第25話 模型の話

 黄昏の少女に圧倒的な暴力と暴虐を振るわれて接収された……ではなく、とんでもなく強くて怖~い悪霊キブレ様が棲家を持たない怨霊を憐れんで恵んでやったがために、いつだって夕暮れ時の廃校である。目を刺す橙色、赤色、紅色、朱色。



 だから、外を歩く人間の姿は、とてもよく目立つ。



 顔と半身に包帯を巻きつけている男子生徒の悪霊としての名は、理科室の生体模型という。略称は理科室であり、故に彼は理科室から外に出ることができない。

 ならばどうやって人間を殺すのかというと、釣りである。理科室は、自分の顔が整っていて、そこに憂いを乗せることで特に女性を釣り上げやすくなるということを知っていた。

 だから、理科室は理科室の扉に程近い場所で、小さく掠れた声を上げる。そうして相手の警戒心を削ぎ、良心を擽るような台詞を吐くのだ。


「……怪我をしていて動けないんだ、助けてくれないか」

「お断り申す」

「何だ貴様か、失せろ邪魔だ」

「オレが用事あって来てンだよ」


 とはいえ、良心の欠片もない悪霊、具体的にいうとキブレに通じる訳もなく。青筋を立てたキブレは理科室の扉を乱暴に蹴り上げた。がたん、と音がして開いた先には半眼の理科室。


「貴様がいると人間が来ない」

「心配しなくても校舎の中に生きてるさんはいねェよ」

「じゃあ特に用事もないから速やかに失せろ」

「オレが用事あるってんだろが」

「俺にはないから速やかに失せろ」

「無限ループすンな出来の悪ィAIか?」


 はー! と盛大に溜め息を吐いたキブレは、理科室の扉を固定してから話し始める(固定しておかないと閉められてしまうので)。


「最近、こう……何か、髪が長くて……左手に指輪した人間の女とか殺さなかった?」

「そもそも髪の長い女だったら俺たちが何かする前にあれが拉致するだろう」

「宿直室を真っ先に調べたけど死体がなかったから」

「なら迷宮入りでは?」

「お前らが嘘ついてなかったらな」

「無意味な嘘はつかん」

「えー……ンじゃあどこで死んだァ……? プールの水抜くとウサギがキレるからあんまやりたくねェな……」

「その女がどうかしたのか?」

「何かバチギレしてる霊能力者がこっち来ようとしてて……恋人? 奥さん? がここで殺されたとか何とか」

「来たいのなら通してやったらどうだ?」

「ヤだよ一直線でオレ狙いじゃん、理科室に放り込んでいいならそうするけど」

「男に興味はないな」

「清々しく最低」


 どちらも人間を殺すタイプの悪霊なので目糞鼻糞の差だが。


「保健室送りにしたらどうだ?」

「それこそヤだよ、女の死体見つけたらソイツと繋ぎ合わせて趣味悪ィ感じのオブジェとか作りそうで」

「それはわかる」

「だよなァ~、アイツ呼んだの誰? 訴訟するぞ」

「自分で自分を訴えるのか?」

「弁護士も裁判官も全部オレ」

「悪夢か? ……違う失せろ、邪魔だと言っただろう」

「久々に会話して楽しかったくせに」


 キブレのテンポに乗せられて会話に付き合わされていた理科室は、仏頂面で扉を閉める。用事が終わっていたからか、それはすんなり閉じたが――


「さて、と」


 理科室は、机の下に隠していた髪の長い女の死体を引き摺り出した。その左手薬指を改めて見れば、きらきら輝く宝石が嵌め込まれた指輪が一つ。

 無意味な嘘は吐かないが、ごまかしたりはぐらかしたり、しらばっくれてみたり。何せ理科室は黄昏の少女に従う兵の中でも特に悪辣なのだ。主人でもない他人に対して誠実である筈もなかった。

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