第7話 荒魂の話

「結局バレたし怒られが発生してしまった……どうして? なんで?」

「そりゃあ怒られるようなことをしたからだろう」

「怒られが発生するとルキが暴力するじゃん? 一回頭叩かれたら十万個? ののーさいぼーが死ぬんだって」

「十万個で済めばいいけどねぇ、お前は元から馬鹿だから……」

「バカって言った方がバカなんだからな!」



 神々には、和魂にぎみたま荒魂あらみたまという側面がある。



 水之登神社の境外社は二つあり、朱色の屋根の日読酉社と黒色の屋根の結霊登社がそれである。どちらも禰宜であるルキがDIYしたものであり、よくよく見ると微妙に寸法がずれていたり塗装が甘かったりする部分がある。

 ここに祀られているのがそれぞれ酒英と徹であった。祀られた時期は違えど、彼等の間には深い縁があり、だからこそ対となる概念を司る神と成った。酒英は眷属たる番鋏つがいはさみ――雌雄一対の蛇であり、巨大な金色の鋏がその本性である――によって悪縁を絶つ力を持つ。徹もまた眷属たる管荼くだ腐蛇ふだを使役して縁を結ぶ力を持つ。


「だって、あって思った時にはもう繋がっちゃってたし……酒英呼んでも遅いよなって……」

「お前は色々と雑なんだよ。見るだけなのに何で繋げるかな? がばがばじゃないか」

「ガバガバなのはRTAのプレイだけにしたかった……いやそれもヤだな?」

「この間、何だったか……記録抜かれたって暴れてたじゃないか」

「もうあのゲームはいいです、やめました、あれ以上のタイムは人間にはムリ」

「神様には?」

「神様でもムリ」


 ぶんぶんと首を振っていた徹は、不意に斜め上を見上げて動かなくなった。酒英は、そんな徹を眺めつつ番鋏を手元に呼ぶ。くぅ、と徹の瞳孔が細くなり、獣のそれに変化し――ごば、と、その口から下、縦に裂けた。


「あー!! また悪さしたなー!!」

「何回見ても元人間の化け方じゃないんだよねぇ」

「オレの目が届く所で子どもいじめたらひどいんだからな!!」

「はいはい、いってらっしゃい。余裕があるなら半身でもお土産に欲しいな」

「ひどくしてやるんだからな!!」


 頭頂から上顎にかけては人間の姿を保ったままだが、下顎から先は乱杭歯が縦に並んだ大口になっている。両腕は鋭い爪を備えた獣の前肢となり、臍まで裂けた口の下には短い毒毛の生えた蜘蛛の腹、脚。人間らしさが皆無なこの姿こそ、徹の荒魂としての姿であった。

 そのまま、蜘蛛の脚を動かして宙を駆ける徹。その後ろから、ひょろりと細長い狐と、どろどろに腐った蛇が随行する。酒英はそんな主従を見送り、はぁ、と溜息を吐いた。


「幾ら『外法使い』だったからといって、その姿まで外道に堕ちることはないと思うんだけどねぇ」

「すみません、今徹がやばい方の姿でどっか行きましたか!?」

「うん、子どもがいじめられてるから行ってくるってさ」

「見送らないでくださいよ!! あの姿を見られたら徹が討伐対象になるでしょうが!!」


 徹が駆け去ってから数秒後、凄まじい勢いで駈け込んできたルキの顔は青褪めている。水之登神社の禰宜として、御祭神が他の『ウィザード』や『エクソシスト』の討伐対象になっては一大事と懸念しているのだ。実際、数回はニアミスがあったし、その度にルキからのお説教があったのだが――短気な所は、神に成ってからも変わらないので。


「どこ行くって言ってました!?」

「さぁ?」

「さぁじゃないんですよ!! もう!!」


 今度はルキが浅葱色の袴を翻して走っていく姿を見送り、酒英はもう一度溜息を吐いた。

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