに現実逃避をやめて現実を受け入れ――るのが厳しいのでまずは盗聴器を止めて頭を抱えて考える。


「現実の男女間で行われる「デート」とはこうも甘々しいものなのだな」

「どうですかね。僕も「デート」をしたことがある身分ではありますが、ここまで砂糖を吐くほど甘くはなかったと思います」

「そうか」


 互いに飲み物を口に含み、空を見上げる。


「――で、どうです。何か掴めましたか?」

「全然。男女のリアルを知って気分を害したくらいだ。他人の恋路を邪魔をしてはいけないという理由が痛く思い知らされたよ」

「同感です」


 二人揃って「はぁ」とため息を吐く。


「辞めますか?」

「……それは」

「僕だって情報が掴めるならこのまま突っ走りたいです。ですが、須田先輩の想いが本物なら、これ以上二人の邪魔をしてはいけない」

「……完全に認めるわけでは無いが、二人の邪魔をしてはいけないのは事実、だな」

「白石先輩だって須田先輩に気があるから付き合っているはずですし」

「……」


 隣にいる比奈から言葉が返ってこず、チラッと見ると苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。それは後少しで情報が掴めるかも知れない。それでも邪魔をしないと決めた……という色々な葛藤から来るもどかしさ。


「鷲見白先輩。以前話した通りここで良い成果が得られなかったら……」

「わかっている。私はこの件を降りる」

「助かります」

「「勝者」の権利だ。背けないさ」


 そう口にはしたもの納得がいかないといった顔でそっぽを向く。


 それは以前「野球拳」をした時に小宮が勝利を納め。その権利を使用した。


『今回の「尾行」で何も情報が掴めない場合この件から降りて下さい。これは僕個人の命令ではありません。「勝者」の正当な権利を行使するまで。自分が決めたルール。まさか、背くことはしないですよね?』


