第56話 それは「姉」なるモノ
今日は用事があるという理由で美咲と文には先に帰ってもらった。「不審者騒動」も収まったので生徒会の皆と帰る理由もない。
前までの流れのせいか「さて、
資料室にて。
「慎坊。よく来たね」
「遅くなってすみません」
待ち人――一色叟の元を訪れた。
好々爺とした顔で向かい入れてくれる。
「気にせんでええよ。今日は君に直接お礼を伝えたくて呼ばせてもらったからのぅ」
一色先生がそう言うと奥の部屋からゾロゾロと――他の教職員が出てくる。
そこには顔見知りの田原先生を始めとした現担任の愛沢先生。教頭や校長の姿もある。
「……」
一色先生以外の先生がいるとは思ってはおらず、驚いて声が出ない。
「すまないね。当初の予定では今回の件について誰にも話さないつもりじゃった。が、君という生徒が今回の事件を解決させた立役者として、誰にも認知をされないのはおかしいと皆に話した。責めるならわし一人に」
その頭を深々と下げる。
「いえ。秘密にしてもらおうとしたのは単に目立ちたくないだけなので。他の生徒たちに緘口令だけだしていただけるなら」
「それは私自ら請け負おう。君の情報はここにいる者以外に流出させないと固く誓おう」
小宮の言葉に一色――ではなく、朗らかな笑みを浮かべる校長が応えてくれる。
「あ、あの」
生徒の前に滅多に顔を出さない校長――の美貌を見て慌ててしまう。
「あぁ、名前は知ってると思うが、一応礼儀としてね。私は
その凛々しく整った貌。腰まで伸ばした華麗な銀色の髪。完成されたスタイル。
ザ、大人の女性の姿を見前にして体が硬直をするのがわかった。
「青南高校校長としてこの高校に通う一児の母として、君に感謝を」
『小宮君、この度はありがとう』
校長に続いて他の教師陣も感謝の言葉を述べ。
「……その感謝、ありがたく頂戴します」
教師陣の前だと思い出して硬直が解けた小宮はその謝辞を受け取る。
「ありがとう。それで、小宮君。君は剛田先生、須田君のその後がどうなったか気になっているのではないか?」
「気にはなりますが……」
「では、聞かせよう。これは特別だぞ」
お茶目にウインクをして見せると語る。
小宮の予想通りB棟体育倉庫で須田が連れてくる予定の白石を待っていた剛田は一色先生たちの活躍で無事警察のお世話に。
警察に捕まった剛田の事情聴取をしたところ、沢山の余罪が見つかる。それも青南高校の数多くの生徒から証言、苦情が上がり。警察が取り調べをした結果、生徒の発言は全て真実となり、剛田は長い長い塀の生活に。
須田は自分の過ちを認め、迷惑をかけた人々に謝罪をし。一身上の都合という理由で自主退学したそう。その後は己の煩悩を消し去るためにお寺に通うことを決意。
「――剛田先生と悪事を企てていた他の人物諸々牢屋の中さ。今頃自分の行いに後悔しているといいのだが……君は、この話を聞いてどう思う。率直なもので構わない」
こちらに振ってくる。
率直なものでいいと言われるなら。
「ザマァ!」
『!?』
綺麗な笑みで本心を露わにする。
「ふ、ふふふ」
他の教師陣が見せたことのない小宮の内面を知って戸惑っていた。その中、聞いた本人、校長は口を押さえて上品に笑う。
「ふふ。君は、面白いな」
「光栄です」
皮肉で返す。
「やはり、成績が全てではないな。君のような面白い生徒が埋もれていたとは」
「ははは。過大評価はやめてください。僕は所詮、どこにでもいる一生徒ですよ」
「……うん。益々気に入った」
校長はそう言うとさっきまでのお堅い雰囲気を潜ませて柔らかい笑みを作る。
「小宮君。一つ質問だ」
「はい?」
「今回の件、君一人で解決できたのではないか?」
『!』
二人の会話の様子を見守っていた教師陣は校長発言に目を剥く。
「そこのところ、どうなのかな。差し支えなければ教えてくれると嬉しい」
皆の視線が小宮に集中。
「はぁ。買いかぶりすぎですね」
「……そうか。それはそう――」
「僕一人でも解決できたのは確かですが」
『!』
その言葉にあの校長までも驚く。
