第22話 絢瀬慎也という男 弍


 ◇



 先輩に救われてから数日、普段と同じ生活に戻れた。


 あの他クラスの生徒達からは暴力を振るわれることなくその負わされた傷も癒え。だからもう終わったものだと自分で決めつけた。


 それが思い違いだと知ることに…‥。


 ある日、中学に登校し教室に入るなり違和感を感じた。それは本当に「気になる」くらいの少しの違和感。

 教室内は少し慌ただしく、それでも見た感じ変わりない。それでも感じる自分に視線が向いているような感覚。


『? おはよう〜』

『『……』』


 特に気にすることなくいつも通り教室中に聞こえるように元気よく挨拶をしたつもりだった。

 しかし誰からも挨拶は返ってこない。いつもならすぐに返ってくる。なのに今日はそれどころか……。


『ねぇ、あれって』

『うん。うわぁ、最悪』

『そんな人だと思わなかった』

『終わったね』


 ひそひそ声が周りから聞こえてきた。

 それは誰に対してか雰囲気的に察した。 

 皆、自分に向けて口にしてるのだと。


『……』


 自分もいい気分になれず、挨拶を返さないならいいやと思い、そのまま自席に。


『慎也』

『!』


 席に腰を下ろす前に聞き覚えのある声が後方から聞こえた。


『雪村君!』


 そこには茶髪の髪を綺麗に整えた男性アイドルと遜色ない容姿端麗な顔立ち。スタイルも何処ぞのモデルを印象づける男子生徒が立っていた。

 この男子生徒は小学校からの友人であり、数少ない男性の友人の一人、雪村誠二ゆきむらせいじ


 他の友人二人とは違って同じクラスということもあり、よく一緒に行動を共にする。


『おはよ! 今日はなんだか教室が騒がしいね〜』


 友人の登場に嬉しくなり、普段通りのノリで話していた。でも、すぐに友人も少しおかしいことに気づいた。


 あれは、教科書?


 雪村は片手にボロボロになった教科書を持っていた。


『それ、どうしたの? かなりボロボロだけど……』

『……これを見てくれ』

『あ、うん』


 こちらの返答には答えてくれず、そのボロボロになった教科書と一緒に持っていたであろう便箋のような紙切れを手渡された。


『……これ、冗談、だよね?』

『……』


 その紙切れに書かれている文字を見て驚き、渡してきた雪村君の顔を見るも首を横に振るだけ。


【チヤホヤされて嬉しい? 可愛い美女を二人も連れて楽しい? 雪村君、君、目障りだよ。僕の邪魔をしないでほしい。次、調子に乗ったことをしたらこれだけじゃ済まないから。            絢瀬慎也 】


 紙切れにはそんなことが書いてあった。僕の字と似た汚い書き殴りのような文章で。

 ただ、これが原因で朝から雰囲気がおかしいのだと理解した。


『俺も、慎也がこんなことをする奴ではないと分かっている。でも、本人に直接聞いてみたかった。すまない。気分を害したよな』


 雪村君は罰が悪そうな顔を浮かべ、頭まで下げて謝罪をしてきた。


『う、ううん。僕だってこんなことされたらいくら友人でも問いただすよ。だから気にしないで! それより、先生に言った方がいいと思う!』

『そう、だな。そのうちこんな馬鹿なことをした犯人は出てくるだろう。二度目だが、疑って悪かった』

『問題なし!』


 お互い許し合い、その話しは先生に伝え、一応の注意喚起がされたことで終わった……と思っていた翌日。


『ちょっと絢瀬! やっぱりアンタが雪村君に嫌がらせしたんでしょ!!』

『え?』


 翌日、教室に登校すると同じクラスの女生徒達に連行され、自席へ。

 そこには雪村君の他の教科書が切り裂かれ無惨な状態で置かれ、愛用していた和英辞典もマジックのような黒色のシミだらけで読めなくなっていた。


『こ、これは……』


【忠告無視、ご苦労様。次は昨日以上のことをやると言ったよね。ま、僕より劣る君にはこの教科書達がお似合いさ。あぁ、横で嘲笑うなんて最低なことはしないさ。僕達、友達だもんねぇ?        絢瀬慎也 】


