第13話 「彼女(仮)」の家で 前編


 ※[]内は通話の話し合いとなります。



[――ふむ。とうとう頭でも狂ったか]


 電話越しにクマの冷たい声が聞こえる。


[いや、違うから。僕は至って正常だから。本当に――彼女、雪見さん――と「彼女」になったんだって……「」だけど]


 雪見さんと色々と、本当に色々と話し合った後、解放された僕は一時的な安堵を過ごし、頼れる友人――クマに直ぐ様連絡を入れた。その時に全て話した。


[……あの後でこうも展開が移り変わるととても信じられんが、これで一件落着だな。幸せになれよ。じゃあ――]

「ちょちょちょ、待て待て待ってくれ! 待ってください。お願いしますぅぅ!!!!]

[……煩いな。今、何時だと思っている]

20時だけど……?]

[馬鹿が、20時だ。月曜から中間考査が始まる。この意味が分かるな。分かったなら俺の時間をこれ以上奪うな]

[ぅぅ]


 そう言われてしまえば何も言えない。クマの言う通り来週の月曜日、即ち明日から始まる土日を抜けた月曜日には二年生始まって以来の中間考査が始まる。


 クマの場合、いつも成績上位者なので今回も上位を目指す予定で勉強に集中したいのだろう……僕は、聞かないでくれ。


[はぁ。お前の思う通りに動けばいいだろう。何を躊躇っている。後輩には「彼女(仮)」を了承され、大宮に自慢できる。お前は念願のマウントを取れて有頂天でパラダイス……これの何に不満がある?]

[それは、そうなんだけど。さっきも話した通り……明日、明後日の文さんの実家での勉強会をやり過ごす妙案を……]


 別にパラダイスじゃないけど……。そう思いながら頼りの綱であるクマに意見を述べ、雪見さん改文さんとの会話を思い出す。


『まずは、私と慎也先輩が彼氏彼女である証明として辻褄が合う事実を作るまで。大宮先輩を信じ込ませるために――明日、明後日を使い私のお家で勉強会を開きましょう!』


 文さんはそう息巻き話しを進める。


 「彼女(仮)」となってから「慎也先輩」「文さん」と呼び合うようになった。なんでも「外面もそうですが、内面も取り繕わねばいつかボロが出てバレるから」だそう。

 「風邪」で体調を崩していたのも事実ではないと分かった。ただ病は病――「恋の病」らしい。その気持ちが抑えられず学校に登校できなかったそう。

 「性格」も今が「素」でよく思われるためだけにわざわざ「清楚」として振る舞う。元々のお家柄から言葉遣い、所作を丁寧に行う彼女は品行方正、由緒正しい非の打ち所がない清廉潔白な性格が求められていたから苦じゃなかったそう。


『勉強会?』


 「勉強会」をわざわざ家に集まってやる意味がわからなく、当然の如く疑問を投げかけたさ。


『……大宮先輩とお話しをした際、「勘が鋭い」と感じました』

『それは、分かる。あいつやけに勘が鋭い……けど、それが?』

『そこで。そんな「勘が鋭い」大宮先輩を出し抜くための作戦として私のお家で勉強会です。彼氏が彼女のお家に来ると言ったら……お決まりですね?』


 ……なるほど、ね。


 文さんは試すような話題を振る。その質問に僕は理解を示す。


『……親御さんへの挨拶、だね?』


 冴えている自分に酔いしれ、自慢げに語る。


『違います〜でも、慎也先輩から私の両親に挨拶をしたい、なんて言われたら……好き』


 文さんは「いやんいやん」と頰を赤らめ、こちらをチラチラチラリズムして見てくる。


 「挨拶をしたい」とは言ってない。


『コホン。正解は、です!』

『お、お家、デート……だと……!?』


 その聞き慣れない単語を聞いて年齢=彼女なし=童貞の自分の脳が処理落ちを起こしそうになるのを感じた。


 「お家デート」。巷では有名らしいが、僕達二次元に生きる亡霊達には夢もまた夢。そんな幻にも等しい単語を聞くことなく生を遂げるはず。なのに今この耳で聞いた「お家デート」。それはただのデートではない。親しい男女、即ちカップルがお互いのお家に「勉強会」「遊び」などと銘打って――エッチなことをする催し物だ。(※違います)


 ありえない、純情可憐な彼女が、そんな……しかし、僕のことを好きだと言い、少し様子のおかしい彼女なら……そんな邪な思考回路に辿り着いてしまった。


『……少し、いえかなり先輩が考える物と私の考えに語弊がありそうですが……」

『僕は今、冷静さを欠いているだけ。だから気にしないで』

『気にしますが……先輩がそれでいいなら』


 仕切り直す様に咳払いを一つ。


『慎也先輩が大宮先輩に対して「文ちゅわんの彼ぴっぴになったんだぁ!」と言っても「嘘」だと捉えられるか、煽りだと思われるでしょう。しかしそこに「カップル同士のイベント」を挟むことによって「嘘」「冗談」から「事実」に変えます』


 いや、僕はそんなしゃべり方しないけど。


『……なるほど。勘が鋭い大宮ならその事実に感の良さが仇となって逆に気づく』

『はい。慎也先輩が無策に大宮先輩に挑んでもボロが出るだけ。嘘というものは隠していても仕草、話しの違和感からバレます。ですが事実を挟めばそれは「真実」となる』

『さすが、できる後輩!』

『ふふん。先輩の後輩ですからね。ちなみにこんなこともあろうかと三年生までの勉強は頭に入れているため、慎也先輩にお教えすることなど些事です!』


 「こんなこと」って、どういうことさ。とか聞かない。文さん彼女が優秀な事実は変わりないのだから。


 そうして「大宮打破計画」は進み、クマの知る間に「勉強会」と銘打った「お家デート」が開催される運びに。


[……襲うなよ]

[襲うか!……そういうのじゃなくて、もっとこう具体的に、どう挑めばいいとか……]

[……そうだな、襲われたら抵抗はしろよ]

[なんで次は僕が襲われる側なんだよ! 僕は襲われないし、文さんは襲わないよ!]

