第37話 奇跡の話

 唯一神に祈ることでその力を借りるというのが『エクソシスト』及び『カーディナル』が扱う奇跡で、それ以外は全て唯一神が定めた理に逆らう異端の術だとされている。



 そんな中、エイジアは『エクソシスト』の奇跡も『ウィザード』の魔術も、果ては『化生』の異能でさえ、その根幹は同じではないかという学説を支持している(故に教会内の神学会からは追放されていた)。



 さて、エイジアは教会にて虐げても許される存在、通称を山羊スケープゴートとして生かされていたが、エイジアの素質が山羊に向いていたかといわれると首を傾げるしかない。

 本人曰く、不屈の闘争心――山羊を使っていた人間たちからいわせれば反抗心。それは例えば、エイジアを殴った男が指先を噛み千切られるという傷害事件や、エイジアを罵った女が心をへし折られて奇跡を使えなくなるという審問案件まで、様々な表れ方をした。エイジアは決して折れず、曲がらず、しかしてその発露が悪辣過ぎた。

 よって、エイジアの扱いに困った教会はエイジアを日本支部預かりとし、本部から遠ざけることで臭い物に蓋とした。が、しかし本部はわかっていなかった。エイジアは、指折り数える程少ない、初代聖女から今代聖女までを見てきた男なのだと。


「その状態を見るのは二度目だな」


 『半人』は、その身に流れる異形の血に呑まれることにより『半妖』へと堕ちる。また、怪異などに引き摺られて異形の側へ突き落とされることでも。ルキの身に流れる血の半分は鬼のものであり、つまり今のルキは半鬼とも言える。

 オカルト部(非公認)のメイン活動であるフィールドワーク、もとい心霊スポット突撃訪問。今回はヤバそうな気がするんです、と部長(非公認)のルキから相談された顧問(非公認)のエイジアは、それなら付き添いしてやろうとフットワークも軽くついていった。何せこのルキという少年は、エイジアの度肝を抜いてばかりなので。

 今回の心霊スポットは、とある公園の中にある廃墟。元々は公衆トイレだったらしいが、そこで殺人事件が起きて閉鎖され、被害者の幽霊が出るとの噂が立って取り壊されかけた場所。かけた、とは他でもない――解体業者もまた、その幽霊を目にしたのだ。血塗れで、恨みのこもった目で彼等を見詰める、男の幽霊を。そうなれば解体なんて誰も請け負わず、放置されて今に至る。

 ぶっちゃけてしまえば、割とよくある自縛霊型の怪異だ。故にいつもならルキ一人で行くのだが、何となくヤバそうな気がしたのだとのこと。そんなルキの勘は大当たりで、放課後、現場に到着してすぐに襲われた。

 更に悪かったのは、その幽霊が憑依を得意としていたこと。油断はしていなかったが、フィジカル特化のルキとは相性が最悪で、見る間に突き落とされて――額から角を生やし、全身に異形の目を見開いた半鬼(悪霊入り)と戦うはめになっているエイジアである。


「さて、流石にまた半殺しにしたら保護者からクレームが入るよな……」


 前回、似たような状態に発展した時、エイジアは迷いなくルキを半殺しにして制圧した。結果、詳細を思い出そうとすると目の前がくらくらして手の震えが止まらなくなるため詳しくは語れないが、鬼が出た。死ぬかと思った。半殺しにした後、きちんと治療したし人間の側に引き戻して帰したのだが、かの鬼にとって我が子を半殺しにされたのは許しがたいことだったらしい。

 だから、今回は怪我をさせないように制圧しなければならない。唸り声を上げながら獣のように飛び掛かってくるルキを軽くいなしつつ、エイジアは思考を巡らせる。そうして、エイジアは鼻唄を歌い始めた。

 高く、低く。ルキの攻撃を避けながら並べていく音階。ここに宗教に詳しい人間がいれば――それが、とある宗教の最高神に捧げる讃美歌だと判っただろう。Aメロ、Bメロ(とはエイジアが勝手に思っていることであり、師や同僚に知られたら審問案件であった)と続き、サビに差し掛かり。


「おお、神よ、神よ! その威光が遍くあらんことを!」


 わざとらしく、おおげさに。おどけるように両手を広げたエイジアがそう唱えた瞬間、エイジアと悪霊を囲う光の檻。それは唯一神が信徒に与えた奇跡の一つであり、悪しき霊はそこから逃れることができなくなる。

 そんな奇跡を起こしたエイジアの次の手はといえば、その檻の中からルキを蹴り出すことだった。まるで卵を分離器にかけた時のように、悪霊だけが檻の中に残る。


「すぐに終わるから取り敢えずそこにいろよー」


 何が起きたかわからない顔をしている血塗れの悪霊に、エイジアの剣が迫る。何を、こちらは幽霊、物理攻撃なんて効くわけがない、と悪霊が思うや否や、ぞり、と削り取られたその頭蓋骨。そもそも悪魔を斬れる剣が、悪霊を斬れない訳がない。宣言通りすぐに全てを終わらせたエイジアは、ロザリオを片手に光の檻を出た。何せ、悪霊の件は片付いたものの――一度「堕ちた」人間を引き戻すには、正しく骨が折れるので。

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