第13話 人魚の話
隼人は『サイコメトラー』である。物体に宿る思念を読み取る超能力者。隼人はこの異能のため、直接人や物に触れることができない。
隼人はいつも手袋をしている。
百合は大学一年生の頃、街中でタチの悪いナンパを受けていた所を■■に助けられた。■■にとっては些細なことだったのだろうけれど、百合にとっては正しく運命の出会いだった。
何せ百合は『シャーマン』だ。神々の意志を受け止める器――その性質はよくないものを次々と引き寄せる。悪縁、悪人、悪心、悪口。百合の視る世界はいつも薄汚れていた。
だから、そんな百合を助けてくれた■■は、運命の王子様なのだと百合は確信した。王子様を見つけたからには、泡になって消えたりしない、絶対に。
そう思った百合のアプローチは、百合を守るローレライの意志と呼応して、ストーカーと呼ばれるような形となった。もし■■が百合の想いを受け入れてくれないならば、きっと殺してしまおうと――そう、思い詰めるくらいに。
「……百合」
「隼人……?」
「そんな薄着だと風邪を引くだろう」
自室の窓際で転た寝をしていた百合を起こしたのは、隼人の声。百合の名を呼び捨てする時に、毎回動揺して掠れるその声は、百合にとって何よりも愛しい音だ。
部屋に置いていた毛布で包まれた百合は、百合の手を額に当てて体温を探っている隼人を眺めて薄らと笑った。いつも着けている手袋越しでは体温がわからないからと、隼人が始めたこの行為もまた、百合にとって愛しいもの。
「指先が冷えてる。何か温かいものを飲むか?」
「いいえ、冷えるのは仕方ないから……深海は、冷たいもの」
「だからといって冷やしたままでは体によくない」
毛布の端を伸ばし、手先まで包まれた百合は大人しく座ったままでいる。隼人は急ぎ足で部屋を出て、間もなく、湯気を立てるカップを持ってきた。
「ココアだ」
「……ありがとう、隼人」
「どういたしまして」
毛布から手を出し、包むようにカップを受け取れば、指先がじわりと温かくなる。その温もりに、ローレライが歓喜し――愛しさを、喜びを、歌う。
それは、感受性が高くなければ聴こえない神秘の歌。遥か昔は寂寥と孤独を歌い通りかかった人間を沈めていたローレライは、百合の心に呼応して祝福を歌い続ける。
百合は勿論、隼人にも聴こえている。何せ、二人とも感応力が高い異能持ちだ。だがしかし、その反応は正反対で――百合は穏やかに微笑み、隼人は決まりが悪そうに目を逸らした。
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