第23話 絢瀬慎也という男 惨



 放課後の校舎で適当にブラブラとしていたら、ターゲットは案外簡単に釣れた。


「――こいつ馬鹿か!! 性懲りも無くまた学校に来やがった。前回の噂崎の分も含めてお礼参りしないとなぁ、絢瀬ェェ!?」


 わざわざわ校舎から校舎裏まで連行した僕をいつものようにリンチへ……好きだね。


 以前あった名も知らぬガタイのいい男子生徒が叫び、僕のことを手加減せずに蹴る。


「うぐっ!?」


 無抵抗で後方に吹き飛ぶ。


「っぁ。あ、うぁ」


 地面に転がり、受け身も取れずその痛みで身動きが取れない。


「へへへっ」

「楽しまなくちゃなぁ」

「殴りがいがありそうだ」

「骨の一本や、二本。別にかまわねえだろ?」


 無様な姿を晒す自分の元に他の男子生徒達が黒い笑みを張り付けてやってくる。


「ま、待って! 僕はなんで君達がこんなことをするか聞きに来ただけなんだ!! だから痛いことはやめてよ!」


 体を震わせて、弱者を演じる。


「ハァ? なんでテメェが指図してんだ? あんま舐めてんと――沈めんぞ?」


 完全にチンピラと化した小柄な男子生徒が首を曲げ、凄んでくる。


「まぁ待て栗本。どうせこいつ一人じゃ何もできないカスだ。教えてやってもいいだろ」

「き、君達が何かしていたのか?」


 その二人の会話に食いつく。


「正解〜!!」


 馬鹿みたいに、いや現に馬鹿が自分の痴部を晒すように満面の笑みで語る。


「なんで、そんなこと……」


 その事実がショックで俯いてしまう。


「なんでもかんでもねぇ。ただお前、絢瀬が邪魔なだけだ」

「でも、僕は何も、やってないよ?」

「かもなぁ。だが言葉の通りお前の「存在」が邪魔なんだよ。殺したいくらいになぁ?」

「ヒ、ヒッ!?」


 その凄んでくる顔に怯える。


『『『ギャハハハハ!!』』』


 情けない姿を見せると男子生徒達はまるでDQNのように笑い出す。これで有名私立中学の生徒だというのだから……ワロエナイ。

 

「雪村達の近くにお前みたいな雑魚がいるのが目障りだから排除したいと思っていたのは本当だ。ただ、それが俺達の――いや、。俺はよぉ、お前の妹、白昼ちゃんが好きなんだよぉ」

「!」


 あ、危ない。反射的に「で?」と言い返しそうになってしまった。今は――迂闊なことは自分から話しては駄目だ。でも、白昼ねぇ……どうでも、いいよ。


 こんな性格になった自分に少し驚くも今までのことを考えると、仕方ない、と諦めた。


「兄として大切な愛しの妹を守りたいか? だが残念。白昼ちゃんの傷心した心は俺が癒してあげるんだゼェ!! その点お前はいい働きをしてくれるよなぁ」

「ぼ、僕が、いい働き?」

「おう。だってよぉ。お前は知らないかもしれないが……白昼ちゃん、お前のこと異性として好きだったらしいぞぉ? 今回のこともそうだが、兄妹だからわざと嫌われるように仕向けてたんだってさ。そんな傷心の白昼ちゃんを作ってくれてありがとさん。ああ、白昼ちゃんは健気だよなぁ」

「……」


 正直、その話を聞いて……鼻で、笑いそうに、なった。


「へへへ。ショックで何も言い返せないか。けど、最高だよなぁ。お前をいくら殴っても周りはお前がただ「喧嘩」をしたと思うだけ。ま、白昼ちゃんは俺が大切に可愛がるから部外者で嫌われ者は――消えろ」

