第11話 友達、返納
朝、いつもより早く起床した。太陽の日も暖かく「謝罪日和」なんて考えてしまう。それほどまでに今日雪見さんに昨日の謝罪をするんだという意気込みが大きい。背中を押してくれた美春さんには感謝しかない。
ちなみに昨日は忘れず22時きっちり大宮に連絡を入れた。雪見さんのこと、大宮さんとの出会いは伏せる形になったけど。ただ、まさか通話だとは……。
一応「メールの方がいいのでは?」と聞いてはみたけど「通話の方がその人の動揺、言葉の詰まりが分かるから。そもそも誰が通話じゃないと言ったの?」。と言われてしまった。要は僕の嘘がわかるのだと。
「今日、お母さんがやけに機嫌がいいけど、何か知ってる?」という発言を聞いた時は少し肝を冷やした。なんとか「知らない」という一点張りで危機を脱したよ。
そんな昨日の出来事を考えていたらいつの間にか放課後となり、クラスメイト(大宮との馴れ合い)もそこそこに雪見さんが所属する一年三組に足を向けていた。
「雪見ですか? 今日はお休みですよ」
「そ、そう。わざわざありがとね」
「いえいえ。ではでは〜」
教室を尋ねると普段雪見さんと仲がいいという後輩女子が出てきた。その子の話で雪見さんはお休みだと知った。その事実に落胆して、自分のせいで休んでいる可能性があるとナイーブな気持ちになってしまう。
「どうしよう。やることなくなっちゃったし帰る……は、なしで職員室行ってみよう」
「帰る」という選択肢を頭の中から消し、その足で職員室に向かう。
「あぁ、雪見さんは今日風邪で休みだと聞いてる。この頃インフルエンザやノロウイルスも流行り出しているからね。小宮君も気をつけるんだよ」
雪見さんの担任であり、一年生の頃の担任であった男性教員の田原先生に尋ねたところ雪見さんが風邪で休んでいることが判明した。そのまま自宅を聞いて雪見さんの家に乗り込もうとも考えたけど……昨日の今日なので通報でもされたら困る。
「そうですか、ありがとうございます」
「すまないね、これ以上は生徒個人の秘匿義務があるから迂闊に話せない。また他に何かあれば聞きに来なさい……勉強の件とか」
「あ、あはは、機会があれば〜」
雲行きが悪くなってきたので田原先生と別れ職員室を後にした。人心地置いて息を吐く。それは安堵から出たもの。少し胸のつっかえが取れた気がした。
「少し元気出た。たまにはあそこでも顔出すかな……人生相談的に」
そして僕はまだ帰宅をすることなく目的地に向けて校舎を進む。
◇◇◇
「万年幽霊部員の小宮がここに何の用だ?」
「いやぁー、たまには顔も出さないとクマが寂しい思いをしてる可能性があるかもと思って……?」
「するか。ガキじゃあるまい」
大きな体格を持つ男子生徒は腕を組んだ状態で巌の顔を強張らせて僕を睨む。
「さいですか」
そんな男子生徒に苦笑いで答える。
この巌のような顔と熊のようなガタイ。背が高い男子生徒の名前は「
苗字と名前、体格から彼のことを「クマ」と呼ぶ。クマと僕の出会いは中学の頃からで、友人が少ない僕からしたら同級生の同性で唯一の友人だ。
今いる場所は「美術室」。実は僕はクマと同じで美術部員であり幽霊部員でもある。部活に興味はなかったけど、何かの部活に入らないといけないというルールが青南高校にあった。なので渋々クマと同じ部活に入部した……まぁ、こうして幽霊部員だけど。
「まあいい。それで、今日はどうした? 駅前でのお前の痴態か? それか大宮美咲との夫婦漫才か? それとも――」
「実は、折り合ってクマに人生相談に来ました」
「……」
言葉を遮って僕は伝える。僕の発言を聞いたクマは目を瞑る。
実はこう見えてクマは青南高校で「情報通」として名が通っている。猛獣の様な見た目だけど、頭も良くて運動もできて誰とも話しができるオールマイティー。「クマ」というあだ名とは比べ物にならないほど意思疎通ができる人間だ。
先、口にしたものも何処からか調べ上げたものなのだろう。しかし今から話す僕の「人生相談」については分からないだろう。
「……聞くだけ聞いてやる」
それはクマの了承した合図。目を開けた際に垣間見える猛獣の様な鋭い目線にはいつになっても慣れないけど。
「さんきゅ。ここだけの話なんだけど……実は大宮のお母さんに告白されてさ」
「……」
なんだよそのゴミでも見るような目は。
クマは僕の発言を聞いたすぐにその巌の顔を顰めて汚物でも見るような視線に変わる。
「いや、冗談に聞こえるかもしれないけど本当なんだって」
「それが本当ならお前の人生を疑うな」
いやはやいつもながら辛辣だね。
「あはは、それで。クマもさっき口にしてたけどその痴態で出会った人が大宮のお母さんだったりして……」
