第49話 母は強し



 白石、海原と二人の意外な一面を見て。

 文から制裁を受けた放課後。

 アルバイト先の喫茶「鷲見白」にて。


「――僕は、接客しなくていいのですか?」


 隣で華麗な手つきでフライパンを振るいオムライスを作る利憲店長にサラダを皿に盛り付けていた小宮はふと気になり。


「うーん、今はちょっと、ね」

「はぁ。まぁ今のところは人の入りも落ち着いているのでいいですが……」


 店長の歯切れの悪い言葉に違和感を覚えつつ自分の役目――調理担当補佐として励む。


       ガヤガヤ


 人の入りは少ないのに今日はやけに騒がしいなと感じた。それは団体客が来たような賑やかしい騒ぎようで。


「この時間帯で騒がしいのは珍しいですね」

「……そうだね」

「あ、そういえば真依さんは……」

「小宮君。仕事に集中しようか」

「ご、ごめんなさい」


 あまり怒ることのない店長に怒られ。意識を変えるべく無駄口叩かず作業に没頭。


 はあ、やっちゃった。余計なこと考えないで集中しなくちゃ。でもなんか今日の店長少し様子がおかしいような……。


『――いやー〜助けて〜』

「!」


 見知った声が店内から聞こえてきて。


「店長」

「……」


 気まずそうにそっぽを向かれる。


 なんとなく察した。


 自分の知らないところで現在進行形で何かが起きていてそれを店長が隠している、と。


「少し、様子を見てきてもいいですか? このままだと他のお客様にもご迷惑をお掛けしかねますので」

「……頼むよ」


 色々と諦めたのか小宮の行動を黙認。


 ウィッグの確認をして自分の「女装」をチェックした上で調理場から少しだけ顔を出す。


「静かにする」

「美春さん」


 小宮からは横顔しか見えないもの冷めた目をした文の母式と蓮二の姉茜に片腕ずつを捕まれる美春の姿。それはさながら宇宙人か連行されて行く様。遠目で見ている他のお客たちがヒソヒソと話し合っている。


「二人して寄ってたかってヒドイ!」

「ヒドイのはどっち。抜け駆けはいけない」

「見損ないました」


 暴れる美春に対して二人は微動だにせず。ただただ冷めた目と澄ました顔を向け。


「うーん、これは擁護できないかなぁ」


 あの真依ですら匙を投げる有様。


「……地獄絵図だな」


 調理場の陰から顔だけ出して店内の様子を伺い、その状況を確認しての感想。


 式さんが美春さんの友人なのは(直接聞いたから)知ってるけど、まさか茜さんまでも……同級生とか? まぁ何にしてもこうも出会う人々が知り合いだと……あ。


 どんな事情で二人が美春を取り押さえているかは知り得ない。ただが知り合いという話を知ってある仮説に辿り着く。自分が誰かと……二股、三股をしていることが茜にバレた可能性がとても高いと。