「まぁ、僕一人で解決をできたとして。今回以上に時間はかかり、最悪な結末を迎え。白石先輩や生徒会の皆を救えなかった可能性はあります。他の生徒が餌食にされていた可能性も拭えません。ですから、自分一人で行動をするではなく、他の助けを借りることこそが最善だった。個人の力など、知れている」
その顔はさっきまでの飄々とした少年の顔ではなく、自分たちでは到底図りし得ない物を体験してきたような達観した顔。
「……最善を取った結果皆助かった、か。君の取った行動は賞賛されるべきこと。また何かあったら、君の力を我々に貸してほしい」
「……何もないことを願いますがね」
「確かに」
小宮の言葉に苦笑をし。
「……僕でよければ力になりますよ」
「!」
「その代わり、僕たちが先生方に助けを求めたら、助けてくださいよ」
柔らかい笑顔を見せ。
「……当然だとも」
『……』
校長先生は心強く頷き。
続いて他の教師陣も。
「さ。私たちの話し合いはここでお終い。後は――若い物同士、ゆっくり話したまえ」
「ん?」
意味深な言葉を残すと校長たちは資料室を後にする。残された小宮は校長が口にした発言が理解不可能で困惑を拭えないでいた。
「慎也君」
理由がわからず戸惑っていると背後にあったロッカー近くから聞き覚えのある声が。
その声の持ち主は生徒会メンバーと既に帰宅したはずであり、いるはずがない人物。
「……白石先輩」
ロッカーの蓋から覗かせる白石の顔を確認して、校長の言葉を思い返した。
『それは私自ら請け負おう。君の情報はここにいる者以外に流出させないと固く誓おう』
はーん、なるほどねぇ。「この場」にいる白石先輩――今回一番の被害者の白石先輩は経緯を知っていて然るべきだと……あの校長も中々と食えない人だ。
違和感に気づかなかった自分の負けだと認める。
「やっぱり、慎也君だった」
「……なんだ、バレてたんですかね?」
「ううん。なんとなく。慎也君が助けてくれたのかなって」
「……女性の勘は馬鹿にできませんね」
ポリポリと頰を掻き。
「でも、すごいね。慎也君はどうやって剛田先生や須田君……が犯人だと思ったの?」
「……偶然ですよ。後は、海原先輩と交わした会話がやけに鮮明に耳に残った」
それは白石と男子生徒――須田が肩を並べて歩いていた時、海原が口にした言葉。
『ところで、さっきの言葉は……』
『あぁ、そのままの意味だね。穂希とあの男子生徒の間には友好以上の関係はない』
『それに彼は……これ以上は穂希にも悪いし個人のことだ。言葉は控えよう』
「不審者騒動」で忙しくなったある日、ふと海原先輩とのそんな会話を思い出した。
その違和感を払拭するべく、海原先輩に連絡して聞いてみたところ須田先輩は以前白石先輩に告白をして断られたことがわかり。
昔、まだ中学生の頃。当時付き合っていた女性に強引に関係を迫り男女間のトラブルを起こしたことがキーとなった。
須田が怪しいと睨んだ小宮はその近辺をクマの情報を頼りに探り、色々な偶然が重なり「不審者」と剛田の繋がりを暴いた。
後は簡単、相手の決行日に自分たちは合わせ、白石を確実に守れる陣営を立てるだけ。
相手がもう少し頭が回り、狡猾だったら自体は変わったのだろう。過ぎた話だ。
「そうなんだ。でも、すごいものはすごいよ。慎也君、探偵さんみたい」
「本職と比べないでくださいよ。まぁ、何よりも白石先輩が無事で、よかった」
「うん。私こそ、助けてくれてありがと!」
花が咲いたような素敵な笑み。
その表情を見れただけで報われる。
「どういたしまして。僕は当然のことをしたまでです。だって――」
悪戯っ子の表情を作り。
「――姉を守るのは弟の役目、でしょ?」
「……」
小宮の発言を聞いた白石は目をまんまるにして驚き、少しして理解して。
「ふふ。ありがと。弟君」
「!?」
自然な仕草で近くにいた小宮の顔をそのふわふわとしたお胸で抱きしめる。
柔らかく、感謝の念が伝わってくる心地よく暖かいモノ。今は相手のやりたいように。
・
・
・
「ぎゅー」
「……」
ちょっと、いや、かなり……長くないか?