[……それは、そうか]


 クマは普段と同じ単調とした口調で何か含みがある言い方をする。


[……分かった。今回は自分でなんとかしてみせるよ]

[……案外あっさり引き下がったな。子供のように駄々をこねると思っていたが……]

[あはは。少し考えたけど、これ以上人に頼るのも悪いし、たまにはね。後輩にああも息巻いておいて自分一人で行動に移せないのはどうかと思いまして……近況報告はするね]

[好きにしろ……あぁ、一応な。今後大宮達と連絡を取り合ってもいいが、後輩の話題はまだ振るな。話しをするなら月曜以降、後輩と大宮がいる時にしろ]

[さんきゅ。すっかり忘れてた。それはクマの言う通りするよ。良い結果を知らせるからね〜試験勉強、頑張れ]

[お前がな]


 最後にいつものやり取りを一言、二言して通話を終えた。


 みなみに、その夜大宮に対して電話をかけ定期報告をすることを忘れ、沢山のメール攻めをされたのはまた別の話し。


 一応、文さんには大宮との定期連絡は許可を受けている。苦虫を噛んだような顔で渋々と言った感じだったけど。



 ◇◇◇



 土曜日の昼下がり



「わぁ、聞いてはいたけど――」


 「雪見」という表礼を見て、その目と鼻の先に聳え立つ建物を見て驚き、言葉を失い――


「めっちゃ、豪邸だぁ……」


 古風なお屋敷ながら趣があるその豪邸を見て大宮邸を見た時と同じ驚きを覚えた。


『こちらが住所です。私はお家で慎也先輩をおもてなしをする準備をして待っているので、彼氏然と堂々として来てくださいね』


 文さん彼女に住所の書いた紙を渡されそう言われる。彼氏然とした振る舞い、格好が分からなかったので叔母さんと叔父さんに今日の出来事を話して意見を求めてみた。


『ふふ。私がコーディネートしてもいいけど……慎也ちゃんの好きな格好。慎也ちゃんが思う振る舞いでいいのよ』

『そうだぞ慎也。一朝一夜で取り繕ったものなど所詮程度が知れてる。お前は自分が思う格好でいきなさい。お前を思う彼女さんなら全肯定してくれるさ』


 信頼を置いている叔母さんと叔父さんにそう背中を押されたので自分の普段の格好で普段の態度で挑むことにした。


 上は白地に訳のわからないローマ字が書かれたTシャツの上から水色のパーカーを羽織り、下は特注のジーパン……と、少し子供っぽいけどこれが普段着。手にはお土産の有名店のケーキを持っている。


「……え、えい!」


 決心し、インターホンを鳴らす。


『――はい。小宮様ですね。お待ちしていました』


 少しすると女性の声が聞こえてくる。


「え、あ、はい。あの僕のことは知っていて?」

『はい。文お嬢様からお聞きしています。今、向かいますのでしばしお待ちください』


 待っていると黒髪ストレートでスタイルがいい和風のメイド服姿に身を包んだ綺麗な女性が現れた。


「小宮慎也様。私は雪見家使用人の南條と申します。本日は遠いところから遥々おいでくださりありがとうございます。さっそくご案内致します」

「お、お願いします!」


 ・

 ・ 

 ・


「――では、小宮様はお嬢様が来るまでこちらのお部屋でお待ちください」

「あ、はい」


 そう告げる使用人の南條さんは僕が渡したケーキが入った小箱を持って恭しく下がる。和式の大きな部屋で一人になった寂しさから周りを見てソワソワしてしまう。


「き、緊張する。親御さんへの挨拶とかってこんな感じなのかな。別に結婚や婚約の話しをしにきた訳じゃないけど」


 そうこうしていると向かいの襖からコンコンと襖を軽く叩く音が聞こえた。音の出所に丁度顔を向けた時、襖がスッと開く。


「――慎也先輩、お待ちしておりました。如何でしょうか?」


 そこには白の生地を基調としたゆりの絵柄模様が施された着物姿の文さんが立っていた。彼女の白髪とその着物の色が合いとても清楚さ、文さんらしさが溢れている。


 そしてその質問が分からないほど馬鹿じゃないし、鈍感でもない。


「お邪魔してます。えっと、その、文さん、とても似合ってる……可愛いよ」


 恥ずかしかったけど、ベタだしありきたりだけど……この場に相応しい言葉を返せたと思う。チラッと彼女の顔を見ると頰を薄らと朱色に変えて微笑んでいる。


「あ、ありがとうございます。先輩の私服姿も、その、素敵です……」

「あ、ありがと……」


 僕達はお互いの服装に対して褒め合い、互いに恥ずかしかったからか俯きしばしなんとも言えない空気が流れた。

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