「彼女」と書いて「ママ」と読む
第15話 テスト一日目
月曜日
「――中間考査を始める。では、始め」
現代文の担当教師である三ヶ島先生の合図のもとテストが始まる。
皆、同様に机に置いてあるテスト用紙の問題を見、答えを導き出していく――
「!」
解る、解るぞ。昨日、文さんと勉強した箇所だ。これなら僕も――
例に漏れず小宮もテストを受けている。瞼に黒い隈を作ってはいるもの、問題の出題が、回答が導き出されていく快感から昨日、一昨日の疲労と眠気など吹き飛び、忘れぬうちにスラスラと解いていく。
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中間考査一日目終了
「――」
三教科のテストを終え、初めて手応えと呼べるものを感じたことから放課後にも関わらず自分の席に座り放心状態となる。
100点は無理でも多分70は固い。赤点は45だから余裕と、思う。今回は中間考査だから明日の三教科で終わる……うぅ、初めて補習がない日々が訪れるかもしれない……。
その事実を噛み締め、泣きそうになる。
「むむむ。小宮君嬉しそうだね。テスト結果よかった感じ?」
「ん、ま、まあな? いつも100点を取るお前とは比べものにならないけどな」
隣の席で帰り支度をしていた大宮に話しかけられた。普段なら適当に相槌であしらうもの今日は気分がいいから会話を試みる。
「ふーん。君のことだからどこか山が当たったんだね。一問でも解けたのなら小宮君にしたら快挙だよ」
「馬鹿にしてくれる。あまり侮らないでもらいたい。今回の僕は一味違う。今回は――赤点は取らない……!!」
自分も帰りの支度をしながら自慢げに語る。その語りは「当然」「当たり前」といった言葉が相応しい。ただ、それは普通の人に限る。小宮慎也という少年にとって「奇跡」と言っても過言ではない快挙も快挙。
赤点赤点と周りから馬鹿にされて早一年と少し。今回でそれも終わりだ。これも全て文さん……いや、文神のおかげだ。
「小宮君」
「んあ?」
少し平坦な声でこちらの名前を呼ぶ大宮のことなど今は気にならない。こちらは高揚感に浸り大らかな態度で応える。
「駄目だよカンニングは。消しゴム? 筆箱? それとも鉛筆転がし?」
「……」
真面目な顔でこちらを少し責めるような口調で話しかけてきた。右手を差し出す仕草からカンニングに使った物をこの手に置けという現しなのだろう。
こ、こいつ……僕がカンニングだと? 赤点を取ると分かっていてもカンニングをしてこなかったこの僕を?
「あ、もしかしてその目の隈?」
「違うわ!」
流石にこれは声を大にして否定した。
逆に聞きたい。目の隈でどうやってカンニングをするのか。
『なんだなんだ?』
『あぁ、また小宮君と大宮さんか』
『なら、安心だ』
『通常運転だな』
一瞬、二人の声を聞きまだ教室に残っていた生徒達が注目しガヤガヤと騒ぎ出すも、その中心の人物を察した瞬間、興味を移しそそくさと自分達の話し合いに戻る。
「私も小宮君がカンニングをするとは思えないけど……ほら、出来心で?」
「するか。疑うならまず証明を見せろ」
「……職員室に行って先生に謝ってこようか。私も一緒に行ってあげるから、ね?」
「人の話を聞け。子供扱いするな。そもそも本当にカンニングなどしてないわ」
こちらの肩を掴もうとする大宮の手を軽く弾き、威嚇をする。
全然人の話し聞かないじゃん。
「え、じゃあ本当にあの小宮君が勉強を?」
「当たり前だろ」
「頭、大丈夫?」
「……なんでテスト勉強をしただけで精神を疑われなくてはならん」
その後、何度も「頭大丈夫?」「お医者行く」「精神科?」と問われたが全て断固として断った。
この扱いよ。多分心配からくるもの……だと思いたいが、側から見たら馬鹿にされているようにしか見えん。
「えぇー、本当に小宮君が勉強をねぇ。きっと天変地異の前触れだね。槍でも降らないといいけど」
「降るわけないだろ」
こちらの言葉をまったく信用しようとしない大宮は教室の窓から見える晴天の青空を心配そうに視線を向けている。
「その目の隈はテスト勉強でかぁ」
「逆になんだと思ったんだよ」
不意に窓からこちらに顔を移した大宮の言葉を聞き返していた。
「うーん、エッチなビデオを夜間見続けてた?」
「テスト前夜でそんなもん見ているやつはアホだ」
「君もアホだよ?」