「!」


 声のトーンが下がったガタイのいい男、通称「白昼ラブ男」が周りに合図を出す。


 周りの男子生徒達はやっと動けると各々楽しそうにこちらに下卑た顔を向ける。


「病院送りにならない程度に痛めてやるよ。知ってるか? 人間ってな。簡単に死なねぇんだ。だから、その体で証明してくれよ?」

「や、やめ――っ」


 ・

 ・

 ・


「じゃ、。また会えたらリンチお話しでもしましょう」


 白昼ラブ男は最後にそう吐き捨て仲間を引き連れて馬鹿笑いをしながら去っていく。


 もう、周りは暗い。よくもまあ飽きずにリンチなんてするよ。それに今まで誰も来なかったのが運がいいのか、悪いのか。


「……」


 顔面はアザだらけになり、額から多少の血を流す絢瀬は動かない。ただ「ピッ」という機械音だけがその場に低く鳴る。


「――あぁ、痛い痛い。額の血で目がうまく開けられないや。こりゃあ骨もいったかなぁ。まあ、収穫も沢山あったからよしとしよう」


 気味の悪いニヘラとした笑みを浮かべる。


「にしてもまあ、まんまと尻尾を出す。奴等が主犯格なのは確かだが、聞いてもいないことをペラペラと……他に何人居るのか。体しか張れないから、頑張りますか」


 「奴等はもう終わりだけど」と言葉を溢し。


「でも、どうするかな。当分どころか起き上がれる気もしないんだよなぁ。もしかして血を流しすぎて……死ぬ? まだ復讐の「ふ」の字も成せていないから今死ぬのは勘弁……それが、僕の運命なら受け入れるけど」


