第24話 絢瀬慎也という男 禩
お屋敷と見間違えるほどの大きな土地を持つ「噂崎家」に招待され。
「お帰りなさいやせ、若。そして御友人方」
『『『お帰りなさいやせ!!!!』』』
紺のスーツ姿に身を包む180㎝はあろうかという巨人男が頭をきっちり90°下げて腹から挨拶をした。
それに続いてヤンキー達が装う特攻服、通称「とっぷく」を着たどう見てもガラの悪い男達が怒声のような挨拶をし、そのスーツ姿の巨人男と同様に頭を下げる。
総勢、100人はいるであろう人数の「挨拶」はそこに「威圧」や「怒気」などが含まれなくてもとても怖い。
『……』
予想通り、担架に乗せられた絢瀬とそれに付き添うクマの二人は硬直して動けない。
お、おしっこ漏らすところだった。こんなの見せられたら白昼ラブ男が霞んで見える。
「お前ら、絢瀬くん達を怖がらすなや!!」
二人の近くにいた噂崎が怒号を発す。
『『『す、すいやせんでしたぁぁぁ!!』』』
ガラの悪い男集団が急いで土下座。
か、カオスすぎる……。
その様子を見て素直にドン引き。
その後は、話もそこそこに緊張の糸が切れて気絶するように眠りについた絢瀬の治療が最優先ということで話しは纏まった。
病院、治療室も「噂崎組」で完備しているとのことなので問題ない。その時に「絢瀬の家族にどう伝えるか」と話し合いになったが、クマの「俺が根回しときますので大丈夫です」という発言で落ち着いた。クマは中学からの友人かつ、何度か家に招待していて絢瀬の家族も顔見知りなので安心できた。
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治療を終え、翌日
「――っう。いっつ。あれ、ここどこ?……あ、蓮兄の……体は痛むけど、生きてる……」
体の痛みを感じ、目を覚ました。自分に「痛み」があるという事実で「生」を実感できた絢瀬は泣いてしまう。
自分が寝ている部屋の廊下から誰かの足音が聞こえてきた。その音を聞き自分のこんな姿を人に見せたくないと思い布団を被る。
「――まだ寝てる、よな。無理もないか。昨日の状態からここまで回復したのが奇跡。ただ、私と……この子の命の恩人に一言お礼を言いたかったな。それは後で、か……」
「……」
女性の声が聞こえる。
もしかして、蓮兄のお姉さん? どうしよう。起きてるし、よし!
「あ、あの!」
「(ビクッ)」
「あ、驚かせちゃってごめんなさい。僕、起きてます。ただ自分の顔を見られるのが恥ずかしくて、布団を被ってます」
そんな答えになっていない発言をし、相手の反応を待つ――
「うわっ!?」
「――」
突然、自分の被っていた布団を引っ剥がされる。そこには黒色の着物姿が似合うとても美人な金髪のお姉さんが。
「君が……あの時は、助けてくれてありがと。君のお陰で私とこの子は生きてる。だから、そんな君も「死ぬ」なんて悲しいことは、言わないでくれ」
蓮兄のお姉さんは自分と同じく目元を鼻を耳たぶを真っ赤にし、泣いていた。
その時、よく耳を澄ませると他の部屋からも啜り泣くような声が聞こえる。
「え、えっと。僕は死にませんよ?」
情報の多さに追いつかず、状況についていけず、そんな言葉を返すことで精一杯だった。
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蓮兄のお姉さんと話をした後、やはり何も分からなかったものクマ、蓮兄の手を借り、蓮兄のお爺さん達が集まっているという会場?に招待された。
挨拶もそこそこに蓮兄のお爺さんと名乗る強面のお爺さんが口を開く。
「――話は、君の現状は全て聞いた。先に絢瀬慎也君。孫を、曾孫の命を救ってくれてありがとう。そして、今回の件、儂ら「噂崎組」の全面的な援助をさせてくれ。これは、儂からのお願いだ。頼む」
強面のお爺さんが頭を下げる。それに釣られて他の強面の面々も頭を下げた。
このお爺さんは
ただ、その話は嬉しいけど……泣いていることが気になって話が上手く入ってこない。
それはお爺さんに限らず、ほとんどの人が泣いている。
「え、えぇと……」
