第14話 「彼女(仮)」の家で 後編



「コホン。さて、お話もそこそこに──私のお部屋に移りましょう」

「え、あ、うん。て、文さんの部屋?」


 その言葉で場の雰囲気は元に戻った。しかし、彼女の言葉を脳が拒否反応を示し聞き返してしまう。


「はい。私の部屋に勉強道具もあります。南條さんも他のお部屋に待機していますので飲み物でも、お菓子でも持ってきてくださいます。不便はありませんよ?」


 いや、そういう問題ではないような……。異性の男女が、僕達みたいなわんぱく盛りの高校生男女が密室に居るのはこれいかに。


「い、いやー。この部屋でもいいんじゃないかな? 男女が同じ密室に居るのも少し、あの、世間体に悪いと言いますか……」

「問題ありませんよ。私のお部屋は防音も完備され、他の人が侵入できないよう中からかけられる強固な鍵も完備されています。セキュリティは万全です。それに、密室ならこのお部屋も同じですよ?」


 不思議そうにコテンと小首をかしげる。その姿は可愛い。


 自分でも少し矛盾した事を言っていると理解している。でも、あれじゃん……「彼女の部屋」ってだけでなんか、こう入ることに勇気がいると言いますか、躊躇うと言いますか……「彼女(仮)」だけど。


「……親御さんに挨拶もしない状態で大事な娘さんのお部屋訪問は、ちょっと……」

「それも問題ありませんよ。母はお仕事で家を留守にしていますし、父は私が生まれる前に病気で他界しています。使用人も今日は南條さん一人なので、安心してくださいね」

「……」


 全然安心できないよ。

 え? てことは文さんのお母さん未亡人? ならこのお家に居る男性、僕一人じゃん……いや、逆に考えるんだ。男一人、ハーレムやん……うん。馬鹿な考えはやめよう。文さんのお父さんについては驚いた。お母さんと顔を合わせないだけまだマシだと思おう。


「……僕も何かするつもりもないし、今日は勉強するだけだし、健全にいこうか」

「はい。健全、とても大事です!」


 彼女もこう言っているので大丈夫だろう。


 ・

 ・

 ・


「先輩……二人っきりですね」

「……」


 などと思っていた時期も僕にはありました。艶やかな瞳を向ける可愛い後輩文さん。

 

 後ろ手に「ガチャ」とその強固な鍵をかける音が聞こえる。


 女子高生らしい清楚で可愛らしい部屋に案内されたと思った矢先、突然背中を押され無抵抗のままお部屋にダイブ。

 幸い軽く押されよろめく程度だったのでこちらに怪我はなく。しかしそんな些細なことは重要じゃない。


「普通の勉強もいいですが、違う勉強ことも如何ですか?」


 艶かしく舌舐めずりをし、着ている着物を少しはだけさせ、こちらをその妖艶な瞳で見てくる後輩の対処が何よりも重要。


「はは、ははは。またまたご冗談を。今日はの勉強会ですよ?」


 退路は断たれた。

 ただ慌てるな、冷静になれ。

 きっと冗談をかましてきているだけ。


 それか、僕が戸惑うのをただ楽しんでいるだけだろう……だと、いいんだけど……。


「はい。勿論、勉強会はします。ですが、今日、明日と時間はまだまだ沢山あります。少し、羽目を外したって……いいですよね?」

「い、いや。それは――」

「はい、逃しませんよ♪」

「!」


 ・

 ・

 ・


「――幸せです〜一度、慎也先輩にしてあげたかったんです。念願の願いの一つ、叶いました」

「……うん。良かったね」


 何故か僕は文さんに「膝枕」をされていた。いや別に何か他に違うことが良かったとか邪な思いを持っている訳……はない。


「先輩、どうですか?」

「最高です」

「♪」


 彼女は嬉しそうに髪をすいてくれる。


 嘘はつけない。この魅惑の太ももには抗えない。反則的な攻撃だ。別に太ももフェチとかではないけど、こうも安心感があり、気持ちいいものだと……。紳士諸君の気持ちが少し理解できるかもしれない。


