第32話 悪魔の話

 悪魔とは、天使の対であり、唯一神の敵である。彼等は人間を唆し、堕落させる。堕落した人間は本来の姿である真善美を見失い、悪徳を積み上げる罪人と成り果てる。



 堕落した人間がいなければ、唯一神は。



 悪魔を祓う『エクソシスト』たちは、師と仰ぐ『カーディナル』によって戦い方が変わる。初代聖女を師とした者は、圧倒的な物量と質量で蹂躙するような戦い方を。二代目聖女の随伴者を師とした者は、不足を技術で補う変則的な戦い方を。三代目聖女の随伴者を師とした者は、相手の心を折り砕く物理に頼らない戦い方を。

 マキナは初代聖女を師として仰いでいたため、身の丈よりも大きな両刃の剣と、歴戦の軍人でも扱いに苦慮する大口径の拳銃を主武装としている。初代聖女の死後はマキナがその代わりを務めているため、彼を師とした『エクソシスト』たちもまた同じく。


「身の丈に合った戦い方ってあると思うんだよなぁ」

「無駄口を叩くな」


 それは、マキナの下で悪魔を祓うエイジアも同じで、他の『エクソシスト』よりも年若く小柄ながらも、鉄塊のような大剣をひょいひょいと振るう。とはいえ、エイジアの剣はマキナや他の者と異なる特注品だ。よくよく見れば、その刃は――鑢のように、ざらついている。


「これくらいならエクス殿だけで殺れたのでは?」

「隙あらばサボるだろう、お前は」

「まぁ……確かに」


 山羊と蛸を混ぜたような奇妙な姿の悪魔は、ミドルスクールに通う少女たちがおふざけで呼び出したもの。否、彼女たちに悪魔を呼ぼうという意図はなかった。彼女たちが軽い気持ちでおこなったおまじないに、低級悪魔が割り込んで実体化したのだ。

 幸か不幸か、少女たちの命は助かった。純潔だの尊厳だのは彼女等の名誉のために伏せるが――命あれば、どうとでもなる。少なくともマキナはそう考えている。


「よっと」


 エイジアの軽いかけ声。悪魔の、蛸足の付け根に刃を添えたエイジアは、そのままの軽さで刃を引く。ぞり、と悪魔の実体化した肉体が削がれ、青黒い血を流した。無論、悪魔とて黙って見ている筈もなく、エイジアを叩き潰そうと何度も蛸足を振るっているが、エイジアはその間を駆け抜け、ぞりぞりと傷口を増やしていく。


「相変わらず遅いな」

「エクス殿のように威力がないのでね」

「修練に付き合ってやってもいい」

「心の底から遠慮する」


 最後に、山羊の首の付け根に一筋。ぞり、と削り取られた傷口から、今度は赤い血が噴き上がる。倒れた悪魔の実体化が解け、媒体となっていた人形が現れ――燃え尽きた。


「……出たな」


 だがしかし、終わりではない。マキナは背負っていた剣を片手で構え、それの顕現を待つ。低級悪魔だけで、あんな不完全な儀式で実体化できる訳がない。ならば、そこにはその悪魔よりも位の高い悪魔の干渉があったと見るべきだ。

 そうして、現れたのは――山羊の頭に人間の体。背に黒い翼を生やしたその悪魔の種族名は、バフォメット。名前を持ち、一般人にも広く認識されているものの、その権能のため中級悪魔としてある存在。

 とはいえ、上級悪魔でさえ一刀両断するマキナにとっては敵にさえならない。実体化を果たし、咆哮を放つバフォメットに向かって、マキナは上段からの一撃を喰らわせた。

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