第53話 大人の役目



 白石が須田にB棟体育倉庫に呼ばれる前。


 それは数時間前まで遡る。



 ある人物により招集された大人たち。


『お前さんらも――慎坊。いや、小宮慎也君に頼まれてきた身かね?』


 B棟体育倉庫が見える教室で待機していた教師、一色の元に二人の男性が訪れた。


『木崎と申します。慎也君の知り合いであり、今日呼ばれた意味――己のけじめをつけるために訳あってこの場に来ました』


 紺色のスーツを着込む巨漢の男性、木崎は物腰低めで一色相手に丁寧に挨拶をして。


『これは丁寧に。わしの名は一色と申す。青南高校で教師をしておるよ。そちらさんは?』


 木崎と軽く握手を交わした一色はもう一人、灰色のスーツを着込む男性に声を掛け。


『……ご挨拶遅れました。私の名前は生駒いこまと申します。こういった者です』


 灰色のスーツ男性、生駒は軽く会釈をし、胸ポケットから取り出した名刺を手渡す。


『!! 何処かで見た顔だとは思ったが、よもや貴方が……』


 生駒と名乗る男性から受け取った名刺を見て一色は目を見開く。木崎は一人、割り込むことなく二人の会話を耳にして。


『お互い、肩書きなど今は忘れましょう。私たちは彼に呼ばれた。なら、その意味を理解した上で、役目を全うしましょう』


 初め感じた人を寄せ付けない雰囲気を消した生駒は人の良さそうな笑みを二人に向け。


『……そうじゃの。しかし、慎坊はどれだけ顔が広いのか。これだと木崎さんも』

『ははは。俺は普通ですよ。そこの生駒さんほどではないです』

『む、そうか。詮索も、よくないか』

『助かります』


 三人は小宮の知り合い同士ということもあり、すぐに意気投合し作戦の役割を決める。


『時間になったらまずわしが「戸締り」という体で倉庫に向かう。なんとか穏便に話し合いで済ませたいところじゃが……』

『慎也君の情報通りではそれも厳しいでしょうな。それに、相手が相手。は簡単に自分の非を――悪事を認めるような輩ではない』

『『……』』


 木崎の話す内容に二人は思うところはあるもの、深く追求することなく。


『相手が野蛮に、暴力で解決を望んだ時は木崎さんに任せましょう。何、裏にどんな存在が居ようと――


 眼鏡をクイッと上げ。


『秩序を守るために私は動く。自分が信じる「教師」を遂行する。それが彼のために――少しでも償いになるのなら』


 俯き、眼鏡を曇らせる。


『ま、気楽に行こう。慎坊のことじゃ。わしらを此処に集めた時点で「勝てる」と見込んでるのじゃろう。彼は、そういう子じゃ』


 生駒が作り出した空気を変える。


『他にも根回しをしている。彼を敵に回したくない。それを実感している己が一番。いや、生駒さん。貴方が一番……』

『もう、。私は誰かのために。一生徒のために、闘うと決めた』

『……そうか』


 作戦も、意思も固まった大人たちは自分たちの「役目」を務めるべく動く。


 それ以上の言葉は、不要。


 ・

 ・

 ・


 だいぶ日も落ちた夕暮れ時。


 光が灯るB棟体育倉庫内にて一人の男が――木箱を抱え悪どい笑みを浮かべていた。


『――は、ははは。これで生徒会の女は俺の物――ッ!?』


        ガチャ


『電気がついてる……誰かいるのか?』


 男が息を潜める中、懐中電灯片手に一色が倉庫内を調べる。


『ん、そこにいるのは……剛田先生?』


 一色が向けた懐中電灯の先には木箱を抱き、体を縮こまらせる男性教員の姿。


『あ、あ。一色先生でしたか。こんばんは。夜分遅くに、巡回ですか?』


 一瞬怯み顔を歪ませるが、立ち上がり不審感を抱かせないため微笑み会話を繋げ。


『そうじゃが……剛田先生は?』

『それがですね……今日昨日と野球部うちの部員たちの道具の片付けが汚く、疎かだったため顧問として整理――』

『今は「不審者」が出たとかで全部活停止期間じゃが?』

『そ、そうでした、ね』


 やんわりとした指摘に対し、剛田はあからさまに動揺を見せ目を泳がせる。