話しの件もあるけど、大人の人にこうも正面から土下座をされると……狼狽えてしまう。
そんな絢瀬に近くにいた蓮二が耳打ち。
絢瀬が白昼ラブ男からリンチを受けている一部始終をクマと蓮兄が別々でカメラで撮影していたらしく、その映像及び、僕が証拠集めとして使おうとしていた録音機の音声を自分が治療を受け、寝ている間に見て、聞いて自分のことのように悲しんでくれていたのだ。
やはり見た目で判断をするのは駄目だと思った。それ以上に「ヤクザ」の皆さんは情に厚く、普段なら温厚で優しい。
もらい泣きをしたのは仕方のない話し。
「絢瀬君。俺からも頼む。君は娘と孫の命の恩人でもある。それに、こんな話しを見過ごせない。親父の言う通り、俺らに全面協力させてくれないか?」
強面ではあるが、その中に紳士さが見え隠れする男性がこちらの顔を伺う。
この人は蓮兄のお父さんの
これも聞いた話だけど、なんでも噂崎家では「女性の不運」が多いらしく、蓮兄のお母さんとお婆さんは早くに亡くなっている。
今回はその不運で蓮兄のお姉さん、茜さんが亡くなると思い大変だったらしい。推察では茜さんとその他の若頭との出会いの時点でその負のスパイラルが完成されていたとか。
僕と出会ったことがきっかけでその連鎖が途切れたみたいだと言われたけど……現実味が湧かない。ま、もしかしたら僕の「不幸」とその「不運」が奇跡的に重なって逆に良い方向に進んだと……思ってしまったり。
正直、「幸運」なのは僕の方だ。
「それはとても嬉しいことなのですが、全面協力とは、一体どんなもので?」
「君の言う通りに動くさ。君の願いならなんでも、ね?」
「……」
その発言にやはり「ヤクザ」なんだと思い、冷や汗が背中を伝う感覚が。
「……冗談。「ヤクザ」と言っても常識的な範疇で今回は済ませるさ。君は裏の世界の住人ではない。だから、安心してくれ」
蓮兄と似た朗らかな笑みを浮かべ、冗談混じりに言う。
「コホン」
『!』
蓮兄のお父さんと話していると、近くから咳払いが。そちらを見ると蓮兄のお爺さんがこちらをチラチラと見ていた。
「すまん親父。任せるわ」
そう言って蓮兄のお父さんは目を瞑る。
「それで、絢瀬君。君はどうしたい?」
「……僕は――」
「どうしたい」、か。できるものなら奴らに「復讐」をしたい。この「怨み」を晴らしたい。同じ「苦痛」を味合わせたい。
「――「復讐」をしたいです。僕をここまでコケにしてくれた奴等を皆、後悔させたい」
「うむ。なら――」
「でも」
その一言で周りはしーんと静まり返る。
「「復讐」なんて駄目だよ。何も生まない。何も成さない。後悔させたいのは本当なんです。でも、自分が同じことをしたら……奴等と同類だ。だから、悔しいんです……!」
勝手に流れ落ちる涙を手で覆い訴える。
「合格じゃ」
「へ?」
そんな言葉が返ってくるとは思っておらず惚けた顔を向けてしまう。そんな絢瀬に玄蔵はニコッと笑いかける。
「うむ。言葉足らずじゃな。それが「普通」じゃ。ただそうさな、「復讐」は何も生まない。それは答えであり、間違いでもある。「復讐」は「復讐」をされてもいい奴がするものじゃ。例で表すなら……儂らとかな」
さっきとは別人のように砕けた話し方で皺が見え隠れする口を開けニカッと笑う。
「でも、ならどうすれば……これでは結局、泣き寝入りです」
俯き、体を震わせながら項垂れる。
すると肩に手が乗る。それは無骨だけどどこか暖かみがある手のひら。
「お爺さん?」
「まあ、おい先短い老人のたわ言だと思って聞いてくれ」
蓮兄のお爺さんはそう言うと語る。
「世の中には知らなくてもいいことや諦めてしまうことが確かにいっぱいある。だけどな、痛い目を見るのは皆、知らなく、立ち向かわなかった奴等ばかり。知ろうとしなかった奴が悪い。そう言われたら終わりだが……「白」なら「白」。「黒」なら「黒」。本当は「灰色」なんかが一番いいが、物事をハッキリさせなくちゃあいけない時がある」
「……」
物事をハッキリと。でも、僕にはそんな力なんてない。悔しいけど、僕には……。
「そういうのは儂ら――「大人」に任せな。君は色々と一人で抱えすぎだ。君の境遇だとそうならざる得ない状況だったのかもしれんが、もっと周りを頼りなさい」
