第6話 御祓の話

 ルキは、百々目鬼の母親と人間の父親の間に生まれた『半人』だ。百々目鬼というと、伝承の中では盗癖の報いを受けて人外と成った鬼女だと語られているが、ルキの母親はそうではない。彼女は生粋の鬼で、ただ、身体的特徴として目が多いだけだった。



 生粋の鬼とはつまり、暴力の化身である。



 日本の霊的平和を守るため、陰陽師連合は日夜怪異の討伐に勤しんでいる。怪異とは人間に害を与える超常現象及びその化身であり、百害あって一利なし、見つけたら即討伐しなければならない存在であった。

 怪異の発生機序は研究途上である。現時点での解釈として、噂話として拡がり、概念が共有され、一個体の存在として確立することで怪異として猛威を振るうようになるといわれている。とはいえ、そうではない例も多々あるため――対処療法が主となるのは仕方のないことであった。

 だから、ルキは宮司であり『陰陽師』である陵よりも先に現場へ出向く。陰陽師連合から下される指令は、調査よりも討伐の方が多いから。討伐であるならば、陵よりも自分の方が向いていると確信しているから。


「はいはいうるさいうるさい」


 今回の指令は、とあるアパートの一室に出る、女の霊の討伐。付き合っていた男に手酷い別れ方をされた女が自殺し、以後、ここに入居した全員がその女の霊に脅かされることとなった。最初はラップ音程度だったものが、噂話が拡がった今では首を絞めるなどの直接的な暴力まで振るわれるようになったという。

 典型的な地縛霊的怪異である。彼等は自身が死を迎えた場所や縁深い場所に陣取り、彼等視点での侵入者を排除することに固執する。解決策として、彼等がその地に縛られる原因となった未練を解消してやったり――今のルキがやっているように、もう一度死なせてやる必要がある。

 ごきごき、と女の首を曲げてはいけない方向に曲げているルキの表情は平然そのもの。対して、死んでから初めて殺されそうになっている女は、自身が幽霊であることも忘れて必死にルキの腕を外そうとしている。だがしかし、大蛇のようにがっちりと首を絞める腕は微動だにしない。


「貴女はもう死んでいるんですから、生きている人間に迷惑をかけてはいけませんよ」


 ごき、ごきごき、と太い骨が軋みを上げている。女の首は既に生者なら死んでいる角度まで曲がっていた。が、女は死者なのでまだ死なない、死ねない。苦しい、痛い、どうして、私は悪くないのに、と女の思念がルキに叩きこまれるが、ルキの表情は変わらない。

 やがて、ぼきん、と一際大きい音がした。ぐるん、と女の視界が回る。首の骨が折れて、その周りの肉さえも捻じ切られた証拠だ。女は、そこでようやく自身の死を理解した。


「おやすみなさい、二度と起きてはいけませんよ」


 二度目の死を迎え、霧散する女の霊。首が落ちれば、それは確定的な死だ。ルキは数多の幽霊を、このやり方で屠ってきた。そう、首が落ちれば、確定的な死であると、ルキ自身も強く信じているから。怪異に対しては、認識こそが何よりも強い力を持つから。

 そう、あの日だってそうだった。首を落とせば、死ぬはずだと。ルキは脳裏に走ったノイズを意図的に無視して、女の霊を討伐した旨を伝えるため――スマートフォンを取り出した。

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