第19話 二人の共闘戦線 前編
放課後
約束通り指定された図書室に一人で向かった。
ちなみに文には今日は一緒に帰れないことを事前に連絡を入れている。
夕方の遅い時間帯とあり図書館への廊下の道のりはどこか薄気味悪い。それでも不安を押し殺し歩を進めた。
「……ふぅ」
図書室の入り口に無事到着。一息入れて図書室のドアを開けた。
室内には電気はついているが人の気配は感じられない。そこで決めつけることなく自分の視力を頼りに目を細めてよく見てみると待ち人……大宮はそこにいた。自分が普段座っている席付近の窓から夕焼け空を見ている姿はやけに幻想的で、綺麗に見える。
「おい、大宮」
そんな内心を悟らせることなくぶっきらぼうに声をかけた。
「あ、やっほ〜」
こちらの存在に気づいたようで体と顔を窓から離し、軽く手を振ってくる。
「逃げずに来たのは偉いよ〜」
挨拶もそこそこに手を後ろ手に回し笑顔でこちらに歩み寄ってくる。
「そういうの良いから、要件を言え」
言葉を無視して要件を聞く。
「あはは、そう警戒しないでよぉ〜」
そんなことを言いながら歩みを止めない。
「うーん、そうだなぁ。じゃあ――」
「……」
ようやく本題に入ると思い何が来ても良いように身構えた。
「――小宮君がどうして「恋愛」に無関心なのか教えてよ?」
「……は?」
お互いの距離が約一メートル弱という距離を置いて足を止めた大宮はそんな質問を投げかけた。その予想だにしない内容に呆然と立ち尽くしてしまう。
「……質問変えるね。小宮君は、雪見ちゃんのこと好き?」
「……藪から棒にいきなりなんだよ」
「いいから、これが私のお願い」
「……そりゃあ、恋人同士なんだし、好きだよ」
どうしてその話題が出てくるのか分からない……でも「お願い」と言われたなら仕方ないと思い渋々と無難に答えたつもりだ。
「はい、ダウト」
「はぁ?」
なのに自分の発言を否定されたことでついカッとなり疑問を抱いた言葉が口から出た。
「まあまあ落ち着いて。君の言う通り雪見ちゃんのことは「好き」だと思うよ。でもそれは違うよ。それは人として。君は――異性として雪見ちゃんのことを「好い」ていない」
「――っ」
真っ向から言われたその言葉に無意識にたじろいでいた。言葉の節々に確かな重みがあり、自分の中にも何か引っかかるものがあることからすぐに否定をできなかった。
「か、勝手なことを言うなよ。お前は僕達の何を知って――」
「知ってるよ」
「……」
その強い意志が籠った眼差しと言葉に言葉が詰まり、黙ってしまう。
「だって、雪見ちゃん本人に相談されたから、私は知っているよ。君達が――仮の恋人関係なのも、全部」
「な、ぁ……」
その内容は衝撃的であり、その言葉の意味を知って絶句した。
・
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あれから思考が止まり動かなくなった小宮を尻目に大宮は小宮の思考が正常に動くまで待った。
「落ち着いた?」
そして、ようやく思考が追いつき目をパチパチと瞬き、まだ多少の驚きを孕んだ顔を向けてくる小宮に大宮は話しかける。。
「……一応」
「そっか。色々と小宮君も聞きたいことはあると思うけど、私の言葉は事実だよ。ね、雪見ちゃん?」
大宮は何気なく無人の司書席に顔を向けそんな声をかける。
「ま、まさか」
その言葉を聞き何かを感じ取り、大宮が見ている司書席に顔を向けた。
「こ、こんにちは」
大宮以外に誰もいなかった図書室。その無人の司書席からひょっこりと見知った顔――後輩の文が申し訳なさそうに顔を出す。
「なに、が」
それでもまだ目の前で起こっている状況についていけず、小宮が大宮と文の顔をそれぞれ交互に見てまた二人の姿を見て狼狽える。
そんな小宮の姿を見て二人は顔を見合わせて、またこちらに顔を向ける。
「単刀直入に話すと――私と文ちゃんは協力関係にあるってこと」
「ごめんなさい先輩。騙すような形をとってしまい……でも、美咲先輩の言葉通りです」
「……」
二人の言葉を聞き、再度プチパニックを起こす小宮だったが除け者の自分が知らない事実を二人から聞くことに。
◇◇◇
それは雪見文が小宮に「彼女(仮)」を頼まれて股間を蹴り上げた日まで話しが遡る。
『さよなら』
文は小宮の自己中な発言を聞き、好きな人に弄ばれ、想い人のその顔を今この目で見たら泣いてしまうという気持ちに襲われその場を逃げるように走った。