 震える手でその昨日と似た紙切れの文書を読み終わり、友人の顔を見た。


『……』


 何も言わないけど、とても悲しそうな顔をしていたことが印象的だった。


 その日は雪村君とまともに会話をできず、クラスメイト達ほぼ全員に「謝れ」と言われ続けクタクタとなった。

 担任の先生にも「謝りなさい」と言われた。僕はその時も「何もやってません」としか言うことはできなかったけど、昨日の一件もあり、誰も僕の話など聞いてくれない。


 ただ、その日は最悪なことにこれだけで終わりではなかった。


 五時間目の移動教室の際、皆が教室を後にしてから僕は一人で移動教室先に向かった。


『っ……違う道、行こう』


 遅く教室を出たはずなのに前方の廊下に女子生徒達に囲まれて苦笑を浮かべる友人の姿が見えたから今鉢合わせるとお互い気まずいし、女子達に何か言われることは分かりきっているので迂回した。

 迂回する時にまだ時間もあったことでトイレに寄ってからゆっくり向かう。


『キャッーーー!!?!!?』


 突然女子生徒の甲高い悲鳴が聞こえた。


『え、なに?』


 驚いたが状況が上手く掴めないことから、その先……階段へダッシュした。


『! 雪村君!?』


 そこには沢山の人だかりができていて、階段の下にグッタリと横たわる友人の姿。


 その姿を見て周りの目など気にせず、すぐに友人の元へ向かった。


『『『……』』』


 なのに、その場にいた生徒達全員は僕の行手を阻むように廊下に立ち塞がる。


『……ッ』


 その迫力にたじろぎ、後方に一歩下がる。


 そして、最悪なことに一人の女子生徒が僕の顔に指を刺して、叫ぶ。


『アイツ! アイツが雪村君を背後から押した!! 私はこの目で見たから!!』

『は?』


 その言葉に意味がわからなく唖然としてしまう。


 その後、色々と一悶着はあったもの雪村君は一命を取り留めて保健室で休んでいる。正直、その知らせを聞いて心底ホッとした。そしてそんな僕は――


『本当の話しを聞きたいな。絢瀬君、君は雪村君を階段から突き落としたのか?』


 周りの生徒の話しを聞いた近くにいた先生が生徒指導室に連行し、詰問を受けて。


『だ、だから。僕は本当に知らないんです! 移動中に雪村君は見かけましたけど、何もしてないです!!』

『周りの生徒達は皆、君だと証言しているが?』

『!! だからと言ってなんで僕なんですか! 証拠はあるんですか!!』


 叫ぶが、目の前の生徒指導の先生は眉一つ動かさず、椅子に深く腰掛ける。


『周りの生徒達の発言が何よりの証拠だ』

『そんなもの、嘘かもしれ――』

『雪村君も、君だと言っているが?』

『嘘、だ……っ』


 その一言で何も言えなくなり絶望から俯いてしまう。


『……彼は君らしき小柄な人物に背中を押されたと言った。ただ、君のような小柄な生徒であの近くにいたのは君ぐらいだ。それに――君こそ、自分の無実を証明できる証拠はあるのかね?』

