第8話 廃社の話

「ルーキーくーん! しーごーとー!」

「今何時だと思ってんだはっ倒すぞ」



 はっ倒された午前四時半であった。



 曰く、戦後、継承者が途絶えてしまったとのことで。最後の宮司がそれはそれは惨い死に方をしたらしく、人々は呪いだ祟りだと囀り――結果、成ってしまった。

 そもそも、神社とは神の住まいである。神という、目に見えない何かを内包する、特異な領域。そんな場所が放置されて、根も葉もない噂話が拡がれば、何が起こったって不思議ではない。


「冬! それは朝晩がクソ寒い時期! 京都の老害連中は火鉢に炙られて破裂してろ」

「ルキ君は本当に陰陽連のこと嫌いだね、物言いが怖い、とても怖い」

「餅みたいに膨れたら怪異のお腹もいっぱいになるのでは?」

「喰わせないで、そうならないように頑張るお仕事だよ」


 陰陽連こと陰陽師連合は日本の霊的平和を守っている組織である。『陰陽師』の祖を神として祀り、彼の神の示す指針に沿って動く。一般人がほとんど致命的な霊障に遭遇せずに暮らしていけるのは、この組織の尽力が大きい。

 が、そこで働かされている者は一枚岩ではない。心の底から人々の安寧と平和を願っている者もいれば、利権だの何だのに固執している者もいる。そのような歪みが最も影響するのは下の立場にいる者であり、つまりはルキなどの実働隊であった。


「廃神社とか危険度バカ高いじゃないですか、しかもこんな早朝に」

「元々は太陽の神様を祀ってたらしいよ、知らないけど」

「知ってろ」

「あいたぁ!?」


 べちん、とルキに額を叩かれて悲鳴を上げたのは、狩衣烏帽子姿の青年――陰陽師連合所属の『陰陽師』が一人、見戸部虎彦みとべ とらひこ。彼は陰陽師連合から派遣された助っ人、という名目の監視員である。

 というのも、陰陽師連合にとって水之登神社の当代宮司、虎彦と同じく『陰陽師』の力を持つ陵は、要注意人物だから。そう、虎彦と同じく、『陰陽師』でありながら『外法使い』の力をも行使でき、ルキのような『半人』半鬼を従えている(ルキ自身は陵を尊敬しているからこそ共にいるのだが、陰陽師連合の幹部から見れば主人と従者のように見えるらしい)陵は、いつ陰陽師連合に牙を剥くかわからないと思われている。

 そのような理由で、陰陽師連合は陵、延いては水之登神社に対する当たりが強い。ルキ曰くの危険度バカ高い討伐を、集中して命じる程度には。だからこそ、ルキは自主的に前線で戦っているのだが――それとこれとは話が違うので。


「あーあ、何かの間違いが起こって陰陽師連合が半壊とかしないかな」

「口に出すの止めよう? 言霊って知ってる?」

「知っててやってるんですよ。安心してください、トラちゃんは徹が守りますからね」

「オレあの神様怖いから苦手なんだけど」

「仲がいい間は怖いことないですよ」

「もし陰陽連に言われて敵対したら?」

「あぁなりますけど……」

「ひぇっ」


 辿り着いた廃神社の、本来なら鈴緒がかかっていた筈の場所に、吊り下げられている異形の姿。真黒な糸で雁字搦めにされたそれは、八つの腕を持つ怪女であった。何やらもごもごと呪いの言葉を吐いているらしいが、口にも糸束を噛まされているため、言霊になることはない。


「いつの間に? え? 結霊徹様いるの? さっき悪口言っちゃったんだけど」

「いませんよ、眷属を借りてきただけです」

「その眷属から告げ口されるパターンでは!?」

「腐蛇は一分前の記憶さえ危ういので大丈夫だと思いますよ」


 すたすたとその怪女――元々はこの神社の祭神であったであろう堕ち神に近づき、いつものように暴力で以て消滅させようとするルキ。ばきばき、ぼきぼきと、腕が折られ腰が折られ、小さく畳まれていく様を見て、虎彦は絶対に水之登神社の面々とは敵対しないようにしようと決意を新たにした。

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