「……」
もう、本当。こいつと話していると頭が痛くなる。頭痛が頭痛。
「はぁ、僕には優秀な家庭教師がいる。ただそれだけ」
「……それって、女性?」
「ん? 別に性別なんてどっちでもいいだろ……男だよ。男」
「ふーん」
自分で聞いておいて興味が無いのか適当な返事を返しスマホの画面を眺めている。
つい嘘をついてしまった。「女性」と言ってもよかったが「女性」というキーワードから文さんを連想されてもなぁ。そんなことはないと信じたいけど大宮の勘は……侮れん。
「んじゃ。テスト勉強もあるし帰るわ」
詮索されるのも面倒臭く、長居しても話すこともないし意味がないと悟り当たり障りのない言葉を選び席を立つ。
今日文さんと大宮の顔を合わせてもよかった。ただわざわざこの忙しいテスト期間に騒動を起こす必要性もない。文さんも今日は用事があると言っていたし丁度いい。ただ、テスト勉強は僕一人か。ま、土日で勉強したし、出題されるであろう箇所のまとめノートを持っている今の僕には死角はない。
「あ、うん。小宮君も勉強頑張って」
「ん」
挨拶もそこそこに二人は別れた。
◇◇◇
「確か今日から叔母さんと叔父さんが温泉旅行に行ってるんだっけ。帰ったら一人だし誰にも邪魔をされることなくテスト勉強か。この調子で良い点取るために頑張るかなぁ」
最寄駅から徒歩で自宅まで歩いている最中、独り言を呟く。
「エッチなビデオの鑑賞はないわ。馬鹿でもそんなこと……一人心当たりがあるのが残念で他ならないけど、彼のことは忘れよう」
クマとは違うもう一人の友人……悪友の顔を思い浮かべて呆れ顔から苦笑い。
そうこうしていると自宅に着いた。
「誰も居ないけど一応――ただいま」
「あら、慎也君、早かったわね」
「ままぁぁぁ!?」
ポケットから家の鍵を出してドアを開けようとしたその時、ドアが一人でに空き中から――美春さんが姿を現した。
「あら、「ママ」なんて……うふふ」
美春はその一言がおかしかったのか嬉しそうに笑う。その姿はどう見ても同年代の美人さんにしか見えない。
つい反射的に言葉が。でも勘違いしないでほしい。あれは「ただいま」であって驚いたから「ママ」と派生し、聞こえただけに過ぎない……今日も私服姿お似合いです。
現実逃避でもするかのように美春の私服姿を見て拝み、内心褒め称える。
「え、えっと。なぜ美春さんが?」
馬鹿な思考を消して疑問を質問として投げかける。その時に美春は少し考えるような仕草をした後、ニパッと笑みを浮かべ。
「んー、来ちゃった」
「……」
そっかぁ、来ちゃったかぁ。
やはり30代とは到底思えない外見と同年代と見間違える程のルックスと行動力。しかしながら小宮からしたら「理想のママ」の権化の登場&対応に困ってしまう。
・
・
・
「粗茶ですが」
外の目が怖く、家の中に入ると美春さんも我が物顔で家に入りキッチンに赴き、お茶を入れてお茶菓子を持って来た。そしておもてなしをされる僕……普通に考えて逆では?
「あ、これはご丁寧にどうも」
頭では「お前がもてなせよ」と思うもの美春さん自身が率先と行い目の前でニコニコと笑う姿を見たら……下手なことは言えない。
「……それで、美春さん?」
「あはは、説明するね」
もうこのまま流されてもいいかと楽観的な考えにもなった。ただこのまま流されて大宮の耳にでも知れ渡ったらと思い意を決して。
大宮さんは苦笑いを浮かべ「いきなりで驚いたよね」と謝罪をした後説明へ。
「実は慎也君の叔母様の、由恵さんに慎也君のことを頼まれました」
美春さんと初めて対面した時、叔母さんと連絡した時にお互いに連絡先を交換していたらしく僕の知り合いであり、大人の女性であり一度お世話になった大宮さんに……僕一人だと心配だという理由で今日一日(夜ご飯等)のお世話を頼んだと。
要は心配性でありお節介好きの叔母さんが企んだこと。心配をされている身でこういうのもなんだけど、僕は一人では何もできない赤ちゃんと思われているのかもしれない……。
「え、叔母さんに、ですか?」
大宮さんはコクリと頷いてくれる。
「今後についてもご挨拶をしたかったからこの機会にと思って。色々と、ね」
少し不遜な言葉が飛び交ったが、どうやら美春さんは僕のお世話係らしい。
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