第14話 記憶の話
■■は、
父はあまり子どもに興味がなかったらしく、遊んでもらった記憶や何かをしてもらった記憶というのはそう多くない。そんな少ない記憶の中で最も印象に残っているのは、父と二人で買い物に出かけた時の一言だ。
「■■は楠だけれど、万寿は違うからなぁ」
その言葉の意味を知ったのは、随分後のことだったけれど。その時の父の口許が、あまりにも歪で恐ろしかったから、■■はその言葉の真意について直接聞くことができなかった。
聞いていれば、何か変わったかもしれないし、何も変わらなかったかもしれない。
隼人の異能は、触れた物体の記憶を読み取るだけではない。不可視の防壁を構築したり、何もない所に点火したりできる。これらは超能力者としての異能であり――更に、隼人は魔術擬きが使える。
擬きというのは、それが正しい魔術ではないことを指す。隼人は、隼人を護っている神々に協力を仰ぐことでその神々の力を借りることができる。契約も何もない、本職の魔術師から見れば危険過ぎて論外なそれ。
「シモクノマカミ!」
名は体を顕す。隼人の影からどろどろと這い出した異形の白狼の群れは、ぎゃうぎゃうと吠えながら実体化し、無言のまま急降下してきた天使に喰らいついた。
天使、と便宜上そう表したが、今回隼人に襲いかかってきた天使は意志も何も持たない形骸である。唯一神によって創られた天使の中でも最下級、唯一神の敵を探し出して殺すために生まれた存在。
無論、最下級とはいえ人間がどうこうできるものではない。天使とは、唯一神が掲げる真善美の代行者。罪人如きに敗北するなど許される訳もない。そういう風に、創られている。
だから、隼人はシモクノマカミに助力を乞う。シモクノマカミは山神であり、唯一神が定める善悪を無視できる存在だから。
数の暴力で天使を引き裂き、その骸を喰らう白狼たち。骨まで残さず、その存在を自分たちの贄として定義し直し塗り潰す。隼人が実体化させているからこそ、捕食の様に見えるが――それは、神々による己が存在を賭けた概念戦であった。
「まずい!」「とてもまずい!」「まずい!」
「いつもすまないな、今度叉焼を作ってやるから」
「ちゃーしゅー!」「おいしいやつ!」「いつ!?」
「いい豚肉が買えたらだな」
毛を逆立てて文句を言っていた白狼たちは、ころっと態度を変えて尻尾を振る。隼人はそんなシモクノマカミに苦笑いを溢しつつ、その顕在化を解いた。
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