第32話 お賃金をください
「――店長、注文の――」
二週間前の記憶を思い出しつつ、仕事中だということを思い出し厨房に戻った際にオーダーを受けた注文の数々を丁寧に告げる。
「ありがとう。じゃあ、次は二番択のテーブルの片付けを頼もうかな」
少し小太りであるものその内面から溢れでる「良い人オーラ」が隠しきれていない中年男性が朗らかに対応。
この男性が喫茶「鷲見白」の店長兼鷲見白比奈の父親、
「かしこまりました」
店長に言われた通り行動に移しつつ、厨房の中を除いた。そこには数名の調理担当バイトが何人かいるくらい。
どうやら今は副店長兼奥さんの
「あ、小宮君ちょっと待ってくれ」
「はい?」
厨房を後にしようとした時、声をかけられたため振り向く。
「君のお陰で喫茶「鷲見白」は繁盛している。前よりも大変だけどこれはこれで嬉しい悲鳴さ。突然で悪いけど、ありがとね」
フライパンを置き、こちらに満面の笑みを向けてくれる。
「そんな……でも、少しでもお役に立てているなら嬉しいです」
「メイド服」を着た少年は微笑む。
小宮が「メイド服」姿で接客をしているのは鷲見白の母親である真依の趣味。
『小宮君や、小宮君や。君はお賃金が欲しいんだよね? なら――』
「メイド服」を着て働けば賃金を上げる……と悪魔のように囁かれ……脱腸の思いで受け入れた結果。
それが功を成したかは知らないが、小宮が「メイド服」で「慎ちゃん(笑)」として働き出した時から客の入り数が通常の二倍、三倍と膨れ上がり……。
噂が噂を呼び、喫茶「鷲見白」を知らなかった青南高校の生徒やその他の街の住民達(お客)で店内はいつも満員御礼に。
調理と接客スタッフの人員を雇い、なんとか店を回している。小宮は主に客寄せ――接客担当だがたまに調理もこなす。
実は「慎ちゃん」はこの喫茶「鷲見白」の有名人――「名物」になり、小宮目当てで来るお客もいるほどに。
そんなことを知りもしない小宮は今日も今日とて「賃金」のために働く。
働く前、数日間は毎日が覚えることや教わることで一杯で大変。それでも仕事に慣れるとやり甲斐が生まれ、楽しくなる。
それとは別で中には変なお客もいるのでその対応はいつも面倒くさいと思うことも。
「あ、あの。店員さん。お仕事が終わったら一緒に……ど、どうかな?」
指示通り二番拓のテーブルをせっせと片付けていると背後から男性の声が聞こえ。
横目で見ると小太りでスーツ姿のサラリーマン然とした男性が荒い息を吐いてこちらの体を舐め回すように見ている。
考えた側からこれだよ。
こういう営業妨害をする
「――申し訳ございません。就業時間もまだありますし、そういったことは当店では行っていませんので」
お客はお客なので作業を一旦止め、丁寧な口調を心掛け、深くお辞儀をしマニュアル通りに対応をして帰ってもらう。
僕が欲しいのは「お○ん○ん」ではなくて「お賃金」だ。なんで「男」の自分がこんな台詞を使わなくてはいけないのか……。
就業中に「ナンパ」をされること。それだけが「女装」の難点。
「う、じゃ、じゃあ。連絡先だけでも」
「――失礼致します」
男性の言葉を無視をして作業に戻る。
「こ、こっちが下手に出ていれば――」
その対応に頭に血を上らせた男性が周りなどかまわずに小宮の手を強引に掴む。
「痛っ」
顔を顰め、痛がる――フリをして。
「――女性に危害を加える悪い「大人」は貴方?」
その男性の手はいつの間にか現れた黒い笑みを携えた美春の腕により止められ。
「な、なんだよ!? ふひ。じゃ、じゃあ貴女でも……あ、あぁ……」
男性は腕を振り払い抗議するも、美春の美貌と肢体を見てターゲットを移すかと思われたが、美春の背後に立つ殺気立つお客達の顔を見て青ざめ後退りをする。
「正直、貴方のような人は迷惑なのよねぇ。こちらは法的処置を取っても良いのよ?」
「なっ。これだけでそんな……」
「これだけ?」
「ひっ!?」
美春の氷点下を超える低い声を聞き男性は怯み、悲鳴を上げ。そんな男性に黒い笑みを通り越し「闇」を携えて詰め寄る。
「店内で店員さんへの妨害は歴とした「業務妨害罪」。それに、貴方今この子に手をあげて「痛い」と言わせたわね? それ「暴行罪」に該当するわよ?」
「ぅ、うう。わかった。俺が悪かっ――」
「ダーメ」
男性の言葉に被せるように満面の笑みで。
「だって、もう警察を呼んでるもの」
「なっ――?!」
宣言通りその後直ぐに駆けつけたパトカーに乗った警察官数名が現れ、美春や他のお客の事情聴取の末男性は呆気なく御用に。
