第47話 愛情の話
霊能者と名乗る人間にオカルト関係の案件を依頼する際の相場は如何程か。そんな問いに即答できる人間は少ない。その霊能が本物かどうか、案件の危険度、その他様々な要因が絡んでくるからだ。
いつの世の中も、札束は強い。
「ここに五千万円、これは手付金です。依頼が完遂された暁には同額を成功報酬として」
「止めてください! ここで札束を広げないでください!」
「ヒメ先生の気持ちはわかりましたから一旦しまってくださいね?」
水之登神社の社務所にある、応接室にて。金髪の美女がどさどさと積み上げるのは大量の札束。宮司である陵はあわあわおろおろと狼狽えて、陵と共に呼び出されていた律――日本でも有名な『ウィザード』の一族である茅嶋家の次期当主もまた、苦笑いで彼女を止める。
彼女の名前は
「一刻も早くあの愚か者どもから我が愛しの君を救い出さねばならないのです!」
「止めてください! 尻尾で畳を叩かないでください!」
「あー、先生、先生、畳が……」
そもそもは、高校教師として働いていたエイジアを中心とした繋がりである。陵との出会いはオカルト部の顧問として、律との出会いは教育実習先の教師として、姫との出会いは偶然だったが、それらの縁が繋がったのはエイジアが深く関わっていた。
だから、エイジアが憎き『エクソシスト』に(実際は『カーディナル』の克洋なのだが)連れ去られた(エイジア自身の意思でついて行ったので完全な冤罪なのだが)と知った姫は、愛しいエイジアを救い出すために陵と律を頼ったのだ。
とはいえ、高位の神に仕える宮司にして『陰陽師』である陵と、その血筋と実力で有名な『ウィザード』である律に、ただで動けとはいえない。故に彼女は自身のポケットマネーから、五千万円ずつを差し出したのだ。
何せ、彼女は金毛白面傾国九尾狐――かつて玉藻前と呼ばれて畏れられた妖狐の系譜に連なる、関東の化け狐たちを束ねる「姫様」だ。今正に、ばふばふと畳を叩いているのも立派な九本の狐尾。彼女にとって金とは、然程労せず手に入るものであった。
「あの忌々しき悪魔祓いどもめ……!! 我が愛しの君に傷一つでもつけてみよ、その首喰い破って積み上げてくれるわ……!!」
「止めてください! 爪で畳をがりがりしないでください!」
「堕ちたら助けに行けなくなりますから落ち着いてください」
ふぅふぅと荒い息を無理矢理落ち着かせた姫の顔は、美女のものから獣のそれへと変化している。姫にとってエイジアは命の恩人であり、愛しの君であり、兎に角大切で大事で、いずれ玉藻の名を次代へと譲り渡した後には彼と添い遂げたいと強く強く思っているのだ。
そんなエイジアが、彼を大切に扱わなかった古巣へと連れ戻され(再度記すが、エイジアはエイジアの意思で教会本部へ赴いたので完璧な濡れ衣である)、今も酷い目に遭わされているかと思うと身の毛がよだつ。すぐにでも『エクソシスト』たちの喉笛を喰い千切って喰い破って、堆く首塚を築き上げようと呪詛を吐く程に。
陵と律は顔を見合わせ、どちらからともなく頷いた。姫から頼まれた、ということもあるが――エイジアは、彼等の友人で、友人が故もなく虐げられているのは、よくないことなので。
これが、おおよそ二日前のことだった。
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