『……ない、です』


 もう、そう言うしかなかった。


 その後も昨日、今日の雪村君に宛てた手紙?についても詰問された。

 もう面倒くさく、嫌になった僕は全て「自分がやりました」と自白した。


 その日から「普通の生徒」「金魚のフン」から見事ジョブチェンジし「人殺し」「悪人」というレッテルが貼られる。

 怪我をした日があったことから、どうせあの日も悪さをしたか喧嘩をしたかで怪我を負った自業自得の馬鹿ということで「不良」という安易なネーミングが付いた。


 迷惑をかけた人や、雪村君の自宅に両親と一緒に謝罪をした。雪村君のお母さんは優しく許してくれたもの、お父さんは。


『許せるか! 君みたいな不良少年がうちの誠二と遊ぶのを金輪際許可しない! 今後、この家の敷地も跨ぐな!!』


 と、怒鳴られ。


 両親にも「自分の子供の躾くらいしっかりとしろ」とお灸を飛ばす。


『最低。気持ち悪いです』


 そう、以前までは仲がいいと思っていた雪村君の妹である茉里まりちゃんに白い目を向けられる。


 両親にも怒られ、妹との仲も悪くなった。その後、僕は人と関わることを自分から避けるようになり、慎ましく、誰の迷惑にならないようにひっそりと暮らした。


 なのに。


 「以前からいじめをしていた」「いじめをされた」「女生徒の体操着を盗んだ」「隣町のスーパーで万引きをしていた」「歩道橋を歩いていた老婆を押した」などなど。根も歯もない噂が飛び交った。

 普通だったらそんなもの信じるに値しない馬鹿馬鹿しい内容で捨てられるもの……僕には「前科」があったことからそれらは全て真実と捉えられ、厳重注意を受ける。


 そして、ある日の放課後。あれから会話をできなかった友人達に再度、自分のせいで学校がおかしくなったことを一応、謝罪として一つ詫びを入れようとした。

 皆同じ生徒会だから簡単に探せた。ただ、面と向かって話せる勇気が出ず、廊下でもじもじしていると、中から声が聞こえてくる。


『――雪村さんも災難ですわね。今後はわたくし達も彼の標的になっている恐れがありますので、自衛はしっかりと致しましょう』


 伊集院さんが冷たい声でそう告げる。


『絢瀬君のこと好きだったんだけどなぁ。正直今の彼は無理、かな? 気持ち悪いもん』


 普段の純粋無垢の雨宮さんとは思えない小馬鹿にしたような発言。


 女子の友人の中でもわりかし仲がいいと思っていた雨宮さんと伊集院さんの辛辣な発言を聞いて、もう皆とは居られないと思った。

 実は雨宮さんには中学入りたての頃「告白」を受けた。その時「あまり分からないから」という曖昧な理由で断った。そんな「好き」と言ってくれた女性に「気持ち悪い」と陰で言われ、女性が少し怖くなった。


 「クスクス」と聞こえる笑い声から逃げるように学校を後にした。


 あぁ、こうして考えてみるとこの時から僕は――


 ・

 ・

 ・


「――夢、か。朝から嫌なものを見た……最悪」


 寝起きの頭で昨日のことを思い出し、気分が悪くなるも、重い体を起き上がらせる。


 備え付けの時計を見たらまだ朝の6時半。ただ、それが好都合だと思って……楽しい楽しい学校に登校することに。


「……お願いだから、今日は悪さを起こさないでね?」

「……」


 家を出て学校に登校する際、そんなことを言われるも無言。


 昨日のこともあるが、もう、うんざりだった。なぜ何もしていない自分が「悪者」で。なりすましをして悪さをしている奴が「普通」に暮らしているのか信じられなかった。


 今までのこと、そして家族のこと、全て含めてどうでも良くなった。


 そして、そんな何もできない自分は――


「……死にたいな」


 そんなことを日々思うようになっていた。


 学校なんて行っていない。

 行くフリをしてるだけ。

 行く宛てもなくただ、歩く。


 それが僕、「絢瀬慎也」の日常。


 どうせ学校に行っても「いじめ」に合うだけ。この間、久々に学校に顔を出したがすぐに後悔した。自分の席はなく、椅子の上に花瓶に入った花が添えられていた。

 周りはその様子を見て「クスクス」と嘲笑を浮かべ笑うだけで、注意を入れなくてはいけない教師すら無視をする始末。


「……馬鹿馬鹿しい。自分があんなことを平然とできる奴等と同じ空間に居たと思うだけで、虫唾が走る……死ねよ、クソが」


 地面に転がっていた小石を蹴り飛ばし、虚しくなる。


 河川敷の原っぱに座り込み、流れの緩やかな川を眺める。その目は虚で何も写さない。

 自分の格好は中学の制服で目立つが、もう、そんな些細なこと気になどしていない。


「……迷惑なんて、もう気にしない。どうせ僕は他人。誰も気にしてないでしょ。それに、いらなくなったら切り捨てればいい。働き口があれば、あんな中学すぐにでも退学するのに……義務教育だし……」