「先輩」

「?」

「その、先輩は、何も聞いてこないのですね。私が先輩のことをどうして好きかとか、色々と……」


 すいていた手を止め、髪をクシャと手で包む。その感触はとても弱々しい。


「聞いて欲しいなら聞くけど」


 膝枕をされているから分かる。髪で顔が隠れ表情が読めないけど分かる。文さんが何か僕に伝えようとしていることは。


「(ふるふる)」

「なら、聞かないよ。僕は人が嫌がることはしたくないから。それに、君が僕を陥れたり騙そうとしているとは思えない。何か理由があるんでしょ?」


 理由、理由、人が人を好きになることに理由などいらないと思う。


「……はい。実は、先輩に一度助けていただいたことがあります。その時から慎也先輩のことが気になって、好きになっていました。先輩は、覚えていないかもしれませんが……」


 その顔はその目はとても悲しそうだった。


 ・

 ・

 ・


 一年前のあの日



 私の名前は雪見文。


 来年から青南高校に通うの受験生です。今日が受験当日だということは分かっています。なので早く家を出たつもりでしたが……降りる駅を間違えてしまい、パニックになり集合時間ギリギリなのに緊張と先のパニックから迷子になってしまいました。


「どうしよう。誰かに――でも、誰もいないし……」

 

 駅の改札で誰かに青南高校の道を訪ねていたらこうはなりませんでした。その時は迷子になるなど思ってもいませんでしたが。


「――あれ、なんでこんな時間に学生が?」


 「今日は確か受験日だよね」と呟く男の子の声が聞こえました。


「……子供?」


 目の前にはどう見ても小学生にしか見えない男の子が立って私を見上げていました。ですが、不思議なことにその子は私が来年着ることになっていた制服を着ています。


「いやいや、僕は子供じゃないから。その制服は……清和中か。てことは君、受験生か」


 ボソボソと呟いた男の子は何か合点が言ったように手を叩きます。


「時間も時間だし……多分道が分からなくなったんでしょ。分かるよ。僕も去年道を間違えたからね。せっかくの縁だ。暇人の僕が青南高校に案内するよ」

「え?」


 気づいたらその男の子に手を取られていました。そして有無を言わさず何処かへ連れて行かれます。その際、殿方と手を繋いだことなど片手に数えられるぐらいしかないことを思い出し、赤面していたことは秘密です。


 ただ、おかしいことにその男の子から手を握られる行為は嫌ではありませんでした。



「――さぁ着いた。ここが青南高校さ。まだ少し時間がある。走れば間に合うよ」


 ようやく止まったと思えば、自分の目に「公立青南高校」の表礼が見えます。


「あ、あの。ありがとうございます。本当に先輩だったのですね。どうお礼をしたらいいか――」

「そういうのいいから。僕はただの暇人だと思ってくれれば。ほら、時間もあれだし」


 その優しい先輩に背中を押される形で私は走りました。優しい先輩の名前も分からない。お礼も言いそびれた。


 私は心の優しい名もなき先輩のお陰でなんとか集合時間に間に合い、無事青南高校に合格ができました。そして、あの時私を助けてくださった先輩を――直ぐに見つけることができました。


 その先輩――小宮慎也先輩は青南高校では学年問わず有名な人物。中でも有名なものが大宮美咲先輩というこちらも校内で有名な先輩とから。その話が定かではないですが、小宮先輩はその容姿、仕草、振る舞い、愛嬌から大宮先輩とはまたベクトルが違った人気を誇っていました。


 小柄で小さく、誰にでも優しい。その中にある少し抜けた性格。お馬鹿な一面から「馬可愛い」と有名です。


 先輩にあの時のことを告げれずにいました。しかし、何かの縁か同じ委員会となり嬉しく思います。先輩は私のことを覚えていませんでしたが……。お話を繰り返し、本当に優しく、他人を尊重し、慮れる先輩の姿を見ていたらいつしか──好きになっていました。それは必然だったのかも知れません。ですが、小宮先輩は大宮先輩と付き合っている。この気持ちは蓋をしなくてはいけない。でも、振り向いて欲しい。