「で、でも。皆さんに迷惑が……ぁ」
自分の気持ちを吐露した時、頭にその優しい手が乗る。
「「子供」のお前さんが
「……」
「大丈夫。君には儂らやクマ君がついてる。君には輝かしい未来が待っている。だから、「地獄」から抜け出さないと駄目だ」
「……」
それでも言葉が出ない。
嬉しい。嬉しい。こんな自分を信じて助けてくれる人がいることに。でも、こんな優しい人たちが――
「ここは一つ、棺桶に片足突っ込んでいるジジイに任せてくれんか?」
「……」
「そう、悲しい顔を作るでない。大丈夫。儂は当たり前じゃけど。皆が助かるやり方じゃ。君は幸せでなくてはいけない」
「助かる」その言葉を聞いて、スッと何か憑き物が落ちた感覚を味わう。
「……お願い、します」
そんな言葉が無意識に口から出た。
「うむ。あいわかった!」
またあの優しい笑みを浮かべる。
その後は凄まじいものだった。
『テメェら! やることは分かってんな?――カチコミじゃよ!!』
『『『おぉぉぉぉ!!!』』』
玄蔵の言葉にその場にいた男達は立ち上がり雄叫びの声を上げる。外でも話を聞いていたのか祭りの時のように盛り上がっている。
『正直、今までの人生の中で一二を争うほど胃が煮え繰り返る気分じゃ。なぁ、それはお前らも同じだろ?』
『『『当然です!!』』』
その一言に悠然と頷く。
『善良ある「子供」が辛い思いをして苦しんでんだ、悲しんでんだ。なのに奴等の所業はなんだ?――正しく「屑共」の所業。「恩人」なんて「他人」なんて関係ねぇ。「大人」の俺らが動かないでどうするよ!?』
『『『戦争だ!!!!!』』』
玄蔵の言葉に盛り上がりのピークを迎えた男達が怒声を聞かせる。
『……』
絢瀬とクマが二人でまた唖然としていると弘治が近づいてきて耳打ちをされる。
『ま、良い方向に動くから安心しな。君の情報はこちらも抑えている。ご家族やご友人には危害は加わらないだろう。それに、警察は動かないから安心しな』
『え、それって……』
「それってどういうことですか?」そう告げようとした時、弘治が顎をしゃくる。
『慎也君に害を成す害虫どもは「殺人者」「犯罪者」じゃ。同じ若者と重ねるな。奴等は徹底的に容赦なく、この世に生まれてきたことを後悔させるために儂らで裁く。これは「復讐」ではない――「制裁」じゃ!』
「鬼」のような形相の玄蔵を見て、「あぁ、警察も動けない情報でも掴んでいてそれを元に行動をするつもりなんだ」と悟る。
◇◇◇
それからは本当に早かった。
自分が「噂崎組」に匿われている二日間で呆気なくカタがついた。
運良く怪我も順調に治り、蓮兄のお姉さんの茜さんとお互いに砕けて話せる仲になった頃、それは起きた。
初め会った紺スーツ姿の男性、木崎さんとその部下さんが顔の輪郭が変わった白昼ラブ男、権田達数名を僕の目の前に連れてきた。
『慎也君、こいつらはこれでカタがついた。君の妹君の白昼ちゃんも若とクマ君が先導して保護。見た感じ外傷はないし変なこともされた様子もない。今はご家族のところにいるから安心してくれ』
『よ、よかった……』
安堵からため息が出てしまう。
聞かされた話。権田達、僕をリンチした親達の「汚職」が色々と調べて判明したそう。
当然親の仕事は強制退職。会社を経営していた親の会社は差し押さえ、倒産へ。他の家族が善良なら良かったもの、全員がこの場では言えないような危ない道に進んでいたらしく、「更生」の余地なしと判断した「噂崎組」は自由地で管理しているきつい仕事場で「強制労働」の刑とか……そのうち、権田達も家族がいるその場に送られることに。
転落人生マジ、乙。
『絢瀬様! 助けてください!! あなたが偉い人達との繋がりがあるなんて知らなかったんです。今後は心を改めますから!!』
そんなことを権田達は叫んでいたと思う。
ただ、木崎さんが言っていた通り「更生」の余地なしという言葉は適切だと知った。権田達のこちらを見る目は虚に「復讐」を誓う目だ。自分がそうだったように分かりやすい。当然の如く「謝罪」の言葉すらない。
それに自分はこいつらと一秒たりとも話したくなかった。だから――
