第24話 死番の話
夕暮れ時のグラウンドで、一人の野球部員が投球練習をしている。その顔はどこから見ても逆光になっていて見えないけれど、にこにこと、優しそうな笑みを浮かべていることは判る。
彼はあなたを見つけると、とても嬉しそうな声でこう言ってくる。けれども、その誘いに乗ってはいけない。何故なら、その誘いに乗ってしまえば最後、どうしたって逃げられなくなるのだから。
「なぁ、野球しようぜ?」
「お断り申す」
「センセイはいつもそれだよなぁ。可愛い生徒のお願いなんだ、聞いてくれたっていいだろ?」
「これっぽっちも可愛くねェよ」
「あはは、照れ隠し?」
「鳥肌がやべェな」
キブレの目の前で乙女ゲームの爽やかワンコ系同級生ムーブをかましているのは、
「で、何か用?」
「まぁ用事っちゃ用事ですが。グラウンドから入ってくる霊能力者を見逃すな、怠慢が過ぎるだろ最近」
「見逃すなって言われても、見えてないから仕方ない」
「仕方なくないな? その目は節穴で?」
「霊能力者が本気で隠れたら見えなくなるんだよなぁ」
「は~!? 見えろよ!!」
「ムチャクチャなことを言う」
頭を掻きながら困ったように笑っているバッターは、その顔の大部分が見えないことを除けば立派なスチル的絵面である。このまま告白イベントが始まっても不思議ではない。
「いや不思議だが? 止めろ鳥肌から羽根生えるぞ」
「鳥肌ってそんな感じの仕組みだったっけ?」
「兎に角、霊能力者を通すなって話ィ!! お前のイイとこなんて問答無用の即死野球しかねェんだからさァ!?」
「そんなことないぞ。アリスから、素直に命令に従っている間はとてもいい子って言われたんだから」
「間は」
それはいい子ではないのでは? という至極当然の疑問を抱いたキブレだったが、ツッコミを入れてもどうしようもないことなのでそのままスルーした。実際、バッターは彼のアリス――黄昏の少女の命令に従っている間は、模範的な女王の尖兵である。
「次に霊能力者を素通りさせたらグラウンド縮小するからな」
「えー!?」
「えーとか言える立場かお前、見張れる範囲が少ないってんなら見張れる範囲内まで狭めるのが普通だろうがよ」
「範囲じゃなくて感度の話なのに?」
「解ってンなら自己開発でもしてろや!!」
「センセイはセンセイなのに生徒に対してそんな卑猥な話を」
「いやオレもちょっと意図はしたけど改めて言われると腹立つな」
「理不尽極まりない」
「ここはオレの巣なんでね、多少はね」
店子は大人しく大家の言うなりにしてろ、というのがキブレの主張である。そんなキブレに対して、やれやれと肩を竦めたのはバッターの方で。
「センセイがうるさいから気を付けてはみる」
「はーん!? 自分の怠慢を棚に上げて!? オレがうるさいから!? ……まぁ声のボリュームには自信あるけども」
「あるんだ」
「小声でぶつくさしても誰も聞いてくンないからな!!」
特にお前!! とバッターの帽子を指差すキブレ。ぱん、と弾き飛ばされた帽子の下、バッターの頭は――半分割れて欠けていて、その中身は、ダラダラと溢れ落ちていった。
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