第12話 天使の話
白い翼を持つものが必ずしも天使だとは限らない。
ライアー=ベッグは堕天使である。白髪赤目の少年に、黒い翼が生えた姿。鏡の世界を支配していて、鏡面があれば自在に移動することができる。
ライアー=ベッグは孤独であった。そもそも堕天使とは天使の群れから弾き出された異分子である。彼は遊び相手が欲しかった――友達が、欲しかった。
■■がライアーの友達になったのは、幾重もの奇跡の成れの果て。以来、ライアーは■■の守護堕天使となり、■■と共に過ごしてきた。
「むー……」
「どうした? あそぶ? あそぶ?」
「いまはそんなきぶんじゃない」
足元でころころとはしゃいでいる異形の白犬たちを避けながら歩くライアーの表情は険しい。全く、隼人は頑固で意固地で、困ってしまう。
元々、隼人は百合に対して負い目がある。それは、隼人にかかっている呪いを解くために、百合を利用したということだ。しかし、これは因果が逆転していて――百合は、隼人を呪いから解放するという名目で、彼女自身の本望を叶えたのだ。
だから本当は、隼人が百合に対して申し訳なく思う必要はない。だから真実、隼人は百合を愛しても問題ない。だというのに、隼人と百合は互いに同じ方向を見ている癖に、見ているものが違うのだ。
「こら、いまはそんなきぶんじゃないって!」
「あそぶ! あそぶ!」
ライアーの脛に向かって軽い頭突きを繰り返す白犬たちに業を煮やし、羽搏くライアー。その体は軽々と浮かび上がり、窓から外に出ればもう白犬は追ってこれない。
いっそ憎々しいくらいの青空。日本では中々見れなかったこんな空も、イタリアではよくあるものらしい。ライアーはばさりばさりと翼をはためかせながら、その円い頬を膨らませた。
隼人は、愛という言葉を怖がっている。それは、愛とは名ばかりの束縛を、呪いを、受け続けた結果だ。隼人にとって愛とは全てを壊すものであり、真っ当な意思を捩じ伏せるものであり、大切にしている相手にこそ向けてはいけない感情だ。
なんて、ばからしい! ライアーはぎゅっと眉間に皺を寄せた。隼人が恐れているそれは愛ではなく執着であり、本当の愛情というものはもっと優しいものなのだ。
例えば、自分と隼人の間だにある友愛とて愛の一つ。隼人と父の間にある親愛もそうだ。どうして隼人ばかりが苦しまなければならないのか、ライアーにはわからない。
目を開けば、やはり憎々しいくらい青々と透き通った青空が広がっている。いつか、いつか。隼人が何に怯えることもなく――愛を、与え与えられる関係が築ければと、ライアーは柄にもなく願っていた。
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