 そんな淡い気持ちが募り、私は無理だとしても、少しでも小宮先輩に振り向いてもらうために、気にかけてもらうために色々と頑張りました。先輩が好きなアニメや推理ものの小説といった趣味だって合わせました。その趣味も今では私の誇れる趣味になっています。口調だって髪型だって先輩が「好き」だと口にしたものです。ただそんな努力も功を成してか夢が叶い、私は先輩の「彼女(仮――「彼女」になりました。


 ・

 ・

 ・


(懐かしいですね。でも先輩は覚えて――)


「――あぁ、もしかして

「!」


 その言葉に息を呑む。


 あー、あの時の。覚えている。しっかりと。けど、あの時は僕も急いでいたし、似た境遇の後輩を助けられた光栄から気持ちが昂っていた──要はハイになっていたから、記憶が曖昧だったんだよね。今思えば、あの後輩は、文さんだ。


 記憶の「後輩」と目の前にいる「後輩」の姿を見て重なった。


「せ、先輩は、覚えてくださっていたのですか?」

「あぁ、うん。正直忘れていたけど」

「(ガーン)」

 

 期待を籠めた眼差しと声。それも一瞬。分かりやすく残念そうに項垂れ、泣きそうな顔に早替わり。


「ごめんごめん。僕ってほら、馬鹿だから。記憶力が鳩並みだから。でも、思い出した。あの時のことを鮮明に、ね」

「……先輩」


 膝枕をされた状態だから恰好はつかないけど、また出会えることができた後輩に。

 

「君が合格できてよかった。やっぱりご縁があったみたいだね」

「先輩!!」

「うわっ!?」


 良かった良かったと思っていた時、文さんにいきなり抱きつかれた。膝枕をされている状態であり自分より体の大きい文さんに覆い被される形で羽交い締めにされ危うく……。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 なんとかもがいて危機は脱したけど、身の危険を感じたよ……クマの言葉は正しかった。


「ごめんなさい。嬉しくて、つい」

「ま、まぁ、少しは抑えてね」


 僕は「つい」で襲われかけたのか。


「でも先輩、抵抗あまりしなかったですね。もしかして──」


 そこで文さんはその清楚な表情を小悪魔の様な表情に変え、耳打ちをするように。


、しちゃいました?」

「〜〜〜!!」


 こ、この後輩は……っ!! 今の文さんもいいけどお願いだから以前までの純粋で清楚な文さんよ戻ってきてクレメンス!


 そう願うも叶うことがなく。文さんはこちらの内心を悟った様にクスリと笑う。


「ふふ。今も昔も全部含めて雪見文です。そんな後輩を持てた先輩は幸せ者ですよ。これからも、こんな私ですがどうか末永く宜しくお願いします♪」


 その笑顔は雲一つないとても清々しく、見ているこちらが逆に元気を貰える様なとても良い笑顔だった。


「はいはい。まぁ、ほどほどにね」


 この後輩をもう泣かせる様なことはしない様にと、確かにこの時誓った。


 その後は約束通り「大宮打倒勉強合宿」という名の地獄の猛勉強会が開かれた。そこには甘えなど一つもなく、文さんから僕への教育的指導が行われる。


『遊びはここまでです。今日、明日で先輩を成績上位者まで押し上げます。この短期間で激変した先輩の成績を見ればかの大宮先輩だとしても驚くこと間違いありません。それに、これも先輩の為にもなります』

『い、いや、別に僕は赤点さえ取らなければ……』

『問答無用♪』

『ひいっ!』


 文さんの手により僕は若干、軟禁状態となりありがたい教えをこの身に受けた。唯一の救いは南條さんがとても優しく、フォローを入れてくれたこと……その時に文さんの機嫌が悪くなるのは勘弁してほしかったけど。


 他の女性と会話をするだけで「浮気」になるとは「付き合う」ってむつかしいんだな。


 これが、明日も続くと思うと気が遠くなりそうになりながら、月曜日を迎える。

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