 そう口にし、目を閉じようとした時、誰かの足音が耳に入る。


 またあの馬鹿連中か?と思い目を開ける。その暗闇の中にいる人物は――


「絢瀬」


 先のガタイのいい白昼ラブ男よりも体格のいいまるで熊――クマその人が立っていた。


「あ、お久。元気してた?」


 何事もなかったかのように挨拶をする。そんな態度に対しクマは怪訝な顔を浮かべる。


「お前は、それでいいのか?」

「久しぶりの友人との対面で挨拶もなしかよ〜あ、人間ってそんな簡単に死なないらしいよ、知ってた?」


 能天気に話す言葉を無視してクマはのしのしと歩み寄る。


「お前、このままだと本当に死ぬぞ?」

「だから?」

「――っ」


 そこで初めて無表情を貫いていたクマが驚きの表情を浮かべた。


「そんくらい自分の体だから知ってる。でも、それって運命だろ? 花や虫、動物と同じ。人はいつかは死ぬ。それが早いだけ」

「……お前が、亡くなったら悲しむ人だって居るはずだ。家族、知人――」

「悲しまないよ。だって絢瀬家は僕の本当の家族じゃないから」

「は?」


 驚愕を通り越して困惑な表情を浮かべるクマに対して淡々と無表情で真実を伝える。


「つい最近、知ったことだけど。どうやら僕の親は絢瀬家ではないらしい。ま、今更どうでもいい話しだけど」

「だから、死んでもいいと?」

「あぁ。僕が居ると周りは「不幸」になる。現にそうだ!! 君だってそうだ。僕とこれ以上関わらないほうがいい」

「……」


 クマはその風貌に似つかわしくない悲しそうな、寂しそうな表情を作る。


 君は最後までそんな顔をしてくれるのか。でも、僕はそれだけで満足だ。君のような「友人」が最後までいただけで……。


「これは僕の問題だ。君が関わる義理はない。「地獄」に行くのは僕一人で十分だ」


 遠ざけるための言葉を選び口にしていた。これで去ると思った矢先、浮遊感が襲う。


「……」


 首根っこを掴まれ、持ち上げられる。


「……なんの真似だ?」


 持ち上げられてもなお、その死んだ魚のような目はやめず、クマを睨みつける。


「「復讐」をしろとは言わない。が、やられっぱなしで悔しくないのか? お前は散々痛めつけられ、侮辱され、馬鹿にされ、尊厳を失わされ……悔しくないのか?」

「離せよ」

「いいから答えろ。お前は馬鹿でもそんな腑抜けではなかった」

「離せって、言ってるだろ」

「なあ、絢瀬慎也。それがお前の本心なのか?」

「……」


 校舎裏にクマの声だけが虚しく響く。


【白昼ちゃんは俺が大切に可愛がるから】


「! これは……」


 突如鳴り響く機械音。

 録音の音声を聞いてクマは目を見開く。

 よく目を凝らしてみると絢瀬の手に黒色の機械が握られている。それは微かに震えて。


「……悔しい、悔しいだと? 悔しいに決まってるだろ!! だからこうして自分を囮に録音機なんか使って奴等の証拠を残したんだよ! なんか文句あるかよ! あぁ!?」


 大粒の涙を流しながらクマに訴えるように叫ぶ。その体は悔しさからか震えている。


「ざっけんな馬鹿やろう!!!!」


 その咆哮は校舎内に甲高く響く。


「あぁそうだ、悔しい。僕をここまで貶めたあいつらが憎い。周りで加担したくそどもが憎い。傍観者を決めていた被害者面の奴等が憎い。憎い憎い憎い憎い――この怨みで人を殺せたらどれだけいいか……ッ! でも、僕にはそんなことができない。いくら、この気持ちを偽っても、無理だ。無理なんだ……僕は弱い。誰よりも、情けないほどに……」


 涙を流しながら俯く。


「大事な妹だって助けたい。いくら血が繋がってなかろうが助けたい。学校のみんなだって、家族のみんなだってそうだ。また前のように仲良くしたい。本当の僕を見てほしい。一人はやだよ。居場所が、ほしいよ……死にたく、ないよ。ねぇ、クマ……助けてよ」


 首根っこを掴むクマの手をその傷ついた手で逆に握り返し、懇願するように。その手は冷たくとても弱々しい。


「任せろ」


 ただ一言、クマは慰めの言葉も何もないただ平坦な声でそう答える。


「その話、自分も一枚噛ませや」

『!!』


 二人の他に遠くから聞こえる声。


「よ、また会ったな」


 そこにはいつしか助けてもらった先輩の姿があった。


「せ、んぱい?」

「おう。先輩や、と。酷い有様やな……少し無粋かもしんけど話は聞かせてもらたわ。ま、安心せい。


 以前と変わらない柔らかく優しい笑みを浮かべ、そう告げる。


「……貴方は?」


 ただ、初対面のクマはその先輩を信用していないようで地面に優しく下ろした絢瀬を庇うように立つ。


「おお、こっわ。これは怖いなぁ。本物の熊と対峙した時でもこんな、怖くなかったわ……ま、それだけ君は――を助けたいんだな」


 嘘か本当か取れぬ言葉だが、なぜか真実味が高い発言。


「僕の名前を……」

「ん。助けるにはまずは情報から。君を助ける上で色々調べさせてもらたわ。そのせいで助けるのが遅くなった。ごめんな」

「なんで、僕なんかにそんな」


 そこで先輩はニコッと笑う。


「可愛い後輩のいじめを見て見ぬフリができないってもそう。ただまあ、あとは――このあと話そうか。絢瀬くんも限界やろ?」

「う、はい。実は、さっきから、視界が」

「絢瀬!? なぜ早く言わない! いや、今はそんなことよりも迅速に救急車を――」

 

 絢瀬の言葉に怒号を放つクマだが、急いで携帯を取り出し、救急車に電話をかけようとするも、次に聞こえるのんびりとした口調の先輩の発言に驚愕することに。


「問題ないで。すでに

『は?』


 その発言に二人仲良く聞き返す。


 少しして数人の足音が遠くから聞こえてくる。どうやらその「救急隊」とやらがきたようだ。人数は三人で二人が担架を持ち、もう一人が救急道具箱と輸血する道具一式を持ってやってきた。


「さ、時期救急車も来るから。まずは応急処置やね」

 

 先輩は淡々にそう告げた。


『……』


 二人は終始唖然としていたが。


 

 ◇◇◇



 救急車内



 なんとか輸血が間に合った絢瀬は今も血を蓄えながら救急隊員の指示通り安静にしている。そんな絢瀬に付き添うクマ。


「いやー、一命取り留めてよかったよかった。ほんま」


 輸血が間に合った絢瀬を見て先輩は朗らかに笑う。


「それで、色々と聞きたいところですがまずは貴方の名前を聞いても? 俺は二年の熊本雅史と言います」


 律儀に中学の学生証も提示するクマ。


「おお、これはおおきに。俺は噂崎蓮二うはさきれんじて言うねん。「噂崎」でも「蓮二」でもなんでも呼び方はええで。ちな、君のことを絢瀬くんと同じでクマくんと呼んでも?」