『まぁ、よい。一つ聞きたいのじゃが、剛田先生が持っている……その木箱はなんじゃ? わしは見たことがないのじゃが?』

『あ、あぁ! これですか! これは野球部うちの部員が学校に余計な物として持ってきたガラクタを入れたただの物入れです』


 言い訳としては無難なものを提示。


『そうだったか。しかし、なぜわしに見せない? 生徒から没収した私物や落とし物はわしの管轄じゃが?』


 生徒会顧問であり、中間管理職でもある一色叟は流されず、逃がさない。


『そ、それは、あの……』


 あたふたとしだす剛田を見てため息。


『ふぅ。今日は遅い。その木箱はわしが一旦預かる。剛田先生も早く帰りなさい。わしも早く見回りを終えて帰りたいからのぅ』


 自分も早く帰りたいというアピールを入れつつ剛田に近寄る。


『……なんの真似かね?』


 木箱を我が子のように抱え、こちらを睨み付ける剛田に対して不審な目を向け。


『……この際だ。俺は一色――爺のことをよく思ってなかった。この学校に長年いるとかなんかで威張りやがって。俺のことを、俺様のことを下にみやがって……っ』


 突如、豹変する剛田。


『……』


(案外、素を出すのは早かったのぅ。しかし、此奴のことは話題として上がっていた。早目に結を出すべきであったか……)


 目の前の剛田を他所に自分の失態に嘆く。


『澄ました顔しやがって。そうだ。お前は老害。もう歳だ。不運で――亡くなることだってあるよなぁ? これはだ』


 ブツブツと何かを自分に言い聞かせ、持っていた木箱を天高く上げ。


『……何をする気じゃ?』

『気にするな。これはただの事故だ』


 こちらの質問に答えることなく、目の焦点が合っていない剛田は木箱を――


『救いようのない、愚か者じゃの』

『黙れ! 死ねぇェェ!!!!』


 ――一色の脳天目掛けて振り下ろす。


『ふんっ!』

『ごっふ!?』


 すでに周りの状況など気にも留められなかった剛田は目撃者一色を亡き者にすれば助かると安易な気持ちで行動に移す。

 背後に忍び込んでいた木崎の存在など知らず、容赦のない回し蹴りを脇腹にモロに喰らい吹き飛び、投げ出された木箱は転がる。


『一色さん。大丈夫でしたか?』


 剛田に回し蹴りを入れた木崎は剛田のことを特に気にすることなく安否を確認。


『ありがとう。問題ないよ』


 一色は好々爺とした顔で。


『き、貴様。俺にこんなことして、タダで済むと――うっ!』


 怨みの矛先を向けられた木崎は答えることなく、躊躇せず倒れ込む剛田の背中に乗る。


『なぁ、。俺の顔を見て思い出せないか?』

『な、何を……あ、あぁ』


 その声を聞き、顔を木崎に合わせた剛田の顔はみるみるうちに真っ青に染まり。


だよ。たく。まだこんなくだらねぇことしてたのか。お前ももういい大人だろ。少しは学習しろ』

『……』


 何も返せないのか、その場で震える。


『――さ。ターゲット――剛田勝の拘束は済んだようですね。では手短に進めましょう』


 倉庫内の騒動が一段落ついたことを確認し、足を踏み入れた生駒は木崎により拘束される剛田の元に歩み寄る。


『剛田勝。未成年による性的暴行及び恐喝。情報捏造、書類偽造……それに当たる数々と、まだまだ色々と罪状はある。それは警察の皆さんによって「法」の元に裁かれるでしょう。私が行うことはただ一つ』


 生駒は掛けていた眼鏡を外し、その顕にされた冷たい目線を剛田と合わせる。


――生駒敬一いこまけいいちが告げる。剛田勝を今日付で教員免許剥奪に加え、永久に懲戒免職と処す』


 名刺――『教育委員長』の証を翳し。


 そこにはあの日、あの時、小宮慎也――を自分の都合だけで陥れた『生徒指導の先生』――生駒は存在しない。


『あ、あぁ、あぁぁ』


 逃げることのできない状況。言い訳のできない反論の余地がない現状に項垂れ、ただ己の行為に悔い、肩を落とす。


 「不審者騒動」


 その元凶である剛田勝の確保は完了した。

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