『御愁傷様、ザマァ!』
そう今生の別れの挨拶をお見舞い。
その言葉に権田達は顔を真っ赤にしていたが、何もできず木崎さんの部下達に小突かれる。その姿が面白かったので吹き出した。
その後も何か言っていたが、もう出会うこともないだろうと思って忘れることに。
あとは、「大人」の世界の話だそうで聞くのはやめた。
そして、お次は「学校」。
学校の対処は本当に簡単だったとこちらも木崎さんが話してくれた。
まず、あの日の蓮兄とクマの動画。僕の録音音声でも十分な「証拠」となったがクマが知らずの間に色々と探っていたらしく、権田達の加担者。そして雪村君を突き飛ばし、僕に罪をなすりつけた犯人も見つかる。
どうやら加担者は自分のクラスの担任の先生と他数名。生徒指導の先生もそうとか。
『絢瀬君。本当に申し訳ない。いくら脅されていたとは言え君のような善良な生徒を傷つけるようなことをしてしまい……私は一生をかけて君に償いをしたい』
他の加担者から直接自分が話を聞いたが、皆権田達に脅されていたそうだ。
生徒指導の先生からはそんなことを言われたが、僕は聞く耳を持たなかった。
『えぇ、貴方方がしたことは立派な犯罪です。正直、僕は何度も自殺を図りました』
『『『――ッ』』』
その一言で周りは凍りつき、先生達は顔を青褪める。
『知ってますか? 自殺した人は逃げたんじゃない。逃げられなかったんです……今回の僕のように』
『『『――』』』
更に追い込むように話す。
その言葉についに項垂れてしまう。
『僕はこうして生きている。それは僕を助けてくれる人達がいて運が良かったから。僕は貴方達を憎いほど怨んでいます。だから許しません。でも、罪に問うことはしません』
『『『……』』』
その一言に唖然とする先生方。
『僕自身が「復讐」なんてやりたくないという理由もありますが……貴方達には今後、僕のような「生徒」が出た時に「助ける」ために「先生」をして欲しいんです。それが貴方達の「業」であり「贖罪」であり――「責務」です。自分がやった愚かな「罪」を
『『『……分かりました』』』
自分でも甘すぎるとは思ったけど、裁けなかった。裁きたくなかった。彼等には一生をかけて「罪」を背負ってもらうことにした。それは他の生徒や先生方もそうだ。
逃がさない。
逃げれない。
「断罪」するのは僕ではない。
過ちを犯した己自身。
その「罪」を、後悔の念を抱きながら――生き続けろ。
先生達は最後に深々く頭を下げると去っていく。木崎さん達は僕が決めたことということで黙認してくれた。
『絢瀬君、本当にありがとう。君は生徒の鑑だ!! 何かあればすぐに私に言いたまえ』
校長先生と教頭先生は今回の一連の騒動で解任を余儀なくされるはずだったが、僕の一声で中止にしてもらった。
それは、何も校長達を庇うつもりじゃない。この二人が解任したなんて話になったらこの中学で何かがあったと噂になり、自分が巻き込まれる恐れがあるから。
『勘違いなさらないでください。僕は貴方達を許してなどいない。この意味を加味した上で今後、生活してください。そして、僕は後数日でこの学校を去りますので、どうぞよろしくお願いします。先生方?』
そう吐き捨てると返事を待たずに後にした。
ちなみに雪村君に対しての「いじめ」は権田が煽動して、「殺人未遂」をなすりつけた犯人は権田と連んでいた小柄のガンを飛ばしてきたナリヤン。どちらももう成敗をしたも同然なので無視をした。
友人達は、もう関わりを絶った。
雪村君とは仲直りはしたけど、そのお父さんが頑固者でこちらの話を全く聞き入れなかった。それにキレた木崎さん達が動こうとしたけど、なんとか落ち着いてもらった。その件でお互い、険悪になり関係は終わる。他の面々はあの後も何も言ってこなかったので自分からもアクションは起こしていない。
あれほど自分を馬鹿にし、居ないものとして見ていたクラスメイトや周りの生徒、先生達の変わりようを見て――吐き気を覚えた。
早く、こんな学校、転校したい。
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