「お前、確信犯で、計画的だろ」
「違うよ!」
「……」
「その目をやめろ」
次は不審者でも見るような険しい視線を向けてくるよ。友人なのに悲しい。
「それが本当だとしてお前はどうしたい?」
「いやぁ。どうしたいかは僕でも分からなくて……」
「帰れ」
「待って待って! 分かった。ちゃんと考えるから!!」
ドアを指さして「帰れ」と宣告するクマに僕は縋る。そしてしばしの押し問答の末、なんとか話の続きを聞いてもらえるように説得できた。
「で?」
「あ、うん。大宮のお母さん、美春さんって言うんだけど」
「名前はどうでも良い」
「美春さんとは、付き合えないと思う。大宮のお母さんだし。年も離れてるし」
「……お前にしては論理的な回答で驚いた」
「冷静な判断をできるんだな」と小声で呟き、クマは驚いた顔をわざと作り何度も頷く。その仕草、発言がムカついたけど聞いてもらっている立場なので話を進める。
「大宮に美春さんとの件がバレて「会うな」「連絡を交換するな」と言われた一日後に美春さんと会って連絡を交換したわけだけど」
「……お前には自殺願望でもあるのか?」
「ないよ。ないから、死にたくないからこの後僕はどうしたら良いか信頼を置けるクマに相談をしにきたんだ」
僕だって死にたくない。大宮なら僕を本気で殺しにきそうだからマジで怖い。
「……一度話しをまとめるぞ。まず、小宮は
「まぁ、だいたいそんな感じ」
理解が早いクマは一つため息を入れると要点をまとめてくれた……一部気になる言い方とか「その目で見たのかよ」とでも言いたくなるような言葉が含まれていたけど、大まかな内容は合っている。
「なら、お前が取る行動は一つ」
「聞かせて」
「簡単だ。まず大宮母の告白を断れ。そして大宮と交わした内容を伝えてもう連絡できないという旨を伝えろ。最後は大宮だが……諦めろ」
「美春さんの対応は分かったけど、大宮の具体的な対応、諦めろって……」
クマでも手に負えないほど大宮はヤバいの?……うん、ヤバいね。
「言葉の通りだ。まぁ、お前のような小心者が行動を移せるかの話だがな」
「そこは、ほら。クマも手伝って――」
「断る」
早いな。断りの判断が早すぎる。
「せめて最後まで言わせてよ」
「分かりきっていることだろ」
「そこをなんとか、僕達……友達でしょ?」
クマの顔を上目遣いで見上げ、伝える。
こんなことをしなくてもクマなら長年連れ添ってはいないけど友人なんだから手伝ってくれるはず。ほら、クマだってこんなに満面ないい笑顔だよ――
「お前は何を言っている。友人だったのは数秒前までの話しだ。残念だがお前との友情は返納させて貰った」
クマはそんなことを言い切る。
てか、友情の返納って何?
「あはは、ふざけないでさぁ」
「黙れカス」
「カス!?」
こいつ、事欠いて僕を「カス」と言いやりやがった。
「すまん。間違えた」
「クマはおっちょこちょいだなぁ」
「お前はクズだ」
「もっと酷くなってるだろぉ!!」
ひ、酷すぎる。「カス」や「クズ」なんて友人に、僕みたいな良識人にかける言葉じゃないよ。きっとあれだ。モテる僕をクマは妬んでるんだ。そうだ。そうしかない。
「ほら、僕も君が唯一の友人だから話したんだしさ!」
「……」
「いや、ほら。僕も他力本願というか、クマ頼みな部分はあったけど、そのー」
クマは腕を組み僕を見下ろしてくる。
な、なんだよ。そんな怖い顔をして。
「小宮」
「な、なんだいクマ!」
「お前、まだ何か隠してるな?」
「えぇ!?」
僕はその言葉につい過剰反応をしてしまう。そんな僕を見かねてクマは哀れみの目を向けると「はぁ」と大きいため息を吐く。
「手伝うかはお前が全て吐いてから決める。だから、吐け。曝け出せ」
「いや、あの、その」
「……」
「……」
「話し合いは決裂だな」
「わ、分かった。分かったよ! 僕は――」
そこで僕は話した。全て話した。
雪見さんとの関係を。
別に隠したかったわけではない。自分でも情報量が多すぎると思ったから、分けて話そうと思っただけ。ほんとだよ。
「――それで、雪見さんに謝罪をするつもりです」
「ふむ。理解はしたくないが、理解した。そしてお前が底なしの馬鹿でクズだと認識を改めた」
「うぅ」
いいんだ。クマの言う通りなんだから。
「お前――いつか刺されるぞ」
そのトーンはマジトーンでクマが冗談で口にした発言ではないと分かった。実は自分でも刺されても何も言えないと思っていた。
朝のニュースに載るのはやだ。
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