第2話 朝食の話
ルキの朝は早い。ルキは水之登神社の宮司が代々住んでいる神社内の家に住まわせてもらっている。住まわせてもらっているからには、それ相応の働きをせねばならない。そもそも、尊敬している陵と共に暮らすことを許されているのだから、それ相応の態度で報いねばならない。
これは自主的な奉仕活動であり、労働基準何たらには抵触していないとルキは考えている。
そのような訳で、ルキは朝早く布団を抜け出し、軽く身を清め整えてから朝の支度を始める。まずは境内の清掃、社務所がすぐ開けるように準備をして、一旦家に戻る。檜で作られた三方を取り出して神饌――真白な器に盛った米、塩、水。日によって酒も御上げするが、普段はこの三種である――を載せる。
その三方を掲げ持ち、境内にある池へと向かう。池の畔にある石台の上に三方を供え、祝詞を奏上する。この池には、水之登神社の御祭神たる龍神様がいらっしゃるのだ。日々、その御神徳を称え、崇敬の意を表するのは神職として当然のことであった。
そうして、再度家に戻り、今度はプラスチック製の三方を二つ取り出す。米と塩と酒、米と塩と水を載せた三方を抱え、神社の外へ。水を載せた方は、結霊社と書かれた看板がある黒い屋根の社へ。酒を載せた方は、日読酉社と書かれた看板がある朱色の屋根の社へ。
「……またパック酒?」
「また参拝客を祟ったでしょう」
「祟ったなんて人聞きの悪い。僕はただ睨んだだけだよ」
「祟りをカジュアルスポーツか何かだとお思いで? 蛇が睨むとか祟り以外の何だと?」
「だってアイツ、参道の近くでたばこのポイ捨てしたんだよ?」
と、そこでルキにかかる声。胡乱な目で声の主――朱色の髪を三つ編みにしている、金色の目をした橙の着物姿の男――を見返すルキ。その男は、供えられた三方に載せられている酒の器を手に取り、中身をくいと一呑みした。
この男こそ、日読酉社の祭神である
「そういう時は徹に言って注意してもらうって決めたでしょうが」
「徹が遊びに行ってたから……」
「だとしてもですよ。呼吸困難は命の危機に直結するでしょう」
「死なない程度にはしてたって」
「人の命を脅かすことが穢れの発生に繋がる!」
「うわぁ暴力! 口で勝てないってなるとすぐそれだ!」
とは言え、ルキにとって酒英は友人の友人である。悪いことをしたら叱らねばならない。そこに暴力を用いることの是非はあるだろうが、酒英は神様なので、グーで殴っても人間よりは耐えれるだろうという信頼感がある。
「そんな嫌な信頼感は要らないな!?」
「兎に角、龍神様も今回の祟りは御存知ですからね、いっぱい叱られて反省しろ」
「ちぇっ……」
結局拳は鳩尾を抉る前に止められてしまったが、注意はできたので結果は上々。ルキは酒英に別れを告げ、三度目の帰宅。玄関に置いている時計を見れば午前六時半、後三十分の間に朝食づくりだ。手を洗い、割烹着を被り、台所へと急ぐ。
朝ご飯は基本的に三人分作る。白米は前日の夜、七時に炊けるよう仕込んでいるので、後は主菜と副菜、味噌汁があればいい。副菜は作り置きの煮物があるので、玉子焼きと――味噌汁は豆腐とわかめにしようと決める。
ここで暮らし始め、料理をするようになってから随分経つ。故に、ルキの手元は危な気もない。最初の方は料理初心者にありがちな失敗を重ねていたものだが、今ではほとんど失敗しない。くるくると忙しく、けれども静かに動き回ること二十五分。
完成した三人分の朝食は、隣の部屋のちゃぶ台の上へ。白米を入れる茶碗はそれぞれ決まっているので、デフォルメされた可愛らしい龍の絵柄のもの、シンプルな白と黒の青海波模様のもの、少し前の戦隊もののイラストが描かれたものの三つに適度な量を盛る。
そうこうしている内に七時になり、襖を隔てた先で目覚ましの音。そして、玄関の引き戸を開く音。おはよー! という挨拶の声が玄関の方から聞こえてきて、ぱぁん、と開いた襖の先には小柄なパーカー姿の少年。
「玉子焼き! 甘いの? 辛いの?」
「今日は甘いのですよ。おはようございます、
「ん、おはよ! ね、陵さんまだ? 起こしてくる?」
「さっき目覚ましが止まったから、もうすぐ来られるかと……あ、手は洗いました?」
「洗ってくる!」
たったかと洗面所に向かう少年――
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