第31話 教会の話
怪異があるなら悪魔もいる。言葉の定義の話をするなら、怪異の中に悪魔もいる。人間に害を成す超常現象及びその化身と怪異を定義するならば。
教会とは、悪魔祓いの専門家である『エクソシスト』たちの組織である。
理想の高い人間はどこにでもいて、その中の一人が真善美の具現たる唯一の神を思い描いたことが始まりで。一人で思えば妄想だが、二人が頷けば噂となり、三人も信じれば――そんな、怪異の発生と同じような経緯を辿って生まれ落ちたのが、唯一神と呼ばれるようになる存在だった。
唯一神は人間を愛し導く神であり、人間を堕落へと誘う悪魔を退けるものであると定義された。故に唯一神はそう成って、時を重ねることによって更なる力を得た。そうなってくると手が届かない場面も増えてきて、それを補うために天使が生み出され、天使でもどうにもならなくなった時に『エクソシスト』が作られた。
彼等は、人間でありながら唯一神の手足として悪魔を祓う者である。そうと作られた当初は、真善美の体現者として聖女や聖人と崇められていた。やがて数が増え、何代もの時代を経て、そうして今、ここで乱闘騒ぎになっている。
「魔王の男娼が!!」
「はッ、その男娼に口で負けたのは誰だ!?」
一対七、数だけ見れば圧倒的不利にも関わらず、その一人は嗤っていた。見た目だけで語れば、十代の少年――身ぐるみを半ば剥がされて、全身擦傷打撲傷。だがしかし、彼を取り囲む七人の方が余程重傷であるため、この場では最も軽傷だ。
魔王の男娼と罵られた彼の『エクソシスト』としての名前はエイジア=リーブラ。五百と幾年かを教会所属の
その罪こそ先々代大聖女の殺害。否、正しくは大聖女に庇われた罪といえるだろう。遥か昔、エイジアは悪魔祓いの最中、当時の大聖女であったアンジェ=マリアによって致命傷を肩代わりされてしまった。その傷が原因でアンジェは死に、エイジアが一人生き残ってしまった。
大聖女の死の原因となったエイジアは、その時より山羊として生きることを義務づけられた。他の『エクソシスト』によるエイジアへの攻撃は全て正当化される。悪魔と戦う彼等の負の側面を一身に受け止めることが、エイジアの償いとされたのだ。
「お前らが言うように、口でのご奉仕は得意なんだ。次はどこを咥えられたい? 利き手の指か? それともその股座で縮こまってる小さな小さな一竿か?」
過去にも、山羊となった『エクソシスト』は存在した。その『エクソシスト』は山羊としての役目を果たしていたが、やがて心を病んで神へとその魂を還した。或いは、山羊であることの痛苦に耐えられず悪魔へと魂を売り渡した者もいた。山羊として指名されるということは、婉曲な死刑宣告なのだ。
だがしかし、エイジアは違った。そもそも、大聖女が『エクソシスト』として未熟だったエイジアを随伴させていたのは、その強靭な精神が理由であった。すぐそばの悪魔に囁かれながらも、『エクソシスト』として揺らがなかった、その魂の在り方こそを評価してのこと。だから、エイジアは過去の山羊たちとは違い、今も生きている。
「おい、何をしている」
「うわっ!?」
「狂犬卿だ!!」
低く、暗い声。それまで口々にエイジアを罵り、暴力を振るっていた『エクソシスト』たちは散々に逃げ出す。それは声の主がエイジアの監督者であることと、何より――『エクソシスト』たちを統括する『カーディナル』が一人、マキナ=エクスの悪名が故に。
顔の半分には火傷の痕、儀礼服の下に隠された体にも無数の古傷が走っている。悪魔よりも悪魔じみた凶相に、筋骨隆々、獣のような男。それが、マキナの外見だ。しかし、彼の悪名はその見た目だけが理由ではない。
悪魔に妻子を殺されたマキナは、全ての悪魔を憎んでいる。だからこそ、悪魔を殺せるかそうでないかが彼の中の指針となっている。悪魔を殺せるならば山羊でさえ使うが、そうでないならば。
「もう二、三口くらいは食い千切ってやりたかった」
「つまらん人間相手に消耗するな、仕事だ」
「仕事以外でオレに声かけることとかないもんな」
「そうか? ……そうだな」
べっ、とエイジアが吐き出したのはさっきの男たちから噛み千切った肉片。口の周りを彩っていた血を乱暴に拭い、手に着いた血をマキナの服の端へ擦りつけ――ごん、とエイジアの脳を縦に揺らす衝撃。
つむじにマキナの拳を受けたエイジアは、大袈裟に頭を抱え、だらだらと文句を並べつつ歩く。マキナは、エイジアの随伴を当然のこととして、仕事先へと向かっていった。
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