小宮も警察に色々と聞かれたもの慣れているので無難に事実を話し解放された。
実は、こういった事例は今まで何度もあり日常茶飯事になりつつあった。
「ありがとうございます」
「皆様ありがとうございました!」
騒動が収まった後、ご迷惑をおかけしたお客に店長と共にお礼のため頭を下げる。
「問題なし」
「慎ちゃんが無事でよかった」
「捕まって当然」
「私達の神聖な慎ちゃんに触れた罰」
「慎ちゃんに触れる
文句ではなく労いの言葉がかけられる。その中に少し不穏な言葉が紛れている感じはするが指摘はしない。
・
・
・
「私はこの後用事があって帰らなくちゃ行けないの。この頃この近場で「不審者」や「ストーカー」を見たとか物騒な話題が多いみたいだから気をつけて帰ってね」
お会計の際に美春から耳打ちで聞いた。
「……はい。分かりました。美春さんもありがとうございます」
「いいのよ。じゃ、またね――慎也君」
「……またの御来店をお待ちしております」
会計を済ませた美春と別れ、就業時間の午後7時まできっちり働いた。
・
・
・
就業時間も終わり帰り支度を終え。
更衣室の扉を開けた時、茶髪をストレートに伸ばす高身長美人の女性がそこにいた。
「あ、慎ちゃ――じゃなくて慎也君、今日もありがとね。これよかったら食べて」
その美人、鷲見白先輩のお母さんの真依さんに袋に包まれたクッキーをいただいた。
「わ、ありがとうございます!」
「いいのよ〜」
手渡されたクッキー袋を受け取りお礼を伝えると鷲見白先輩と似た朗らかな笑みが返ってくる。
「そうだ、主人から聞いたけど明日は用事があるんだっけ?」
「はい。明後日以降はまたシフトを入れているので顔を出します。あの、今日はご迷惑を……」
「いいのいいの。お客様が悪いんだし小宮君が謝る必要はないわ。それよりも明日小宮君がいないことが悲しいわ」
泣くふりをしてこちらの様子をチラチラと伺ってくる。
「えっと、鷲見白先輩が?」
「うん。小宮君と仕事ができるって比奈が喜んでいたのよ」
「これは本人には内緒よ?」と口に人差し指を当て伝えてくる。
「ほらあの子頭はいいし運動神経はいいけど……背が低いのがコンプレックスだから。近しい小宮君といると落ち着くんだって」
「まー、僕も似たようなことを言われたことありますし僕も鷲見白先輩は話しやすくとても頼りになる先輩だと思っています」
「じゃあ、あの子を彼女に――」
「自分、「彼女」がいますので」
そこだけはキッパリと断る。
約束をした手前、その本人と恋仲になるなどもってのほか。
「ぶー」
頰をリスのように膨らませる様は人妻だと分かっていても可愛らしいと思う。
「こらこら、小宮君をあまり困らせるんじゃない。けど俺も小宮君がいないと寂しいな。君は喫茶「鷲見白」の星であり、俺達の「家族」も同然だからな」
「……ありがとうございます」
その言葉が嬉しいものどうにも照れ臭く顔を伏せ、頰を掻いてしまう。
「娘には伝えとくから小宮君は遅くなる前に帰るといいよ。この頃何かと物騒だからなぁ。帰り道気をつけるんだよ?」
「分かりました、と。これはただの興味本意で聞きますが、「物騒」とはここら辺で何かあったのですか?」
美春にも似た様なことを言われたこともあり、気になり聞いていた。
「俺も詳しく知るわけではないけど、近頃この近辺に不審な人物が徘徊していたらしくてね。もちろんそれは目撃者の勘違いの可能性も捨てきれないけど、夜は暗いし用心をするに越したことはないよね」
「そうですか……ありがとうございます」
鷲見白夫婦と別れの挨拶をして帰宅へ。
・
・
・
「不審者かぁ。鷲見白先輩、今日も生徒会だろうし帰る際に気をつけてくれるといいけど……まぁ、あの人の場合心配無用かな。それよりも明日の……白石先輩との件だよね」
明日に控える――先輩との"お出掛け"に思考を移す。
明日は、あることがきっかけで生徒会の先輩、白石穂希と出掛けることに。
「――本当は秘密にしないで伝えるのがベストだけど……こればっかりはなぁ」
本来なら「彼女候補」の美咲、文、美春達三名に「他の女性」と二人で休日に出掛けることを伝えるのが筋が通り常識……なのかもしれない。しかし今回はあくまで「秘密」にすることが最も重要である。
「……相談事と言えば、クマや蓮兄だけど。美咲達にリークされる恐れがあるし……ここは一度試したかったあそこに――」
期待と緊張、不安が織り混ざった面持ちで帰宅に着く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます