第46話 狂気の話

 獣の爪が、唯一神の化身たる幼子を貫こうとするも、光の盾によって阻まれる。容易く天使を屠った、怒りの感情を乗せた一撃も、唯一神――数多の人間から信仰されている、真善美の象徴に対しては無力だ。



「いやだからオレの獲物を全部強奪してく感じなのか? 凄まじい強盗だわ、訴えたら絶対勝つぞ」



 自らを生み出した神への反逆なんて、如何にも神話じみた戦いの横でぼやくエイジア。ベヘモットとマキナが融合して生まれた獣は、先刻のエイジアとアンジェのように、唯一神へ勝ち目のない闘いを挑み続けている。客観的に見ればなるほどあれは無謀だった、とエイジアが納得するくらい、それは絶望的な戦いだった。

 エイジアは思考する。自分はアンジェを殺すために教会にきた。それは自身の手ではないながらも果たされた。不愉快である。それはそれとして自分はあの獣(エイジアもあれがマキナの成れの果てだとは察していたが、ワンチャンそうでない可能性を残すためにこう呼ぶことにした)に助けられたらしい。不愉快である。

 不愉快な時はどうするか――その原因を叩きのめす。しかし、原因である獣は真意がどうあれエイジアを助けた。やはりどう考えても不愉快極まりないが、それは一つの恩だ。エイジアは、目には絶対に目を歯には死んでも歯を恩にはそれなりに恩を返す派だ。だからエイジアは、こう考えることにした。

 そもそも何故アンジェを殺したかったのかというと、復讐のためだった。それは、教会というシステムがあるから起きたことだった。教会というシステムがどうして存在するのかというと、唯一神のせいだ。だからエイジアには唯一神に唾を吐いて殴りつける権利がある。Q.E.D.――エイジアは我がことながら完璧な論理にしみじみと感動した。その思考経路を覗いていたアスモデウスはやはりエイジアは壊れているので完全に人形化させた暁にはちゃんと修理してやろうとの思いを新たにしたが。


「そうと決まれば」

「早い早い早い、唯一神だぞ相手は。無為無策でいけるのは同族までだろ命捨て過ぎだ怒るぞ」

「もう怒ってる?」

「可愛くいえば許されると思うなよ」

「怒るなよ兄弟」

「馴れ馴れしくしても変わらんぞ」


 気持ちを新たに唯一神と獣の争いを見てみれば、膠着状態のままだった。エイジアはしかめっ面をしたアスモデウスに向かってははぁと白々しく笑いかけ、肩を組み、囁いた。


「まぁまぁ考えてもみろって兄弟。色欲はこう、他の大罪からもちょっとアレな目で見られてるだろ」

「嫌な事実を捏造するなよ」

「人間の三大欲求に即した罪ではあるが、二人以上いないと犯せないってのが玉に瑕だな」

「なぁ、もしかしてさっきまでの戦いで脳がどうにかなったのか? 今すぐ修理するか?」

「今ここで唯一神に一撃でも加えてみろ、他の魔王の見る目が変わるぞ。きゃーかっこいー」

「頼むから修理させてくれ、頭が痛くなってきた」

「まぁ結論はというと、一緒にアレを殴りに」

「行かない。傲慢か憤怒のやることだそれは」

「おや? おやおや? 魔王なのに日和ってんの? へいへい兄弟、いつからそんなチキンになっちまったんだ」

「何を言われようと」

「よーしいくぞー!」

「聞けよ!?」


 或いは、五百と幾年恨み続けたものが突然かつ理不尽に取り上げられてしまったことによる反動か。いくぞ、ではなく逝くぞであることに疑問さえ持てない無為無策。アスモデウスは完全におかしくなってしまっている人形を何とか連れ戻すために、普段は使わない――魔王同士の念話を敢行した。

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