第18話 完全敗北、お好きですか?



 昨日の一件で大宮に謝罪を告げれなかったことが少し腑に落ちず、そのせいかモヤモヤとした感情は晴れることなく朝起きる際も寝坊しそうになり慌てて飛び起きた。


「落ち着け、落ち着け。まだ時間はある」


 自分自身に言いつけすぐさま学校に登校する準備を整え、朝食も早々に家を出た。



 ◇◇◇



「――ええと、文さん?」


 こちらの首に両腕を巻き付けてその体をもたれかかるように押し付けてくる後輩の名を呼ぶ。歩きずらいというものもあるが、その大きな乳房がちょうど頭部に当たり、圧迫し、形を変えて……要は嬉し――恥ずかしいし周りの視線が痛いからやめてほしい。


「なんでしょうか、

「うぐ」


 後輩のワントーン下がった少し冷たい発言を聞き罰が悪い顔を作ってしまう。


 小宮が置かれている経緯。


 絶賛頭が回らず待ち合わせ時間ギリギリになったものなんとか間に合い待ち人の姿が見えたことで安堵した。文もこちらの存在に気づいたようで初めは花が咲いたように満面な笑みを見せてくれた……すぐにそっぽを向き渋い表情になったけど。そんな朝からご機嫌斜めな後輩に平謝り。