 早い話、小宮は以前一度だけだが茜から告白を受け「今は誰とも付き合うつもりはない」と嘘をつき断っている。


 ふぅ。ここにきて過去の自分の行動が己の首を絞めるか……自業自得。100%僕が悪い。これは腹を括って謝るしかない。

 ただ今はその時ではない。考えなしに三人の前で白状をしたところで尚更ややこしくなる。もちろん謝るのは確定事項。


 決断をする。


 第一に考えること。それは見つからないこと。幸い今の格好は「慎ちゃん女の子」。美春さんと真依さんは言わずもがなだけど。式さんと茜さんは「女装」を知らない。

 真依さんに至っては私利私欲のために僕の「女装」が他のお客にバレる発言をしないはず。厄介なのは美春さんただ一人……。


「慎也君はここにはいない。往生際が悪い」

「そうですよ。これ以上騒ぐようならお店を出ましょうか」

「その後にじっくりと」

「コトコトと」

「煮込まないで〜」


 ……式さんと茜さんに挟まれてこちらの存在に気づく様子はない。なら、今は嵐が去るまで待つしかない。そうか、店長はこのことを見越して……店長ぉぉ。


 店長の優しさに感謝をして考えを理解できなかった自分に悔いた。


「さ、いこうか」

「お会計は済ませたので」

「う、うぅ」


 約数十分往生際の悪い抵抗を見せた美春は疲れ果て、真依に見送られながら二人に連行――ドナドナされて行く。

 その様子連行を見ていたら後ろから肩を軽く叩かれた。振り向くとそこには若干頰を引き攣らせた店長の姿があり。


「もう、大丈夫だと思う。接客、頼める?」

「任せてください」


 有無を言わず指示に従い、再度身だしなみを整えて店内に顔を出す――


「あ、「慎ちゃん」。三人は帰ったわよ」

「……そ、そうですか」


 ――と思ったらタイミングを合わせたと思わせるように現れた副店長こと真依と出くわす。聞かれた内容に適当に答えて。


「ふふ。君、モテるんだね」

「……誠に遺憾ながら」

「比奈ちゃんも参戦させようかしら」

「やめてください」

 

 それだけは真剣に真顔で否定。そんな小宮の顔を見ておかしそうに微笑む。


「ふふふ。冗談……ではないけどあの子のことも少しは気にかけてあげてね」

「鷲見白先輩は僕なんて……そんな未来は永劫に訪れないことを祈っています」

「まぁ、励むんだね少年」


 肩を軽く叩くと鼻歌を歌って厨房に引っ込み、何かモヤモヤとした気持ちになるも心を平静に落ち着かした小宮は接客に。


 鷲見白先輩の気持ちはわからないけど、あれだけ自分の口から豪語した先輩なら僕を好きになることなんてないでしょ……とは言い切れないのがこの「体質」なんだよね。はぁ。


 今のところは「大丈夫」だと思うことに。そうでもしないとやってられないのが現状。


 その後は何事もなくせっせと仕事をして。


「こちら、Aランチとお飲み物です。ごゆっくりお寛ぎください」

「ありがとう」


 注文の品を届けて下がる。その時にお客が何気ない仕草でテーブルをトントンと軽く叩く。それは本当に自然な仕草。そちらを見るとスタンドの近くに小さな紙切れを見つけ、レシートを差し込むついでに紙切れを拾う。


「――失礼致します」

 

 何もなかったかのように接客をし。


「……ふーん。案外早かったね」


 他のテーブルにあった食器を片付けキッチンのシンクに下げた後、紙切れを確認。


 そこには。



 短い文面。その少ない文字を見てが何を指す意味なのか理解した。


 それは蓮二経由で「噂崎組」に"ある"お願いをした。その中間報告。


「……」


 が終わる。とても喜ばしいことなのに安易に喜べない自分がいる。何かが気になる。それは小魚の骨が喉の奥に引っ掛かる程度の些細なもの。考えれば考えるほど……。


「店員さーん」

「……はーい」

 

 思考の沼に潜りかけていたその時お客の呼び声で現実に引き戻される。


 今は仕事が優先。後でゆっくり考えよう。



 ◇◇◇



「――では、お疲れ様でした」


 バイトが終わり、挨拶を済ませて。


「うん。今日も助かったよ」

「ほんとほんと、またよろしくね〜」


 鷲見白夫婦に見送られて。


「慎也」

「……茜、さん?」


 喫茶「鷲見白」の店内から出た瞬間、すぐに見知った声――茜に声をかけられた。美春と式……二人と帰ったものだと思っていた。それは外れ。自分がこの場にいることが知られていたことに驚いてしまう。


