第46話 ゆりゆらら



 海原から「恋の相談」を受けて数日経ち。今日も今日とて生徒会に顔を出す日。


「慎也くんは今日も生徒会か?」

「ん。明日はバイト」

「えらいハードなスケジュールやなぁ」


 たまたま生徒会室に行く廊下道で出会った蓮二と談笑を交わし。


「体には気いつけなよ?」

「うん。自分の体調は自分が一番解るからね〜あ、蓮兄一つ頼まれてくれる?」

「どした?」

「あぁ、それがね――」


 蓮二にあることを話し。


「内容は理解した。何にしてもまずは情報だな。クマくんのところに顔を出してみるわ」

「ありがとう」

「なんもなんも〜弟とその周りが困ってるなら兄ちゃんが動いてやる」


 朗らかに了承してくれる。


「今度、渾身のデザートを奢るよ」

「俄然やる気が出てきたわ」

「じゃ、僕はこっちだから――」

「お前ら! 部活に行くなら行く。帰宅するなら早く帰れ!」


 渡り廊下で互いに別れの挨拶をしているその時、怒鳴り声を浴びせられ。


『……』

「ふん。返す言葉もなしか。無駄口を叩く暇があったらさっさと帰れ」


 怒声を浴びせた男性教論、体育教師の剛田はズカズカと近づき、二人が言葉を返さないことを言い気に、その足で立ち去る。


「……なんか、萎えたね」

「あの顔を至近距離で見ればな。しても、いきなり怒鳴るとか一変、シめたろか」

「まぁまぁ。ゴリ田も色々と鬱憤があるんだよ。僕達で晴らすのは違うけど」

「プッ。は辛いな」


 剛田改めゴリ田の会話で笑い合う。


 剛田勝ごうだまさる

 青南高校の体育教師であり、校内一の嫌われ者。渾名はそのゴツイ体付きとゴリラのような顔から短絡的に「ゴリ田」。

 性格に難あり。二人のように身勝手に怒られる生徒は数多く。女子生徒からも苦情が寄せられ、上の先生方は悩まされている。


 どこの学校にも嫌われ者は付き物だ。


「ゴリ田の話なんてしてもなんの生産性もないし遅れるとまずいからこれで」

「おう。帰り、ゴリ田と鉢合わんことを願っとくわ」

「……フラグを立てるなよ」

「グッドラック!」

 

 二人は話を終えると別れる。


 ・

 ・

 ・


「ん?」


 蓮二と別れ、生徒会室が見えた所。いつもの生徒会室とは異なる不自然さを覚える。


「美咲と夢園さん。廊下で何してるの?」


 生徒会室に入ることなく、扉の前で室内の様子を伺う二人に声をかけ。


『しっ!』

「……?」


 二人揃って口の前で人差し指を顔に近づけて――要は「静かにしろ」という合図。


 自分も中の様子が気になり、二人同様に扉に近づき。


 鷲見白会長と海原先輩?