 テレビや新聞で少し知恵をつけて自分の今後の人生を考えていた。

 ただ、どうせ「無理」だと感じた。ちっぽけな自分一人じゃ何もできない。


「……やっぱり、手っ取り早いのが自――」

『ガッシャーン!!!!』

「!!?!!?」


 何か、口走ろうとしていた時、騒音が鳴り響いた。


「……事故?」


 立ち上がり、その騒音が聞こえた付近を見る。自分がいる河川敷の土手から五メートルほど離れた橋でバイクが一台横転していた。その先に金髪の女性が倒れている。


「……他の人が、どうにかするでしょ」


 そう思ったが、この周りは人通りが少なく、周りには自分以外誰もいない。今日が平日なことも合わさって尚更。


「……あぁ、くそっ」


 立ち上がり、ポケットに入れていた携帯を握り締め、駆ける。


 ・

 ・ 

 ・

 

「……金髪、それになんだ、この洋服、これって特攻隊とかの……ヤンキー」


 横たわる女性を前にして及び腰になる。


 ただ、その時ある優しい先輩の顔をなぜか思い出した。


「……見た目なんて関係ない。僕を助けてくれた先輩がそうだったように。今は、この女性の人命救助が優先だ!」


 と言っても、処置のやり方など分からなかった。だから、車道から歩道側に女性を動かす。なるべく相手に負担をかけないようにゆっくりと。横転していたバイクは重くて動かせそうになかったので放置。


「……息はしてる。けど、頭の傷が……そうだ、救急車」


 ようやくその発想に辿り着き、持っていた非常用の携帯で急いで救急車を呼ぶ。


[……はい。今、〇〇町の〇〇橋で倒れている女性が。はい。息はしています。でも、頭から血が、はい。お願いします!!]


 なんとかしどろもどろになりながらも伝え切る。その時、初めて自分が「私立」の中学校に通っていてよかったと思えた。


「……救急車も来るみたいだし、安心だ。あ、このままここにいたら僕が学校をサボってるの……バレる、よね……」


 そう思っても放っておけなかった自分はその場で5分ほど女性を見守り、遠くからサイレンの音が聞こえてきたらすぐに立ち去った。


 別に人を助けたいなんて思ったわけじゃない。ただ、その場に助けられる人が自分しかいなかったから動いただけ。見返りなんて求めてない。逆に、関わらないでほしい。自分と関わると――「不幸」になるから。


 周りがそうだったように。


 その助けた女性のことはなるべく頭の中から消すように専念して、徘徊を開始。


 その時、たまたま風の噂で聞いた話だけど、自分はここ一瞬間くらい続けて学校に顔を出していないのに、が悪さをしているらしい……アホか。本当に、笑えてくる。それを信じる奴等もほんと、救いようのない……馬鹿ばかり。あぁ、あぁ、もう……。


        ピキッ


 その話を聞いて、自分の待遇を鑑みて……何かが折れた感覚を覚える。そして考えが色々と変わった瞬間でもある。


「何を躊躇ってるんだ、僕は」


 無意識に足を踏み入れていた廃施設の崩れかけの柱に手をかけ、独り言。


 周りから見れば己は「悪」だ。ならば、狡猾になれ、残忍になれ、逃げ腰になるな。死んでもいいと思ったのだろ。どうせ天涯孤独の身「地獄」に落ちても悲しむ人はいない。


「――待ってろよカスども。陥れてくれたクズども。見ぬフリをしていた傍観者ども。加担したゴミども。不幸なんて生ぬるい。全員まとめて――「地獄」に落としてやるよ」


 その死んだ魚のような瞳に狂気的な「殺意」を滲ませる。


 己が「悪」になろうと「復讐の鬼」になろうとそう誓った。

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