第50話 こちらス〇ーク
とある日曜日。
「[――こちらミッド。ターゲットは駅近のカフェに入った。どうぞ]」
カフェに入っていく一組のカップルを視野に入れた状態で物陰に隠れるスーツ姿の男がトランシーバー越しに話しかける。
男はスーツを着込み、黒のサングラス、月が描かれたネクタイをした――小柄な男性。いかにも怪しく、周りから視線も集まり。
『[こちらヒナ。ターゲットは仲睦まじいですかそれとも険悪ですかどっちですか。どうぞ]』
トランシーバー先から女性の声が聞こえ。
「[……鷲見白先輩。やっぱりこんなこと――尾行なんてやめましょう]」
「ミッド」と名乗った小柄な男性――小宮はサングラスを外し、普段の口調で相手の女性「ヒナ」。もとい鷲見白比奈に告げる。
『[何を馬鹿なことを言っている。穂希が何処ぞの馬の骨かもわからん男とデート中なのだぞ。これは任務と思って励みたまえ。どうぞ]』
比奈改め上司から叱責をされ。
「……"どうぞ"と言われましても」
トランシーバーの電源を一時的にオフにした小宮は自分の置かれた状況と格好を見て数日前の出来事を思い返す。
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それはいつも通りつつがなく会議が進み、終わりが見えた頃。
『皆に話しておきたいことがあるの』
突然のことだった。残りの時間を各々談笑をして過ごしていた生徒会メンバーの元、物憂げな顔をした白石が立ち上がり。
『実は、先日クラスメイトに告白をされて……その、付き合うことになりました』
それはそんな意外な内容で。
『え!? 穂希先輩それは本当ですか!? おめでとうございます!!』
すごく満面なニコニコとした笑顔を浮かべる美咲のお祝いの言葉を皮切りに他の生徒会メンバーからお祝いの言葉が贈られる。
『本当かい! 穂希、よかったね!!』
『穂希先輩おめでとうございます!!』
海原と夢園から祝福の言葉が贈られ。
『白石先輩に彼氏ですか! おめでとうございます!!』
この男、小宮も祝福をして喜んでいた。
『皆、ありがとう!!』
祝福の言葉に少し気恥ずかしそうにはにかみ白石はそれぞれ返していく。
その中でただ一人、祝いの言葉を贈らず目を細める人物――比奈がいた。
『……穂希。まずはおめでとう』
『比奈ちゃんもありがと』
『それはいい。が、少し聞きたいことがある。君の彼氏は三年三組の須田……かな?』
『え、そうだけど……』
険しい顔つきで問う比奈相手に困惑気味の白石を見て他のメンバーは様子を見守り。
『これはあくまで一個人の感想として聞いてほしい。
『あ、うん。私もその噂は知っているけど。周りや本人からそれは噂に過ぎないと言われたし。須田君とは中学も一緒だったからその噂も噂に過ぎないと思うよ』
『……そうか。私も君の彼氏のことを悪くいうつもりは毛頭ない。ただ、生徒会メンバーとして友人として心配だったんだ。気分を悪くさせたのなら、すまない』
席から立ち上がった比奈は白石の席まで赴き、律儀に頭を下げる。
『い、いいよいいよ! 私もそんなに気にしてないし。比奈ちゃんの私を案じてくれる気持ちは素直に嬉しいよ』
『ありがとう』
険悪な雰囲気になることもなく、お互い話し合いで終わった二人を見て他のメンバーは顔を見せ合ってホッと一息つく。
『あーと、それで。今後のことなんだけど……あの、須田君と登下校を一緒にすることになったから皆と登下校できる機会が、減るかも……』
少し申し訳なさそうに目を伏せる。
『いいんじゃないですか? 須田先輩も白石先輩のことを好きで付き合った。もし、何かあれば守ってくれるでしょう。あ、あれですよ。僕の負担が減るから嬉しいとかでは全然ないですからね!!』
白石の発言に一早く反応したのは小宮。目を逸らし、そっぽを向いての発言。
まだ「不審者」の件も解決していない。「負担が減るならラッキー」と馬鹿正直に。
『小宮君……』
『君は……」
『先輩……』
そんな卑しい考えの小宮に美咲と海原、夢園の冷たい視線が注がれ。
『え? なんかまずった?』
鈍感野郎は事態が把握できない。
『あはは……』
そんな小宮に対して白石は苦笑を浮かべ、その顔には影が差し、内心少し悲しい――
『……』
一人、比奈だけは何も発さない。
小宮が「鈍感クソ野郎」という結果に落ち着き。その日の会議は終わる。
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『会長。話ってなんですか?』