 少し強引に。


 自分が言い出した事&負けた自分が悪いと理解していた比奈はその話を呑み。


「安心してください。この件はそう遠くないうちに終息します」

「ふっ。後輩にそうまで言われてしまえば潔く引き下がるしかあるまい」

「助かります。この前も話した通り――自分には頼りになる「味方」が沢山いますので」

「あぁ、健闘を祈っている」


 「尾行」をお開きにして二人は別れる。



 ◇◇◇



 小宮は一度自宅に戻ると私服に着替え直し、蓮二の家――「噂崎家」に赴く。


「そっちはどうや?」

「これといった情報は掴めなかったね」

「そうか。ま、しゃあないな。こっちはこっちで当初の予定通り準備を進めようか」

「だね」


 「噂崎家」の居間に通された小宮は待っていた蓮二と合流して。


「あ、そうだ蓮兄」

「なんや?」

「あのさ、B棟の体育倉庫にあるえらく重い木箱について何か知ってる?」


 今回の件とは関係ないとは思ったが気になり三年生の蓮二なら知っているかもと好奇心から聞いていた。


「木箱ぉぉ?」

「うん。このくらいの大きさでさ。女性が持つには少し重いくらいの木箱」


 腕を広げてその「木箱」の大きさを再現して見せる。


「んー、そんなんあったかな。ちなみにいつ頃の話や?」

「5日くらい前かな? たまたま愛沢先生に運ぶのを頼まれてさ」

「はぁ、愛沢先生になぁ。すまんが俺には解らんね」


 「実物を見たらなー」と口にして。


「そっか。まぁ今回の件にはさほど関係ないと思うから良いんだけど」

「でも気になったってことは何かが引っ掛かるんやろ?」

「そうだけど。関係性があると言われたら……ううん」

「そんなん気になるなら明日にでも愛沢先生に聞いてみたらどうや?」

「……そうするかな」


 煮え切らない小宮に対して優しく諭し。


「――その話、俺もまぜろ」


 仏頂面を携えたクマが居間に入ってくる。


「あ、クマ」

「そっちの準備はどうや?」


 二人もクマに気づき各々話しかける。


「準備は順調。それはいい。小宮。B棟体育倉庫と言ったか?」

「え、うん。愛沢先生にB棟体育倉庫まで木箱の運搬を頼まれて。その謎の木箱について蓮兄と話していたとこ」

「……木箱」

「クマくんは何か知ってるんか?」


 顎に手を置き考え出すクマに蓮二が問う。


「……いや、残念ながら俺も知らん」

「クマもかぁ」

「クマくんが知らんじゃわからんね」

「ただ」

『!』


 クマのその一言に二人は耳を傾ける。


「B棟体育倉庫のとある噂は聞く」

「ほぅ、そんで?」

「……よくある学校の階段やオカルトチックなものかもしれんが、青南高校のB棟体育倉庫では夜な夜な不審な音が聞こえる、と」


 そんなクマの話を聞いて小宮と蓮二の二人は顔を見合わせ。


「それって俗に言う男女の不純異性交――」

「い、いやいや。蓮兄。いくらなんでもそんな不純で単純な話じゃあ――」


 蓮二の言葉に苦笑気味に嗜める。それは一瞬自分も考えたことなので強く言えず。


「いや、もしかしたら蓮二の言い分も合っている――的を得た回答なのかもしれん」


 嗜めたはずが「エロ」とは無縁の男クマに肯定されてしまい。


「冗談で言ったつもりだったんだけどねぇ」

「定かではないがな」


 適当に口にした事が話題に上がり、困惑気味の蓮二に対してクマは表情変えず。


「神聖な学舎である校舎内でそんな破廉恥行為をねぇ。漫画じゃあるまいし――」


 そこであることが頭をよぎる。


 それは以前、木箱をB棟体育倉庫に届ける際に海原と話した会話。


『体育の授業で使う機材の準備をね』

『あぁゴリ田の』

『ふふ。剛田先生の悪口はいけないよ』

『誰も剛田先生とは言ってませんが?』

『これは一本取られた』


 それは日常会話レベルの些細なもの。

 なのに鮮明に思い出され、いつからその「何か」が引っかかっていたのか。


 「倉庫」に「木箱」――「夜の校舎」。

 突然現れた「不審者」。


 待てよ。これが、繋がるなら。


「なんや、クマくんは知らんのか。倉庫で女子生徒が強姦魔に襲われるのは常識やぞ?」

「阿保か。どこの世界にそんな常識が――」

「ねぇ、二人とも」


 二人がアブノーマルな内容を語る中、やけに小宮の声が通る。


「なんや――その顔は何か解ったんか?」

「話してみろ」


 真剣で何処か切羽詰まったような表情を浮かべる小宮に対して二人も意識を切り替えその言葉一句聞き漏らすまいと。


「うん。まず、クマ。について何か噂は聞く?」

「剛田ぁ?」

「剛田……ふむ」


 「剛田」と聞いた瞬間嫌そうな顔を浮かべる蓮二に反してクマは少し考え。何か納得がいったように頷く。


「噂が、あるんだね?」

「……校内の嫌われ者。それは青南高校に通う生徒たち間での暗黙の事実。色々な噂が飛び交う。その中にも特に酷いものがな」

「あぁ、俺も知ってるで。顧問だという理由で野球部の部員たちに暴力を振ったり、マネージャーや他の女子生徒たちに性的な目を向けたり、性的なことをしたり、とな」


 クマの話を引き継ぐ蓮二は毒を吐くが如く話す。


「所詮、噂とは言われている。でもな。剛田にはお偉いさんとの太いパイプがあるそうや。それを盾に脅し、事実を改変して揉み消しているのではないか、と言われてはいた」


 「そう言うきな臭い噂があるゴリ田が嫌いなんや」と続けて。


「ただ、それがどうし――なるほど、な」

「俺も解ったで」


 二人は小宮の言いたいことを察したようで悪そうな笑みを向けてくる。


「二人が考える通り、


 小宮も小宮でニヒルな笑みを作り。


 三人は急遽、作戦を変え――

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