第3話 神様の話

 結霊徹は、神様である。神様の仕事とは、願い事をしにきた人間の話を聞いて、その願い事を叶えてあげることである。少なくとも、徹はそう思っている。思っているから、徹は人間の話を聞いて、その願い事を叶えてあげている。



 思い思われることが神様としての成立要件だとすれば。



 水之登神社近隣の小中学校で、実しやかに囁かれている噂話こそ、「とおるくんのおうち」であった。黒い屋根が目印の、小さい和風の家――とおるくんのおうちに、お菓子を持って行ってお願い事をすると、その家の住人であるとおるくんが出てきて叶えてくれるのだという話。

 最初は眉唾物だと笑われていたその話は、ある時からぐっと信憑性を増した。とおるくんに会った、願い事を叶えてもらったという人間が急増したのだ。友達と仲直りがしたい、好きな人と両思いになりたい、そんな願い事が、次々と叶えられたと。

 そうして、「とおるくんのおうち」は噂話として確立し、都市伝説として成立した。成れば成る、それが神様であり怪異である。そうして、噂話の火種となった徹は、噂話として語られた通りの性質を持つに至った。


「お願いします、お願いします……」


 だから、徹は結霊登社の前で一生懸命に願い事を唱えているこの人間の、願い事を叶えてやらねばならなくなった。供えられたお菓子は二十円でお釣りがくる小さい小さいチョコレート。確かに、お菓子の量や値段については語られてなかったもんな、と徹は頷いた。

 徹は神様なので、視える人間相手でなければ、徹自身が姿を見せてもいいと思った人間でないと見えないようになっている。だから、この人間――水之登神社の近くにある中学校の、冬用の制服を着ている少年に、徹の姿は見えていない。

 そう、見えていないのに、この少年は先刻から一心に願い続けている。とおるくんが自分の願い事を叶えてくれるはずだと、確信して。これもまた一つの信仰心であり、神様である徹にとっては主食のようなものであった。だから、徹は再び頷いた。


「お前の願い事は、「行方不明になった友達を見つけたい」ってことでいいんだな?」


 社の屋根の上、ちょこんと座った状態で、そうと意図して声をかける。ぶつぶつと願い事を唱えていた少年は、その声を耳にしてはっと顔を上げた。徹の目と、少年の目が合う。半開きになった少年の口から漏れたのは、かみさま、の一言だった。


「そう、オレは結霊徹。お前の願い事を叶えてやる」


 改めて神様なんて言われればやる気も出るというもので、徹は両手を掲げて指を曲げた。ばらり、と垂れ下がり音を立てる、糸、意図、いと。様々な縁の具現である綾織、綾取。虹色に輝き、しゃらしゃらと神々しい音を立てた御技みわざを目にした少年は、呆然とそれを眺めている。


「つっても、見つけるしかできないけどな」

「見つけるだけ……?」

「そ、だってソイツはもう死んじゃってるから」

「え……」


 徹の手元から、徹の顔へと視線を上げた少年の表情は絶望的で。そんな少年を見下ろしていた徹は、両手を合わせてまた離した。煌めく糸はばらばらと散らばり消え失せて、残る意図は一つだけ。す、と垂れた一本が、示す。

 それは、喪の黒。徹の中指からとろりと垂れ落ちているのは、漆黒の一線。少年の視線はその線を追い、そうして間もなく、糸の先――まるでスクリーンのように、広がる光景。草が生い茂る廃墟の中、ぽっかりと穴の開いた貯水槽、その水面に浮かんでいる、大柄な、ジャージ姿の。


「うわぁあぁ!?」

「あー、あそこかぁ。あそこはよくないのが集まってるから、よくないんだよなぁ」

「あっ、なんで、なんでぇ……」

「でも、こっちのが直接やったって訳じゃなさそう?」

「え……?」

「あー、なるほど? あっ、しまった繋がっちゃった。あーあーあー」


 死んでいる、と、思った。なのに、ごぽりと、水面が泡立つ。見えたのは、水膨れでぐちゃぐちゃになった顔を上げて、怨嗟に満ちた咆哮を放つ、友人だったものの姿。死んでいるのに、それは、びちゃりびちゃりと壁に指を突き立てて、這い出づる。


「あーあーあー、やっば、やっちゃった。あ、お前の願い事は叶ったってことでいいよな?」

「え……あ……」

「ちょっとアイツもっかい沈めてくるわ。このままだとオレのせいになっちゃうよくないぶたれる」


 何かを目指して、誰かを目指して、びちゃりびちゃりと這い回る死体の様子が掻き消える。気づけば、少年はただ一人、「とおるくんのおうち」の前で佇んでいた。夢か現か、幻か。少年はふらふら、ゆらゆらと、その場を後にした。



 数日後、少年の友人と、友人の友人が、とある廃墟の貯水槽の中から死体で発見されたとのニュースが報じられた。そうして、これは噂話ではあったのだが――友人の友人の足首には、強く掴まれて引っ張られた痕が、残っていたのだと。

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