皆が帰りの支度をしている中、いち早く帰宅ができる支度が終わった小宮は比奈に呼ばれ。生徒会室に残っていた。
『あぁ。残ってくれてありがとう』
会長席に腰掛ける比奈は淡々と。
『立ってないで座ったらどうだ?』
『いえ。別に早く済むならこのままでも』
『早く終わらせたいなら何も言わずに座るのが得策だと思うが?』
『……』
渋々といった様子で席に着く。逃げずに席に着いた小宮に神妙な面持ちで向き合う。
『……穂希の彼氏についてどう思う?』
『……話が見えませんね』
突然の質問に対して眉を吊り上げ、思想顔を浮かべる。
『まあまあ。君の意見を聞かせてくれ』
『……僕個人としては白石先輩の彼氏さんはいい人だと思いますよ。話したことはないですが、野球部のキャプテンで有名ですし』
『本当に、そう思うか?』
『……えぇ』
比奈の言葉にコクリと頷き。
『そうか。君なら私の話を理解してくれると思ったけど……検討違いだった』
『……はぁ』
『今話したことは忘れてくれ』
『わかりました。では、僕は皆の元に――』
話し合いは終わりだとそのまま立ち上がる――はずが。
『鈍感に見せるように振る舞う仕草言動は道化そのもの。さぞかし――滑稽だったよ』
『……』
その一言で小宮の動きがぴたりと止まり。
反応を見て比奈は薄く笑う。
『君は周りに"わざと"自分を低く見せがちだが私はそうは思わない。秘密裏に何かを企てている。ゆえに君は私の同類であり理解者だと睨んでいる。私の考察はどうかな?』
『……』
『あぁ、逃げるなんて野暮な真似は不要。こちらの交渉の席に着いた時点で君の負けだ』
『……その慧眼に称賛を』
白旗を上げ。降参。
『人払いは済ませている』
『用意周到で』
その抜け目のない行動力に眼福。
『……青南高校三年三組所属。須田慶喜。野球部のキャプテン。教師、生徒から慕われ人望も厚く、本人も人当たりがよく爽やかな好青年。家族構成は父親、母親、弟と須田先輩を入れた四人家族。過去に男女間のトラブルはあるもの今は真面目な一生徒』
席に座り直し、懐から取り出したメモ帳に目を通して淡々と読み上げる。
『君も、大概だな』
『会長には言われたくないですね。それに、ここで隠し通しても意味がない』
目を通していたメモ帳を閉じ。
『僕も白石先輩の彼氏について調べていました。現在起きている「不審者」騒動に繋がるものがあると睨んで、ね』
普段のおちゃらけた様子を消し、真面目な顔で自論を語る。
『しかしよくそこまで調べたね』
『知り合いにそっち系統のエキスパートがいますから。情報の取得など案外簡単ですよ。それで、会長は?』
問われた比奈は手を組み。
『君と似た内容の情報は掴んでいる。しかしながら須田の悪事は見当たらず、今のところは穂希を好いて互いに付き合っているもの……としか推測ができない。「不審者」の件もそう。相手の動向は未だに解りかねる』
少し疲れたように。
『自分は「不審者」について解決の一歩手前といったところです。これ以上の情報は第三者に漏れる恐れがあるので控えますが、須田先輩の件は難航しています。こんなところで手をこまねいている時間はないのですがね』
呆気らかんと重要な内容を溢す小宮は深いため息を吐き。
『驚いた……そこまで調べているのか君は』
『自分の周りで物騒な騒動が起きている。納められる力があるなら、動きますよ』
『……頼りになる』
二人はお互いに話せる範囲で語り合い。
『須田に弱みを握られている、といった線はどうだろう?』
『……弱いですね。一概にそう言い切れる要素が不足している。半信半疑で動いて「違いました」ではこちらが悪者になる。もし
『……この線は捨ててよさそうか』
二人の間にしばしの沈黙が生まれ。
『……この際、私たち自ら調査をするとか』
『と言いますと?』
『跡をつける。言わば、尾行だね』
さっきまでの暗い表情はどこ吹く風か、快活に宣言した。
時間も時間。
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『[――こちらヒナ。店内の様子――会話の内容を事細かく知るために盗聴を決行する。至急私の元へ集まりたまえ。どうぞ]』
これまでの経緯を思い返しているとオフからオンに戻したトランシーバー越しに比奈のそんな声が聞こえてきた。
「[了解。早急にそちらに向かう]」
短く返し。
外していたサングラスを掛け直し、月が描かれたネクタイをキツク締め。
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