『きゃっ!』
『おっと』
その時、ちょうど廊下の角から現れた人物とぶつかりそうになる。文はぶつかる前に陸上部で養われた反射神経でなんとか避け、お互い怪我はない。
『あ、あのあの、申し訳ありません!!』
先の出来事が引きずり思考が定まらない中、自分の不注意で怪我を負わせてしまうところだった人物に向けて頭を下げる。
『ううん。なんともないから大丈夫だよ。それよりも貴女こそ、怪我はない?』
『あ、はい。なんとか……』
怒るどころかこちらの心配をしてくれる。この時その相手が女性だと気づいた。透き通っていて聞き取りやすい高い女生のやけに心地よい声。
『そっか、ならよかった。ところで……貴女、一年の雪見さんだよね?』
『え?』
自分の不注意で危ない思いをさせてしまったことから恐縮してしまい、まともに相手の顔を見れない。そんな中、自分の名前を呼ばれたことで反射的に顔を上げていた。
『大宮、先輩……?』
そこには自分の憧れでもあり、自分の想い人である小宮の恋人だとつい最近まで思っていた青南高校一の有名人がいた。
『わ、嬉しいな。こんなに可愛い後輩ちゃんにも覚えてもらえてるんだね』
そこには可憐に笑う先輩の姿。
(あぁ、この人が相手なら、勝てない)
つい、そんな気持ちを覚えてしまう。
それほどまでに「大宮美咲」という先輩女子生徒は同姓の文から見ても魅力的であり、噂をされるほどの人物だと思い知らされた。
『……本当に申し訳ありませんでした。私はこれで――』
『待って』
『!』
このままこの場にいたら駄目だと思いすぐに立ち去ろうとした……が右腕を掴まれていた。先輩の心意が分からず、その顔を見る。するとその瞳はどこか真剣味を帯びている。
『……私の勘だけど、雪見さん何かあった? 気のせいだったらごめんね。でも、今貴女を放っておいたら……駄目だと思った』
『……っ』
『初対面の相手にこんなことを言われるのも怖いかもしれないけど、私なら何か相談にのれるかも。ほら、私って一応、生徒会だから。迷える生徒の相談事くらい聞くよ?』
その声を、その顔を、その優しい言葉を聞いた瞬間、自分の抑えていた何かが関を切ったように溢れ出す感覚を覚えた。
(きっと自分の顔は涙と色々な感情が織り混ざったような不細工な顔を浮かべているだろう。でも、そんな私を見て大宮先輩は……)
『うん。ここだと他の人の目につくから、二人でゆっくり話せる場所に移そうか』
『……はぃ』
優しく声をかけられる。自分はそんなか細く消え入るような声しか出なかった。でも、大宮はこちらの顔を一瞥し、腕を取り自分を導くように歩き出す。
これが、雪見文と大宮美咲の出会い。
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・
大宮に連れられてきた場所は生徒会室。自分達以外誰もいない室内でお互いに向き合って席に座る。初めは緊張から何も話せそうになかった、それでもこちらが話すまで静かに待ってくれる先輩の姿を見ていたら気づいたら抑えていた気持ちを吐露するように全て包み隠さず話していた。
『――それで、私。でも、先輩を嫌いになれないんです。それよりも、この気持ちが……私、どうしたらいいか……ぁ、うぅ』
涙声で聞き取りづらく、また支離滅裂な言葉の羅列なのに親身になって聞いてくれる先輩にまた嬉しさから涙が溢れてしまう。
『うん。うん』
優しい顔で相槌を打つだけで何も口を挟まない。そして一通り話しを聞き終えた大宮はようやく口を挟む。
『そっか。雪見さんも小宮君のことが……うん。分かるよ。彼、鈍感だから……』
その顔は苦笑気味であたかも自分も体験したような口振りだった。
『も、もしかして、大宮先輩も、ですか?』
そんな先輩に違和感を覚え、主語が足りない言葉だけど意を決して聞いていた。
『……うん』
すると、少し恥ずかしそうにはにかみがらも先輩は確かに頷いて応えてくれる。
『……ぁ』
(小宮先輩と付き合っているという事実は噂だけど、大宮先輩は私と同じで……)
その時、気づいた。
自分が二人の邪魔になる。二人はお似合いのカップルだ、自分が入る余地などない……だから、潔く身を引こう――
『っ。私、やっぱり――』
『「諦める」』
『!?』
自分の声に被せるように。
『そんな言葉、私は聞きたくないよ』
『……』
自分の心を見透かしたような言葉に目を見開き口を噤んでしまう。立ちあがろうとしていた体も鉛のように重くなって動かない。
