第39話 正門の話

 教会の正門には、天使の像がある。大きく翼を広げ、全てを受け入れるように両腕を掲げた女性型の天使。翼を丸めて力を溜め、今にも全てを打ち払いそうな男性型の天使。それは、唯一神が信徒に向ける深い愛情と、悪魔に向ける激しい憤怒を表している。



 それらは既に瓦礫と化していた。



 飛行機と列車を乗り継いで、可能な限り最速のルートを辿って協会本部へ馳せ参じた克洋とエイジアが目にしたのは、砕け散ったステンドグラスと天使像の残骸。教会の威光を示すためのそれらが壊れたまま放置されていること、それ自体が現状の異常性を訴えている。

 そんな教会の正門前で屯している聖職者たち――儀礼服とは異なる、悪魔祓いの正装たる儀式服を纏っている彼等の顔を、エイジアはよく知っていた。


「『デーモン』を外に出さないための処置か?」

「……何故あなたが?」

「日本支部長の隠岐殿に頼まれてな、今のオレの所属は日本支部だから不思議ではないだろう」


 何故、とエイジアに問いかけたのはこの場で唯一、修道女としての姿をしている金髪の『エクソシスト』。彼女の名はモニカ=カルネヴァーレ。『カーディナル』狂犬卿マキナの下で悪魔祓いに勤しむ彼女を、悪意ある者たちは狂犬卿の情婦と呼んでいた。


「あー……このオレが現状を言い当ててやろう。グレゴリーは懺悔室から動かず、ステラとマキナは壊す相手を探して徘徊中、エカチェリーナは聖堂か墓地、マリアは『エクソシスト』を食い荒らしていて、聖女様は……」


 モニカが何かを言い出す前に、片手を突き出して自説を語るエイジア。そんなエイジアを止めたのは克洋だ。


「推測よりも事実で動くべきだろう」

「強ち間違ってもいませんが」

「そうなのか?」

「少なくともトーチャーとステラ、マリアに関しては」

「ほらな~?」


 急にどや顔をし始めたエイジアを無視して、克洋とモニカは話し続ける。


「トーチャーは特別懺悔室で、討伐に向かった『エクソシスト』を返り討ちにしています。ステラは中庭を徘徊しながら、目についた動くものに向かって襲いかかっています。マリアは……直接目にした訳ではありませんが、聖堂にいると報告を受けています」

「その中ならマリアを先にどうにかしないとな……アレは巻き添えにするのが一番得意だから」

「バラノハは墓地にいましたが、最後に脱出した人間によると宿舎に向かっていたそうです」

「エカチェリーナは後でいいと思うぞ、怠惰は積極的に殺しはしないからな。まぁとはいえ昔アメリカの方では怠惰の悪魔に憑かれた男が辺り一帯の人間を急に眠らせたものだから派生して起こった事故やら何やらでヤバイことになったらしいが」

「エイジアは少しの間黙ってるとかできるか? 連れてきておいてこんなこというのは心苦しいんだが」

「沈黙は実装されてないんだが、まぁ隠岐殿がいうなら」


 克洋から真摯に依頼されて黙るエイジア。克洋は改めてモニカと向かい合い、問いかける。


「で、肝心のエクス殿は?」

「あの方は……」


 モニカが、僅かに声を詰まらせた。その瞬間、教会の方で爆発音がして――巨大な火柱が、天を焼いた。

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