第33話 罰則の話

 教会の山羊スケープゴートは、悪魔と戦う『エクソシスト』たちがやむを得ず溜め込んでしまう穢れを、その身で以て浄める役目を果たしている――といえば聞こえはいいが、体のいいサンドバッグである。



 故に、山羊に抵抗は許されていない。



「もうそろそろ諦めたらぁ?」

「不屈の闘争心が長所らしいからな」

「長所かなぁ?」


 悪魔と戦う者は悪魔の手口を熟知していなければならない、とは昔々の『カーディナル』が考えた理由の一つで、そのような訳で協会本部の地下には拷問室がある。教会内での呼称は特別懺悔室であり、教会の『エクソシスト』も、『カーディナル』も、その部屋の真の意味を知っていた。

 そんな、特別懺悔室の主はグレゴリー=トーチャーという。今代聖女の随伴者にして、教会における全ての罰を司る『カーディナル』。波打つ黒髪を無造作に束ね、儀礼服の上に血塗れの白衣を羽織り、室内にも関わらず濃色のサングラスをかけている姿は一見してわかる危険人物だが、真実危険人物である。


「じゃあ今回は……そうだな、背中への鞭打ちとかどうだ? あんまり表に出る怪我ばかりだとバリエーションがないとか言われそうだし」

「拷問内容をリクエストしてくるわバリエーションを気にするわ相変わらずのやりたい放題」

「でもそんなオレが~?」

「好きでも何でもないし呆れてるしぃ」


 ははは、と空々しく笑うエイジアを眺めながら、グレゴリーは嘆息した。グレゴリーとエイジアは、ほぼ同時期に『エクソシスト』になった。だからグレゴリーはエイジアが山羊にされた経緯を知っているし、その裏事情も知っている。


「乗馬鞭か? それともナインテールか? トーチャー殿が必要もないのに肉を抉るなんて不始末をやるとは思わんが、打たれる回数を考えたらナインテールの方がいいな」


 グレゴリーは、初代聖女の思惑を理解してしまっていた。エイジアは強い。痛みも苦しみも悲しみも、全てを丸呑みして笑える人間だ。だから初代聖女は、『エクソシスト』たちの試金石としてエイジアを選んだ。自分が庇うことでエイジアが山羊にされるとわかっていて、そうした。

 故に、グレゴリーは初代聖女を崇めない。どこまでも自分勝手で、人間の悪意の底を知らない馬鹿な女だったと思っている。初代聖女の思惑は最初から間違っていて、その果てに生まれたこの化物エイジアこそが、教会の暗部を煮詰めた結果であるグレゴリーの仲間だと思っている。


「……三回、全力で打つかなぁ」

「わかった、じゃあどうぞ」


 壁にかけている九尾鞭を手に取り、構えるグレゴリー。エイジアは軽い調子で背中を向け、着ていた儀礼服の上衣を脱いだ。その小さな背中には、これまでの古傷が幾重にも。

 山羊にも関わらず『エクソシスト』に抗弁した、抵抗した。その、本人曰く不屈の闘争心の証が――また幾重にも降り注ぎ、エイジアの背を赤く染め上げた。

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