第36話 顧問の話

 丁野英二ようの えいじ。とある高校の社会科公民の担当教師であり、身体的事情から担任のクラスはない。小柄で若く見えることから生徒たちに侮られることがあるが、同時に親しまれてもいる。ニックネームはえーちゃんであり、女子生徒からはよくお菓子を差し入れられている。



 というのが、日本に来たエイジアの表向きの経歴である。



「ウケる」

「ウケたのなら行ってよかったです」


 社会科準備室(という名の物置)で、手を叩いてキャッキャとはしゃいでいる今のエイジアの顔を見たら、教会本部の『エクソシスト』たちは引っくり返るだろう。そんなエイジアの前で紙コップに入った紅茶を啜っているのは百々目鬼ルキ――高校一年生、オカルト部(非公認)部長。

 さて、エイジアが何に対してウケているのかというと、ルキが遭遇した幽霊の話にである。他校の女子トイレに出現する幽霊の噂話を聞いたルキは、持ち前のコミュ力でその高校の生徒と知り合いになり、潜入する伝を手に入れた。

 だがしかし、その幽霊が出現するのは女子トイレであり、対してルキは他校の男子生徒である。普通ならば諦めるしかない状況に――自称かしこいルキは、迷いなく女装して突撃した。

 結果、ルキはその幽霊に遭遇することができた。所謂、トイレの花子さん的な性質を持つその幽霊は、ルキを女子生徒だと勘違いして出てきてしまったのだという。なお勘違いに気づいた直後のコメントは「本職の方?」だったとのこと。まぁ、何事にも本気で体当たりするルキの性格と、大体の女子生徒に顔面の力でお願いを聞いてもらえる容姿が揃えば然もありなんとエイジアは納得した。

 彼女は女子生徒に噂してもらうことで生き永らえている幽霊であり、人間を害する気はないとのこと(また、人間を害すれば早晩自分が排除されることもきちんと理解していた)。故にルキは、彼女をそのままにして帰宅し、日を改めてオカルト部顧問(非公認)に報告しにきて――今に至る。


「しかし、制服はどうしたんだ? ディスカウントストアで買ったのか?」

「借りました」

「借りれたのか!?」

「まぁそこは、こう……言いくるめと僕の顔面の力で……」


 あんまりにもバカな物言いが面白くて、ヒィヒィと掠れた笑い声を上げるエイジア。これだからルキから目が離せない。最初は『半人』半鬼が普通の人間みたいな顔で紛れ込んでいることに驚いて、そこからの縁だったのだが――ルキのやることなすことがエイジアの理解を軽く超えてくる。最近ではこの物置部屋に紅茶やら茶菓子やらを用意して待ち構えてさえいた。


「よく借りれたなぁ、いくらイケメン……っくく、はは、イケメンでもツラいだろそれは!!」


 日本に来た当初は、無駄飯食らいになるつもり満々であったが、こうも面白い人間がいるなら少しは仕事をしてやってもいいと、僅かながら思う、エイジアであった。

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