『告白を断られてもいないのに自分から諦めるのだけは絶対に駄目。だって貴女は本当に小宮君のことが好き。見ていたら分かる』
『……』
その言葉に何も答えられない自分がいた。
何か答えようと顔を上げ、何も口にできず口をパクパクとして俯く。お互い何も口にしない時間が続くと思った時、大宮が語り出す。
『私ね、どうしても許せないことがある』
『……許せないこと、ですか?』
『うん』
その言葉に反応し、顔を上げたところ少し悲しそうな顔を浮かべる大宮の姿が。
『小宮君のことで手を引く女子生徒は今まで何人も見てきた。それは私が一番彼の近くにいるのが原因なのかもしれない。別に独占をしようと思っているわけじゃない。でも、他の子達は自ら「諦める」。何も挑むことなく「諦める」。それが、嫌で、許せない』
『……』
(それは、私も同じです)
そんな言葉が口から出そうになるも、余計なことは言えない。
『諦めた子達の心情を全て理解できるわけじゃないけど、私はせめて玉砕覚悟でもいいから本当に好きならその気持ちを伝えるために告白をするのが然るべきだと思う』
『そ、それは』
『――とか、偉そうに語る私が一番腑抜けでそんな自分自身が嫌で許せないんだけどね』
『え?』
後に続く言葉の意味を理解した上で困惑してしまう。
『小宮君ってさ、モテるよね』
『それは、はぃ』
突然の話題転嫁に戸惑いながら相槌を打つ。
『あの、人畜無害でいて誰にも優しくて少し天然が入って、馬鹿だけど自分のことそっちのけで困っている人を助けるんだもん。でもそんな彼に惹かれて、好きになっていた』
少し困ったように話す。
『……それ、分かります。私も、小宮先輩に助けられました。その優しさを知りました』
『そっか』
その言葉に理解できると感じた。自分もそうだったから。
『貴女は諦めず、自分の気持ちに嘘をつかない。自分から行動を起こして小宮君と話し、仲を深めた。そしてそんな気心知れた後輩の貴女だから――「彼女(仮)」を頼まれた』
『それ、は』
「彼女(仮)」という言葉は自分と小宮の二人だけしか知らない言葉なはずだった。
『本当は、駄目なんだけど。小宮君のことを知りたくて……盗聴じみたことをしてました。でも、私はそれぐらいしかできなかった。「好意」を伝えたくても、私、思っている以上に「恋」に不器用みたいで、すぐ近くにいるのに「好き」の一つも伝えられない。つい悪ノリして自分で自分をはぐらかしてしまう。だから、素直に「好意」を伝えられる雪見さんが羨ましくて、すごいと思う』
『……』
憧れの先輩にそんなことを思われているとも知らず、またどんな言葉をかけたらいいのか見つからない。
『ごめんごめん。困らせちゃったね』
『あ、いえ。そんなことは』
『ありがと。雪見さんはその気持ちを大切にしてほしい』
『でも、それでは大宮先輩が……』
そこで大宮はニッコリと笑う。
『大丈夫。だって私も小宮君から手を引く気はさらさらないから』
『……はい』
その真剣な眼差しを受け、文は初めて普段の自分を出せたように感じた。
『……雪見さんに提案なんだけど』
『提案、ですか?』
『うん。お互い小宮君のことが好き。それは変わらない事実だよね』
『はい』
『恋人になれるのは「一人」。言わなくても分かる通り小宮君のパートナーを賭けて私達は今後衝突することになる』
『は、はい』
その「衝突する」という言葉に少し逃げ腰になっていた。
『でもお互いにいがみあって、牽制し合って……それって無駄な時間を使うだけだと私は思うの。小宮君だって自分のことで争われるのは望んでないと思う』
『です、ね。先輩は平和主義者なので』
大宮もその言葉に頷いてくれる。
『だから、そこで提案。私達は同じ人を好きになった同士。争いなんてない平和的な解決方法として――協力、もとい共闘しない?』
『共闘、ですか? 私はかまいませんが……』
その提案は自分にとっても両手をあげて喜びたいほどのもの。
『ありがと。共闘する理由も一応あるんだけど。でも、決まりだね。これからよろしく、文ちゃん』
『……こちらこそ、よろしくお願いします。大宮先輩』
そうしてぺこりと頭を下げる。
その時に「美咲でいいわよ」と言われたことが嬉しかった。
こうして二人は共闘関係になった。
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