第40話 狂犬の話

 人間を一呑みにできそうな、巨大な炎の獣。教会の尖塔の上、駆け登ったそれは――世界を揺らす、咆哮を放つ。



 憤怒の獣、ベヘモット。赫怒の赤炎で形作られたその悪魔は七大罪の魔王が一柱、サタンに連なる。ベヘモットに憑かれた人間は、尽きぬ怒りに突き動かされ、死んでも死ねない不死の獣と成り果てる。



「最初からボス戦とか笑える、こちとらレベル……いくつだ?」

「頼むから必要なことだけ口にしてくれ本当に頼む」

「取捨選択も実装されてないんだよなぁ!」


 ゲラゲラと笑うエイジアに対して、克洋の顔からは血の気が引いている。この場で一番位が高く、故に強いのは克洋だが――種族名ではなく、個体としての名と伝説を持つ悪魔憑きの『デーモン』相手には心身の準備が必要だ。


「まぁ本物のラスボスというならステラか? お、いいこと考えた」

「それは本当に今必要なことか? 本当にいいことか?」

「ベベモットにはサタンだろ、アイツを中庭まで連れてってボスから叱ってもらおうぜ」

「誘導できると!? あれが!?」

「オレの一乙なら安いもんだろ、隠岐殿は生き残った方を討つ準備をしててくれよな」

「は!?」


 克洋の返事も聞かずに、軽やかな足取りで進むエイジア。炎の獣が彼に気づき、そちらに目を向ける。エイジアは、自身が獣の視界に入ったことを確認してから、満面の笑みで中指を立てた。


「飼い主がいなけりゃ追いかけっこも満足にできねぇ犬っころが、イキってギャンギャン吠えてんじゃねぇよ!!」

「お前は馬鹿なのか!?」


 憤怒を司る悪魔に対しての挑発など、命を投げ捨てるに等しい行為。実際、言葉の意味を理解しているかどうかは不明だが――炎の獣、『デーモン』となったマキナは、先刻よりも大きな咆哮を放って尖塔から飛び降りた。

 ずん、と着地した地面がぢりぢりと焼ける。エイジアを殺すべき敵だと定めたマキナは、怒りの感情が赴くままに駆け出した。対して、エイジアはといえばくるりと背を向けて中庭へと向かい出す。


「いや思わず見送ったけどまずいなあれ!? 何を考えてるんだ馬鹿なのか馬鹿なんだな!? 作戦とかない感じか!? 場当たり過ぎないか!? あー……取り敢えずあれだ、日本支部長ではなく『カーディナル』としての権限で命じる、すまん、緊急時だから見逃してくれ。囲いを維持できる最低人数を置いて残りは退避。最悪、私が何とかする……何とかして最後は片をつけるから、これ以上死人が出ないようになるべく。囲いも命懸けで保たなくていい、死なないように立ち回ってくれ」


 モニカと、『デーモン』たちが溢れ出ないように奇跡を行使している『エクソシスト』たちに告げる克洋。計画性も何もない、行き当たりばったりが過ぎる話だが、最悪の最悪は神の信徒が皆殺しにされることだ。

 故に、克洋は一つの覚悟を決めて、教会の敷地に足を踏み入れた。その刹那、足が沈む感覚――ふつり、と意識が途絶えて。そうして、新たな『デーモン』が一人、出現した。

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