 平謝りの結果、なぜか今のような体形で二人寄り添って歩くことに……解せぬ。


「ふ、文さんや。作戦通りお手を繋ぐのはどうかな?」

「いやです」

「いやでも、歩きずらいし……」

「問題ありません」

「……」


 何を言っても否定の言葉が返ってくる。


『え、あれって二年の小宮先輩じゃ……』

『隣にいるのは、一年の『雪の精』』

『でも確か小宮先輩って大宮先輩と……』

『あれは……』


 学校が近くなってきたせいか青南高校の生徒達の姿がポツポツと見えだし、女子生徒達は小宮と文の姿を見てひそひそと話しだす。


 女子生徒の口から出た『雪の精』という単語は文の苗字とその髪の色、普段のクールで落ち着き払った雰囲気からついたあだ名。


『小宮の奴、裏山けしからんな』

『でも、まぁ、小宮なら……』

『だな。は小宮じゃないと無理だ』

『俺達にできないことをするその姿に憧れたいけど真似できない』


 男子生徒達もその現状を見て羨ましそうにひそひそ話すものその中に小宮自身を悪く言う生徒は存在せず、ただ文の胸が頭部に押し付けられた小宮を見て拝む男子生徒が続出。


「さすが、先輩ですね。こんな恥ずかしい姿を見られても逆に拝まれています」

「いや、奴らがただアホなだけだと思う……」


 自分と同じ生物として情け無いと自分のことは棚に上げて。


「……先を急ごう」

「はーい」


 周りの視線が耐えられそうになかったのでもたれかかる文に一声かけ、歩くスピードを上げる。その時に決して頭部に感じる感覚を思い出してはいけない……耐えろマイサン。



「では、先輩。また近いうちに!」

「あぁ、うん」


 ようやく学校に着き、下駄箱に辿り着いたことで後輩をもたれかからせたらまま歩くという羞恥プレイから解放された。そのためか曖昧に答えていた。


「……またって放課後のことだよね」


 そう決めつけて自分の教室に向かう。



 ◇◇◇



「――うへぇぇ」


 情け無い声を発し、机に突っ伏す。


 案の定、教室に着いてドアを開けた瞬間捕まった。昨日のことに加えて今日の後輩との朝登校について見ていたクラスメイトが多数いて根掘り葉掘り聞かれることに。

 噂好きの女子生徒達の攻撃は強く、解放される頃にはこちらの体力は瀕死状態。その後に男子生徒達からの追撃に怯えたもの……。


『お疲れさん』


 という一言を満場一致でかけられるだけで終わったのが幸い。


「小宮君、朝から大変だね」

「え、あぁ」


 机に突っ伏す中、隣の席の大宮からそんな普段通りの声をかけられるとも思わずつい返事が適当になってしまう。


 び、びっくりした。昨日で今日だから何か理不尽に言われると身構えたけど……。


「?」


 普段通りの態度、対応に拍子抜け。


 ただ、小宮慎也。前回もそうだろ。まだ気を抜くな。相手はあの「大宮美咲」だ。何もないとこちらを油断させて姑息な罠に嵌めてくる女だ。きっと今回もそう。


 だから、油断せず早目にカタをつけるという意気込みで先手を打って話しかける。


「なあ大宮」

「何?」

「……昨日は、その、ごめん」

「ん? なんの話?」


 少しぼかして話すも小首を傾げる。普段の彼女なら多少の言葉足らずでも気づく。だから今回もその癖で話したもの伝わらず……。


「え、いやだから……昨日、僕が彼女のことを――」

「なんの話?」


 やはり伝わらない。


 ただ、「彼女」という単語を聞いた瞬間、ほんの一瞬だけど眉を動かす。だから聞こえているはずだと思い再度話しかける。


「いやだから、彼女――」

「なんの話?」

「え、だから――」

「なんの話?」

「……」

「……」


 話しかけるも全て話し終える前にこちらの言葉を遮る。遮られる。


「……か――」

「なんの話?」

「……」


 いや、はえーよ。まだ「か」しか言ってないわ。せめて「彼女」ぐらい言わせろよ。


 これは分かって大宮が遮っていると理解し、今は無理だとも理解した。


「小宮君」

「んあ?」


 どうしようかと悩んでいた時、突然声をかけられる。


「昨日の約束通り、今日はテスト勝負だね」

「?……あぁ、そんな話ししていたな」

「もう、昨日の話だよ?」

「あぁ、ごめん。それよりも――」

「なんの話?」

「……」


 あくまでこちらの話しは聞かないのね。はぁ、そうですか。


 少し不貞腐れそうになるもテスト勝負に勝てば昨日の一件も聞けるだろうと短絡的な思考を持つ。



 一限目・現文


「ふふん。私は100点だよ!」

「はっ、見ろ。僕は75点だ!!」


 返されたお互いのテスト結果を見せ合う。


「ヘェ〜、本当に勉強したんだ。でもその点数じゃあ400点はまだ程遠いよ?」

「んなの分かってる」

「次のテスト結果が楽しみだよ」

「……」


 その上から目線の言葉にムカつくも今は平常心を保つ。


 現在 ・小宮:75点

    ・大宮:100点


 ちなみに普段の小宮がとるような点数ではない事に現代文の先生、担任である愛沢先生や他生徒達が驚いていたのは無理もない。


 二限目・日本史


「はい、100点〜」

「くぅ、でも僕だって80点だい!」

「記憶力さえあればそれくらいはねぇ。小宮君は3歩歩けば物事を忘れる鳩と同程度だと思っていたから、少し感心したよ」

「お前ふざけんなよ。鳩を馬鹿にするな!」

「……怒るところそこなんだね。ごめん」


 そんな言い合いがあったもの。


 現在 ・小宮:155点

    ・大宮:200点


 大宮は当然の結果なもの、小宮はなかなかの善戦を見せていた。


 続けて三限目・世界史と四限目・物理


 小宮、世界史52点 物理61点


 大宮、世界史、物理共に100点


 現在 ・小宮:268点

    ・大宮:400点


「……」

「あれあれ〜おっかしいなぁ〜物理はともかく世界史は日本史と同様に記憶力が試されるはずだけど〜?」

「……わ、わざとだよ。わざと低い点をとって自分を追い込んでいるだけだ」

「はい、ダウト。目が泳いでいるヨォ〜?」

「……」


 情け無いけど、反論はできない……。


 ただ今の状況は最悪の一言に尽きる。


 この後、控える最後の二教科は英語と数学。どちらも小宮が嫌いな科目でもあり、また最低でも「70点以上」を取らなくては完敗してしまう。


「お昼を挟んでの開幕だねぇ。ま、お昼休みくらいはそっとしておいてあげる。どうせ負けはほぼほぼ確定しているんだから言い訳でも考えていたまえ〜」


 大宮は自身の勝ち確が確定してるかのようにそう言うとこちらの肩をポンと軽く叩きクラスメイト達の元へ歩いていく。


「……」


 その遠ざかる後ろ姿を見て呆然と。


「……終わった」


 ようやく現実が理解できその場で頭を抱えてしまう。


 あ、あぁ。400。それは僕が一番分かっている。たとえ数学で良い点数が取れたとしても……英語とか……日本人が学ぶものではないよ……。


 ・

 ・

 ・


 結果


 英語47点。数学が78点という結果に。


 総合 ・小宮:393点

    ・大宮:600点


 全ての教科が初めて赤点を免れたものそんなものはついでにすぎない。


 五時限目の英語のテスト返却の時点で完全敗北をし、大宮に言われた。


『ま、頑張ったじゃん。小宮君でもやればできるんだね。それとはまた別で放課後、図書室で待ち合わせようか……逃げないよね?』


 そんな「脅迫」「脅し」紛いの決定事項を言い放たれた。

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