第35話 左遷の話
教会本部が下す日本支部への派遣という辞令は、即ちド直球の左遷或いは厄介払いである。
旅支度をしているエイジアの部屋に顔を出す『エクソシスト』は、そう多くない。そもそもほとんどの『エクソシスト』はエイジアを
だから、エイジアの部屋を訪れるのは『カーディナル』の方が多い。例えば、エイジアの師であり監視者であるマキナ(日本で勝手に死なないようにと武器の違法輸送の方法を懇切丁寧に教えてくれた。頼もしいことだ)であったり、エイジアと同期であり微妙な関係性のグレゴリー(日本で寂しくならないようにと山羊の絵が刻印されたジッポをくれた。喧嘩を売られているのかと思って口論になった)であったり。
そして今日もまた、一人の『カーディナル』が顔を出した。彼の場合は、エイジアの顔を見にきたと言うより、迎えにきたといった方が正しいのだが。
「明日の飛行機の……また傷が増えているな」
「隠岐殿がいらっしゃる前に少しな」
謹厳実直を絵に描いたような、筋骨逞しい日本人男性。彼こそが、東洋人で『カーディナル』となった数少ない中の一人、
「痛くないか?」
「痛いと泣き叫んだら何か変わるのか? ははは、何を言ったとて変わらないのなら言っても言わなくても同じだろう」
「……これは想像以上の難物だな」
「何か言ったか?」
「いや、何も。まぁそうだな、今夜は私の部屋で寝るか?」
「あ? あー……明日は飛行機で死ぬと思うから手か足でいいか?」
「は?」
「え?」
「あぁ……いや、そういう意味ではなく。驚いた、そういう意味では一切なく、それ以上殴られたり蹴られたりしたら辛いだろうからと思ったんだ。わざわざ私の部屋にまで来て下らないことをする者もいないだろうと思って」
「こっちが驚いた、普通にそういう意味かと……これからよろしく的な意味で下の具合を見たいと言われたのかと」
「すぐにそちらに解釈されたことに恐怖を抱いた……本部、爛れ過ぎじゃないか? え? まさかエクス殿も?」
「そんな訳ないだろうが、エクス殿の頭には悪魔を殺すか悪魔を殺すために仕方なく生活をするかしかないんだぞ。性欲とかあるのか? あったらめちゃくちゃ笑う」
けらけらと笑うエイジア。それを見て、克洋も少しだけ声を出して笑った。確かに、かの狂犬卿は悪魔を殺すためだけに生きているといっても過言ではない。そのために仕方なく食事だの睡眠だのを摂っているが、必要でないことは徹底的に排除している。
「まぁ、これからよろしくはそうだな。少し早いが、ようこそ日本へ。正直、そんなに仕事はないんだ」
「だろうな、日本は人外魔境だと聞いている。とんでもない魔術師の一族だの、日本独自の術式を扱う……何だったか、オンミョージ? がいるだの」
「あぁ、そうだな、だもので退屈はしない。折角本部から離れられるんだ、私もそう厳しく監視する気もないし、気楽な観光気分でいてくれ」
「ならお言葉に甘えて……早速だが、今夜は隠岐殿の部屋で寝る」
そうして、出会い頭よりは幾分素直に――克洋の後をついていくエイジア。それが、渡日の前日のことだった。
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