「かまいませんよ。俺は噂崎先輩と。それよりも、って……」

「ご想像通りやね。ま、着いたら分かる」

「……そうですね」


 そう言われたクマは安易に今から向かう場所について聞けなかった……。


「あ、僕は蓮兄って呼んでいいですか?」

「?? かまへんけど、なぜ兄?」

「んー、僕の兄像が蓮兄だから?」

「すみません噂崎先輩。こいつたまにおかしなことを言うので気にしなくて大丈夫です」


 そこにすかさず入り込み、クマが謝罪を行う。


「ははは、そんなかしこまんといてええよ。俺はどんな呼び方でも歓迎や。兄と思ってくれるなら尚更嬉しいねん」

「そう、ですか。気分を害していないなら」

「まったく、クマは心配症だなぁ。蓮兄はおおらかな人だから大丈夫。

「……むう。そうか」


 その発言が聞いたのかクマは何も反論はしなかった。


「あ、それで蓮兄。僕を助けてくれた理由ってなんですか?」

「あぁ。それなんだけどな絢瀬くん。君、ここ最近誰か助けんかったか? 女性とか」

「えーと、うーん」


 救急隊員に輸血をされながら考える。


 助けた? 女性? 誰か、この頃は色々ありすぎて――あ。


「金髪のヤンキー」

「は? お前は噂崎先輩に喧嘩でも売ってるのか?」

「て、違う違う。僕が助けた……と思う女性だよ。その人も金髪のヤンキー系だった」

「そんな古典的な」


 またしょうもない適当なことを言ったと思ったのか少し訝しんだ目を向ける。


「そん人、変わった服着てなかったか?」


 ただ、噂崎だけは真剣だ。


「あ、はい。なんか、こう、特攻服って言うんですかね。ピンク色だから今でも鮮明に覚えてますねぇ」


 目を瞑り、以前の記憶を辿りながら話す。

 

「ビンゴ。それ、


 その話を聞き終えた噂崎がまたこちらを驚かせる言葉を口にした。


「え、蓮兄のお姉さん?」

「……」

「そうや。その辺は本当は調べてすでに分かっていたんやけど、本人の口から直接聞いとくてね。にしても、腹ん中に子供居るってのに「昔の付き合い」と会うって特攻服着てバイクで出かけた時は驚いたけど……君のお陰でどちらとも……無事や」

『……』


 また衝撃な事実を聞き、二人はお互いフリーズ。


「だから絢瀬くんは俺の、俺達噂崎一族の命の恩人や。そんな後輩がいじめに遭ったって聞いたら……

「せ、戦争。あの、蓮兄。二人が無事なのは僕も嬉しいけど、蓮兄ってちなみに?」


 少し聞きづらそうにだが、確かに聞いた。隣にいるクマは終始首を振っていたけど。


「ん? ま、要は「」やね。「噂崎組」つってうちの爺っちゃが聡組長で親父が組長。俺が若頭やね。この街でも他県でもその権力は凄まじいから大船に乗った気でいるとええで。ただ、「ヤクザ」って言い方が今だと古いって言うから……「大地主」?ってのがしっくり来るかもな」

『……』


 そしてまた訪れるフリーズタイム。


 今も「ま、姉貴が「噂崎組」を継ぐ予定だったけど、他の組の若頭とデキ婚で嫁ぐつもりが……その旦那が夜逃げしたとかで今は未亡人や」「その若頭は今頃海の海蘊だと思うけど」。そんな聞いてもいない情報もさらっと笑いながら流す。


「安心せい。絢瀬くんは命の恩人だし、クマくんはその友人だ。取って食うようなことはせえへん。上客の接待をさせてもらうわ」


 周りに流れる微妙な雰囲気を察したようでカラカラと笑いながらそう告げる。


「わ、わー。嬉しいなぁ。ね、ね、クマ?」

「う、うむ」


 二人は乾いた笑みを貼り付け、この後の展開に一抹の不安を抱く。

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