白石に抱きしめられること約数分。
呼吸する空間は確保され、美人の先輩に抱擁されることは嬉しい。特にその大きなおっp――嬉しいが、長い、長すぎる。
「……あの、白石先輩?」
「……」
「先輩?」
「……」
「……穂希お姉ちゃん」
「何かな!」
「うおっ!」
「穂希お姉ちゃん」と発言をした瞬間、突如自分の体が自分の意思関係なく持ち上がる。目の前にはパァーと輝く白石の顔。
正直に言うと、なんか怖い。
「それでそれで、何かな何かな!」
「あ、えっと。もう終わりません?」
「ダメ」
強く、離さないと抱擁。
「……」
そうかぁ、ダメかぁ。なら仕方ない……とはならんやろ。
「いや、ほら。ここ学校ですし」
「なんで? 学校だとダメなの? 姉弟のスキンシップだし大丈夫だよ!」
謎の「大丈夫理論」を突き立ててくる。
「……って言うのは冗談。ごめんね苦しかったよね」
「え、えぇ?」
どうするべ?と考えていたら落ち着いた雰囲気に戻った白石の腕で降ろされる。
「どうかした?」
「あ、いえ。唐突な変わりようだったので」
「あぁー、弟君成分が満タンになったから」
「は、はぁ」
理解はできないが
「あ、慎也君」
「はい?」
「美咲ちゃんと文ちゃんの二人にもしフラれたら私が彼女になってあげるね!」
「……ゐ?」
やはり、そのこちらが予想のつかない突拍子もない唐突な発言に固まり。
「ふふ。本当に君は鈍感さんだね。この際、話しちゃう。隠すのは悪手だもんね」
後ろで手を組み、小宮の顔を覗くように。
「私、白石穂希は小宮慎也君のことが好きです。もちろん「結婚したい」の好きです」
頰を真っ赤に染め、微笑む。
「言っちゃった!」と悶える白石。そんな可憐な乙女の姿を見て。
「……」
なんだ。もう、なんだよ。
嬉しい。嬉しいけど。それは違うでしょ。
自分のこれまで行ってきた「フラグ」を立てないという行動が水の泡となり消えた。
「……二人にフラれたらって」
「慎也君のことは好き。でも、それと同じくらいに美咲ちゃんと文ちゃんのことも好き。二人の恋を邪魔したくない。だから、もし、二人にフラれることがあった時は私が君の「彼女」になってあげる!」
「それまではお姉ちゃんです!」と。
「……もう、好きにしてください」
「うん! 好きにする!」
諦め、少し皮肉げに語るも全てをポジティブに捉える白石には意味を成さず。
「校内限定だけど今の私は慎也君の彼女。実質、君の彼女じゃんね!」
こちらの腕を手に取り喜ぶ白石を尻目に、また面倒臭いことになったと、遠い目に。
その時ふと見た。
「あ、そうだ。皆、門の前で待ってくれてるみたいだから連絡だけ入れとくね」
そう言った白石先輩が取り出したスマホの近くで揺れるうさぎ型キーホルダー。
あぁ、あの時から、白石先輩は……。
少し間違っているもの心理に辿り着く。
「彼女候補」白石穂希、爆誕。
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