 室内には向かい合う比奈と海原の姿。


「!」


 そこであることに気づき、ある仮説が立つ。それは以前小宮が海原の「恋の相談」を受けた時のこと。


「……なのか。比奈」


 そこで微かだが室内の声が聞こえる。


「……」


 悪いと思いつつ耳をそばだて。


「うん。私は宇佐美のことを"そう"見ていない。よき"友人"だと思っている」

「ッ。わかった。ボクも無理強いをするつもりはない。潔く諦めるさ。ただ、比奈は他に好きな人でもいるのか?」

「……いないよ。少し気になっている子はいるけど、ね」


 そう話す内容が聞こえ。自分の仮説が正しいことが証明された。


 これは、告白を断られた……。


 自分のことではないもの、知り合いであり相談を聞いた人の恋が成熟しなかったことに居た堪れなくなる。


 ガラッ


「って、うわっ!?」


 ナイーブな気持ちになっていると突然扉が開き。扉にくっ付いていた小宮は生徒会室に傾れ込むように倒れる。


「小宮君。盗み聞きとは頂けないな」


 そこには腕を組み、冷ややかな目を向ける比奈の姿。


「あ、あはは。すみません」


 その迫力に押され言い訳一つせずに謝る。


「まぁ、私たちも周りに配慮することなく生徒会室で話した。だからお互い様。ここで聞いた話は他言無用で頼むよ」

「勿論です。だよね――」


 美咲と夢園に顔を向け。


「……」

「ん? 小宮君しかこの場にはいないぞ?」

「あ、あはは。ですね〜」


 は、嵌められたァァァァ。


 背後にいた美咲達の姿はすでにもぬけの殻で自分だけが不謹慎な行動を咎められた。


「もしや、他の子たちも」

「あ、いや。僕だけ――」

「小宮君!」

「うぇっ!?」


 この際自分だけが怒られればいいと言い訳を並べようとした時、こちらに走り寄ってきた――海原にお姫様抱っこをされ。


「……宇佐美」


 比奈の声を背に。


 ・

 ・

 ・


「――小宮君、ごめん!」

「あぁ、いえ。なんとなくお気持ちは解るので謝らなくて大丈夫です」


 お姫様抱っこから降ろされてすぐに海原から謝罪を受け。自分は空気を崩さない微妙な立ち位置で言葉を選ぶ。


 今二人がいる場所は屋上。海原の行動原理がなんとなく察しがついていた小宮は無抵抗で連れてこられた。


「……辛いね」

「海原先輩は、頑張りました」

「ありがと」


 二人の間に沈黙の時間が訪れ。

 しばし、風の吹き流れる音と校庭から聞こえてくる運動部の生徒たちの声。


「ボクがさ」

「……」

「男の子だったら結果は変わったかな」


 少し苦しそうに。それでも笑顔を絶やさない。


 こんな時なのに頭の片隅で考えてしまう。夕日に照らされて話す先輩の姿はとても絵になるという場違いなこと。


「それは……」

「ごめん。答え難い質問だったね」

「いえ。あの……」


 こんな時なんて声をかけたらいいのかな。いや、僕が語る安い言葉なんて所詮何を語ろうが変わらないか。


「所詮結果論。性別なんて関係ないですよ。鷲見白会長は選ばなかった。ただそれだけ」

「……君は、意外と辛辣だな」

「事実ですからね。それに言いましたよね、どう転んでもそれが人生」


 その言葉に目を見開くも、落ち込む海原はジト目で小宮後輩の顔を見て。


「それはそう、だけど。落ち込む先輩にもっとこう、何か労いの言葉とか?」

「ないですね。僕は「二股男」ですよ? そんな僕が気の利いた言葉をかけるとも?」


 「恋愛対象」になることはと解っている。だからこそフラグを立てないために悪役に成り下がる。


「……根に持ってるんだね」

「当然。それに、初めから「恋愛相談」を僕にした時点で間違っているんです」


 言いたいことを言いたいだけ口にする。


「たかが一度きりの「失恋」。そんなことで落ち込むなんてらしくないですよ。次の恋愛に進みましょう。次に」

「次なんて……」

「蓮兄とかどうです?」

「無理」

「ブハッ!!」


 即答で断る先輩に吹き出した。


「本人居ぬ間にフられててワロス」


 先輩であり兄のような存在のはずの蓮二に対して容赦無く。


「……君は、蓮二と仲がいいよね」

「ま、心の友と書いて「親友」ですからね」

「意外だよね。それに「親友」って」


 神妙な面持ちで語る海原。そんな海原を他所にフェンスに寄り夕空を見上げ。


「はたから見たら僕と蓮兄の関係は意外なものなのかも知れないですね。でも、それって周りが勝手に解釈したことですよね?」

「それは、そうだけど」

「他人から僕たちの関係をどうこうとやかく言われる筋合いはない――海原先輩と鷲見白会長の関係のように」

「ッ」


 隣で息を吸う声を聞き、その顔を見ることなく野暮なことはせず淡々と。


「「友情」とは美しいものであり、儚いものである。ただ、互いに想い合う限り決して切っても消えない絆で結ばれている」

「……」

「今回はフラれてしまった。でも逆に考えてください。海原先輩と鷲見白会長は今まで通り「友人」でいれられる。僕は思う。言葉は違えど「愛情」も「友情」も同じ、だと」


 そんな言葉の数々を淡々と話し。小宮はふうとため息一つ。


「ごめんなさい。自分で口にしておいて全然意味がわかりませんね」

「ふふ、なんだそれ」


 そこでようやく先輩に笑顔が戻った。


「要は先輩方二人は付き合おうがどうしようが二人の絆は不滅であり、その関係は破綻しないということです。ですよね――?」

「――ッ」


 その意味を理解し、振り向く。


「……」


 そこには申し訳なさそうな顔の比奈の姿があり。


「僕の出番はココまで。いないもの――空気だと思ってくれていいので、あとはどうぞ」

『……』


 この場に流れる空気を気にすることなく、ただただマイペースに。


 海原にお姫様抱っこをされ屋上に向かうと分かった時に比奈宛に「屋上に来てください。合図をするまで待機で」と伝えていた。


 さ、根回しは完璧でしょ。僕はただ鷲見白会長が来るまでの間を稼ぐ――「脇役」。


 屋上のドアの奥に引っ込み部外者が入り込まないように見張る。


『ごめん』


 隙間から様子を見ていると、二人は同時に頭を下げて同じ言葉を発した。


 わーお。息ピッタリ。蓮兄に聞いてはいたけど……10年来の幼馴染は違うね。

 

「……嬉しかった」

「!」

「私も、同じ気持ちだったから」


 初めに言葉を発したのは比奈。


「それって……」

「……これでは誤解を招くな。私は同姓として「友人」として宇佐美のことを好きだ」

「……」


 その一言に海原は俯き。


「……君の想いに応えられなくてすまない」

「そんな、ことは……ッ!?」


 否定しようとする海原に比奈が歩み寄り、その小さな手でそっと海原の手を包む。


「無理するな。スカートに皺が寄るぞ?」

「……ッ」


 無意識に自分がスカートを強く握っていることを知り、離す。


「嘘をつく時の癖は知ってる。何年来の幼馴染だと思っている?」


 ふふと笑い、真剣な面持ちに。


「宇佐美。今から私は我儘を言う」

「……」

「君の想いに応えられない。けど、こんな私を許してくれると言うなら、また今までのように支えてくれないか?」

「それは……」

「ダメか?」


 比奈の上目遣いを喰らい、たじろぎ。


「……卑怯だ」

「あぁ、卑怯だとも。君と仲直りが出来るならどんな手でも使う」

「……わかった。わかったよ。ボクもギスギスとした雰囲気は性に合わない。君と恋仲になれなかったことは残念だけど、諦めると決めたからね。これからも、よろしく」

「こちらこそ」


 互いに微笑み握手を交わす。


 これはこれでいいものだね。もっとこう、百合百合しいものが観れると淡い期待を持っていたけど、仲直りできたなら万々歳だね。


 それとは別に二人の仲が不仲にならなくてよかったと安心した。

 

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