第38話 帰郷の話

 その後も、エイジアは日本で様々な人間と出会い、楽しく暮らしていた(結果として怪異に巻き込まれるのも楽しみなのかといわれると疑問符が浮かぶが、少なくとも山羊スケープゴートとして理不尽に虐げられている訳ではないので)。

 やることなすこと予想がつかないオカルト部長のルキだとか、ルキに巻き込まれてオカルト部員になった影那えいなとか。教育実習が縁となって知り合った日本でも屈指の『ウィザード』である律だとか、渡日前から興味津々だった『陰陽師』の陵だとか、ひょんなことから懐かれた『化生』の姫だとか。

 エイジアは、知らず知らず教会での記憶が薄れていく程に、日本での生活を満喫していた。日本支部長である克洋も、最初の言葉通り滅多に連絡してこなかった(最低限の連絡として生存確認はされていた)し、五百と幾年の先で初めて、エイジアは自分の人生というものを送れるようになった。



 だがしかし、過去は現在と地続きである。



「は?」

「言った通りだ。頼む、私も教会に思うことは多々あるが……それでも、教会に救われたことは確かなんだ」

「今日がエイプリルフールとは知らなかったな」

「嘘でも冗談でもない。本部にいた『カーディナル』が軒並み堕ちて、教会は壊滅寸前。外にいて、かつすぐに動けるのは私たちと他数名しかいない」


 克洋から、エイジアの自宅に向かうと電話があった翌日。エイジアが住んでいるアパートの一室で、克洋は頭を下げて頼み込んでいた。曰く、ある日突然本部にいた『カーディナル』たちが『デーモン』――上級悪魔や魔王に取り憑かれ、悪魔と同質の存在へと堕ちてしまった人間のことを指す――になり、好き放題に堕落と破壊の限りを尽くし始めたと。教会に恩がある克洋は、教会の崩壊を止めたいと思っているが、何百年も前に左遷された身では不安なことも多く、数年前まで本部にいたエイジアの力と知識を借りたいと。


「本部の腐敗について嘆いていただろう、このまま潰れてしまえば新しくしやすいんじゃないか?」

「一度壊して作り直すにしても、これでは犠牲が大き過ぎる。幸い、見習いや『エクソシスト』ではない信徒たちは……エクス殿の所の『エクソシスト』たちによって避難させられたらしいが」

「頭おかしくないか? 何でその状況で足手まといを助けられてるんだよ、普通に考えて普通に死ぬだろうが」

「実際、完全に無傷とまではいかなかったそうだ」

「だろうな! 狂犬マキナに狂皇エカチェリーナ、拷問狂いのグレゴリーに星屑のステラ。やってられるか、オレは帰らせてもらうぞ!」

「帰郷するというなら話は早い」

「嫌だ! ここがオレの家だ! あんな場所、冗談でも故郷なんて言わん!」

「それに、色狂いのマリアと……死神アンジェの目撃情報もあって」


 瞬間、じたばたと暴れていたエイジアがぴたりと止まった。その目の奥に、轟々と燃えるのは――。


「まぁ、オレも教会に恩がないとは言わん。行くだけは行ってやる、その後のことは知らんぞ」

「助かる、ありがとう。この恩は必ず返す」


 一転、主張をくるりと翻したエイジアは、そのまま旅支度を始める。端的に礼を述べた克洋は、関係各所に連絡を取るため携帯電話を取り出した。これが、「帰郷」の前日のことだった。

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