「お疲れ。色々と積もる話もあると思うけど。ちょいとばかし面かしな」

「……わかった」


 無駄な抵抗はせず、ただ淡々と言葉を返し。茜の背中を追う。


 ・

 ・

 ・


「何か手伝えることある?」

「へ?」


 喫茶「鷲見白」の近くにある公園に赴き、早々そんな予想外の言葉を投げかけられ。


「あぁ、気にしていない……と言ったら嘘になるけど。慎也にも慎也なりの考えがあると思うし、は「美春さんが全部悪い」と結論で一段落着いたから」

「……」

「なんだ〜そんな辛気臭い顔して〜」

「うわっ」


 「このこの〜」と髪の毛をクシャクシャにされる。それを抵抗せずに受け入れ。


「……嘘をついたことに負い目を感じているならそれはお門違い。さっきも言ったけど私は気にしていない。それに――」


 髪の毛いじりをやめた茜はほっぺを壊れ物に触れるように柔らかく触れ。その感触に顔を上げた小宮に対してニカッと軽快に笑う。


「――それ以上に君には恩がある。一度の嘘くらい、軽く受け流すよ。大人だからね」

「だけど……」


 煮え切らない自分の気持ちに葛藤して。許しを得ても己の気持ちは治らず。


「ね、慎也。私のこと嫌い?」

「……ううん」

「そ。なら私にもチャンスがあるってことだね。初めから一ミリも諦めてないけど」


 辛気臭い空気を笑い飛ばすかのようにカラカラと笑い。微笑を滲ませた顔で。


「往生際が悪い。ダサい、と思う?」

「そんなことない」


 何か考えることもなく口に出た。


 人の「好意」が。覚悟を決めた「気持ち」がダサいわけない。それは当事者でも赤の他人だとしても馬鹿にしてはいけないことだ。


「そっか……うん。君が拒まない限り私は諦めないしそばにいる。重いよね。でも「恋」をするってそういうことなんだ」

「……茜さんもとんでもない「男」を好きになったね」

「あはは、自分でそれを言う?」


 苦笑気味に皮肉を口にする小宮の発言がツボに入ったようで軽快に笑う。笑い終えた茜は目を細めて純粋な笑みを見せる。


「……私含めてそんな君のことを好きになった。慎也の決断を尊重する」


 その時に見せた笑顔はとても眩しく、快活とした笑みの底に蓮兄の面影がある。

 姉弟だから当たり前なのだろうけど、やっぱり血は繋がってるんだと思えた。


 「姉弟だね」などと口を滑らせた暁には折檻が待ってるだろう……に。


「はい、この話は終わり。それで?」

「えっと」

「今更、巻き込みたくないとか虫のいい言葉はナシナシ」

「……」

「凡そ予想がついている。慎也のことだからまた、誰かのために動いてんるんでしょ?」


 そのこちらの内心を悟り、信用し、信頼を寄せる譲らない芯が通った覚悟の瞳を見て。


「……話が早くて助かる」


 肩をすくめて。


「どう動けばいい?」

「正直に話すと茜さんの出番はないと思いたいところ。だけど、茜さんには――」


 ある頼み事をして。


「……そんなことでいいの?」

「うん。茜さんなら安心して任せられる」

「まぁ、引き受けるけど」

「ありがと。全て僕の推測の域に過ぎないけど。もしもの時は、お願いね」


 二人はそんな話をして別れ――るわけもなく、なぜか一緒に自宅に帰ることになり。


 茜さんきっての希望で叔父さんと叔母さんに挨拶をすることになり……。


『な、なんと。慎也にこんなに別嬪さんの彼女さんがも……』

『慎也ちゃんはプレイボーイね』


 小宮に美春、美咲、文という「彼女」がいることを知っている叔母・叔父の由恵と郡司は驚きつつ喜び。


『娘ともども末長く宜しくお願いします』


 乗り気の茜は三つ指をついて挨拶をする。


 なんか、外堀も内堀も着実に埋められてどこにも逃げ場がないように思えるのは……。



 今後辿る未来が別の意味で怖くなる。

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